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王都からのお土産に、辺境伯邸の皆が大喜びしてくれた。選んだリーゼロッテも嬉しくなる。
流行りのお菓子は見た目も可愛らしく、程よい甘さで女性使用人にも男性使用人にも、とても反響が良かった。
フランツにはお土産の他に、ブランディーヌがフランツにと用意していたプレゼントを渡す。
もじもじしながらもフランツは受け取る。
一緒に会いに行かなかったことを、少しだけ後悔していたようだ。
厳しい祖母が苦手なフランツだが、いつも口煩く言うのは、大切な孫の将来を考えてのことだと分かっている。
プレゼントの包みを開ければ、以前フランツが欲しがっていた文房具だった。
じっとプレゼントを見つめてから、フランツは嬉しそうにはにかんで「……ありがとう」と言った。
◇◇◇◇◇
王都から帰って、数日が経った。
(……どうも、お父様がおかしい)
辺境伯領へ帰って来てからの、ルイスの様子が変だった。
(リリーが突然居なくなってしまったことが、まだ尾を引いているのかしら?)
今までは、用事があればルイスの執務室へ呼ばれ、話をすることが多かったのだが――。
なぜか、ルイスの方からリーゼロッテの元へやって来ることが増えた。
子供部屋にまで顔を出し「勉強の様子を見に来た」と言っては居座ったりする。その度に、女性の家庭教師達が色めき立つので、本当に迷惑だ。
(……自分の美貌を自覚してほしいわ。まったく!)
授業を終え、庭を見ながら木陰でのティータイム。
リーゼロッテとテオは、使用人に聞かれないように、外で密談していた。
「ねぇ、テオ。帰って来てからのお父様、ちょっと変じゃない? あんなに仕事が大変そうなのに、やたら会いに来るし」
理解出来ないと肩を竦めるリーゼロッテを、テオはチラッと見て溜息を吐いた。
「やはり、あれが原因だろう」
「何? あれって?」
「帰りの馬車で、リーゼロッテの寝言をルイスは聞いていたからな」
「寝言?」
そういえば……とリーゼロッテは思い返す。
転生前はよく会社で仮眠をとると、寝言が凄いと笑われた。
あまりにもハッキリと喋るので、起きているのかと、顔を覗き込まれたことも度々あったらしい。アラサーと言えど、乙女の寝顔を覗くなんて……と、軽く凹んだものだ。
「しっかり、アニエス様と言っていたぞ」
寝言だし、不可抗力ではあるが……。
「……私、やらかしたわね」
今のリーゼロッテが、「アニエス様」などと口にすること自体がおかしい。
聖女の名前を知ったのは、1周目の宮殿の中で見かけた時に、ルイスがそう呼んでいたから。
宮廷の近しい人間以外には、聖女様の名前は知られていないのだ。特にアニエスは、貴族ではなく平民上がりだから、より伏せられていた。
「そうだな。多分、ルイスは何か勘付いているだろう」
「……隠し通すのは難しいかしら?」
「そもそも、何故ルイスに隠す必要がある? ブランディーヌにも、ある程度は知らせていたではないか」
「ゔっ! 確かにそうなのだけど……。1周目の時に、ちゃんと親子になれなかったから、今回は本当の娘になりたかったのよ。全て話したら……きっと、以前のリーゼロッテとは別人だと認識される気がするの」
(転生者の意識がある時点で、私はリーゼロッテだけどリーゼロッテじゃない)
そう、これはただのエゴだとわかっている。
「私には理解出来ない。どちらも、リーゼロッテであることに変わりはない」
頬杖をついたテオは、しょんぼりするリーゼロッテの頬をムニュッとつまんだ。
「主人よ。らしくないぞ、しっかりしろ」
さらに、ムニュムニュされる。
「……正論ね。よしっ! でも、お父様に何て言ったらいいかしら?」
――と、その時。
「何をだい? リーゼロッテ……随分と、二人で楽しそうだね」
いつの間にか、ルイスが背後に立っていた。言葉は穏やかだが、目は笑っていない。
ルイスはリーゼロッテの柔らかな髪に触れ、瑠璃色の魔石が埋め込まれた髪飾りを見て言った。
「瞳の色と同じ魔石だね……よく似合っているよ」
顔を近付け、ルイスは真正面からリーゼロッテの瞳を凝視する。なんとも居心地が悪い。
「あ、ありがとう存じます」
「そういえば、リリーも同じ瞳の色だったね」
「そ、そうでしたね」
目を逸らしながら、思わず答えてしまった。
ハッ!と気付いた時には、手遅れだった。
「さて、……リーゼロッテ。どういう事か説明を聞きたいな。リリーとは誰のことだろうか?」
(やられた……。その美貌の顔を、あんなに近付けるなんて、ズルいっ)
「ルイスよ、あまり主人を虐めるな」
「心外だな、テオ。ブランディーヌ様の邸宅にずっと居た筈のリーゼロッテが――なぜか離宮に住んでいる聖女様と、その侍女の名前を知っているのだぞ。不思議に思って質問したくなるのは、当たり前だろう?」
(あぁぁぁ、完敗です!)
「お父様! 騙してごめんなさいっ!」
リーゼロッテは立ち上がり、周囲に人がいないことを確認すると――。魔力を巡らせて、大人の姿……リリーになった。
ルイスは苦しそうな表情で、リリー姿のリーゼロッテを、ただ黙って見つめていた。