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怖い先輩達を雷電丸が蹂躙してから、私達は、正確には私は、逃げるようにその場から離れた。
雷電丸はまだ暴れ足りない様子だったので、これ以上の騒ぎはごめんだと、強引に家に帰る様に雷電丸に言ったのだ。
校門に向かう道すがら、私は明日からのことを考えて憂鬱な気分に塗れてしまう。
どうしよう、と考えてもこれはどうにもならない事案だった。
私はどうやら17歳にして人生最大の危機に直面しているみたいだ。
『私、明日からどの面下げて学校に来ればいいの?』と精神世界で蒼白しながら呟いた。
未だに私の身体の支配権は雷電丸のものとなっている。本当に夜になったら元の姿に戻れるんだろうか、とちょっと不安に思ってしまった。
「何か問題でも発生したのかの? 気にすることなく堂々と、したり顔で寺子屋に来ればいいじゃろうが」
『問題を発生させたのは雷電丸、貴方でしょうが⁉』
「はて? 身に覚えがないのじゃがの?」
雷電丸は目を点にして首を傾げて見せた。まさか本当に自覚がないのだろうか?
『静川さんだけじゃなくって、怖い先輩達をボコボコにしちゃったじゃないのよ! ああ、これで私の人生は終わっちゃうんだわ』
多分、明日はもっと大人数で報復に現れるだろう、と背筋が寒くなった。
「コバエはしょせんコバエに過ぎんよ。あれが百人、千人かかって来ようが儂を土俵際に追い詰めることすら出来んよ。その時は全員まとめてぶちかましで富士山まで吹き飛ばしてやるわい」
もしかしたら、雷電丸なら有言実行するかも、と思ってしまった。容易くそのイメージが頭に湧いた。
「それにしてもつまらんのう。かかってくる奴らは皆弱すぎて、これでは欲求不満がたまる一方じゃ」深く嘆息する。
『おかげで私はストレスで胃に穴が開きそうなんですけれども⁉』
その時、何処からか激しい怒声が響いてきた。それと同時に肉と肉がぶつかり合う音も。
私と雷電丸は足を止めると、反射的に同じ方向を振り向く。
その先には相撲部の稽古部屋が見えた。
相撲部だ! と私が目を輝かせると、雷電丸は私以上に瞳を輝かせていた。
「おお、こ、これは……相撲部屋ではないか!?」喜びに打ち震えるように破顔する。
そこに、見覚えのある女子生徒二人が現れる。昨日、私に水をかけて嫌がらせをしてきた相撲部の女子マネージャー達だ。
「またキモいのが来やがったのか。水ぶっかけられたくなかったら、消えろや」
クスクスと、嘲笑が聞こえてくる。
すると、雷電丸は未だかつて見せたことのないような鬼の形相を浮かべた。
一瞬、彼、正確には私だが、頭には太くて長い角が、口からは鋭い二本の牙が生えている様に見えた。
「女子は去ね。邪魔をするなら喰らうぞ⁉」がおおお! と雷電丸は両手を広げて熊の様に威嚇する。
食べないで! と、二人の女子マネージャー達は悲鳴を上げて逃げ去った。
「さてと、邪魔者も消え失せたことだし、早速入るとするか」
『ちょっと待って、雷電丸⁉ 何をするつもり⁉』
「無論、相撲のお稽古じゃよ、るんるん」
『相撲部に乱入するだなんてそんな!』
私はその時、止めなさい! とは思わず、是非とも乱入してください! と心から思ってしまった。
隠れて覗くのではなく、直にこの目で相撲部の稽古を見たい! と欲望を最優先にしてしまったおかげで雷電丸の暴走を止めることが出来なかった。
雷電丸はスキップをしながら相撲部の稽古部屋の前に行く。私はドキドキしながら稽古部屋が開かれるのを心待ちする。
そして、雷電丸は勢いよくドアを開くと声高に叫んだ。
「誰ぞ、儂の相手をしてくれんかの⁉」
雷電丸が稽古部屋に乱入すると、まわし姿の相撲部の部員達は一斉にこちらに注視する。
部員達は皆、土と汗まみれだった。鋼の肉体が泥と汗まみれになる姿はとてつもなくセクシーだと思ってしまった。私は精神世界で彼等に見とれてしまった。
「マネージャーはもう募集してないぞ?」と、一人の部員が雷電丸に話しかけて来る。
雷電丸はそれを無視し、そのまま堂々と土俵に向かった。
「おい、土俵は女子禁制だぞ」と、別の相撲部の部員が雷電丸の肩を掴もうと手を伸ばす。
その瞬間、雷電丸に手を伸ばして来た相撲部員が宙を舞い地面に叩き落された。
私は見た。雷電丸が電光石火の速さで男子部員を見事な上手投げで投げ飛ばしたのを。
雷電丸は不敵な笑みを浮かべながら土俵内に入り込む。
私はその時、雷電丸を咎めるのではなく、生まれて初めて土俵に上がれたことに心が躍った。
まさか、生きている内に女性の身で土俵に上がれるなんて夢にも思わず、嬉しさのあまり叫びそうになってしまった。
稽古場内には殺気が充満する。相撲部員の男子達は全員、雷電丸に鋭い眼光を放っていた。
「ワシをここからどかしたかったら、力づくで来るがいい!!」身を屈め、右拳を土俵につけながら雷電丸は嬉しそうに吠えた。
「ふざけんじゃねえ! てめえ、神聖な土俵から降りろ!」
土俵の近くにいた三人の相撲部員が雷電丸に掴みかかった。
しかし、土俵に上がった三人もその巨体を宙に舞わせ、そのまま土俵外に放り投げられてしまった。
『完璧なすくい投げね!?』雷電丸の華麗な技を目の当たりにして、私は思わず叫んでしまった。
「さあ、次は誰の番じゃ? 早うかかってこんかい! それとも儂に恐れをなして小便でもちびったのかの?」
「ぶち殺してやる」と、残りの相撲部員達は呟き、一斉に襲い掛かってきた。
いくら雷電丸が強くても、十人以上の力士を相手に敵う訳が……ない、と言いかける前に、彼等の巨体が次々と宙を舞った。
雷電丸は技を繰り出すこともなく、向かって来る相撲部員達を掴んでは投げ、を次々繰り返して行った。一分もかからず、十人以上の力士達は背に土をつけていった。
まだ十人以上の相撲部員が残っていたが、稽古場内に拡がる惨状を前に誰もが顔を蒼白させていた。
「他にワシに挑もうとする漢はおらんのか?」と、雷電丸がいくら挑発しようとも、もう誰も土俵に近寄ろうとさえしなかった。
雷電丸は嘆息すると、頭をボリボリと搔き始めた。
「どうやらここには力士ではなく腰抜けしかおらんようじゃの」
「ならばオレが相手をしてやろう」
稽古場の奥から凛とした声が響いて来た。
そこに現れたのは小柄だががっしりとした体躯の少年。小柄といっても他の相撲部員達と比べてであり、背丈も180㎝近くはありそうだった。印象的なのはその整った面立ち。眉目秀麗の美少年と呼ぶに相応しい容姿をしていて、力士というよりは筋肉質のアイドルのように見えた。
彼の名は沼野錦。千鶴高校相撲部の主将にして全国高校相撲の頂点に君臨する最強の高校生力士としてその名が角界にも知れ渡っている程の逸材だ。
ついでに言うと、沼野先輩は学校一のイケメンとしても知られ、全ての女子生徒の憧れの的でもあった。
もちろん、相撲好き女子の私も沼野先輩の大ファンでもあった。だからこんなにも彼について詳しいのだ。
「ここまでやったんだ。覚悟は出来ているんだろうな、女」沼野先輩の美しく整った顔が怒りに歪んだ。
私は思わず、怒った沼野先輩も素敵、と呟いた後、頬に熱を帯びるのを感じた。
「ほう。多少はマシのようだが……それでもフンドシ持ち以下じゃな」雷電丸は沼野先輩を見て、つまらなさそうに呟いた。
雷電丸の言葉を聞き、沼野先輩は片眉を吊り上げた。
「何だと? 女、死にたいらしいな」
「分かったから、とっととかかって来い。軽く相手をしてやろう」そう言って雷電丸は右拳を土俵につける。
「面白い。お前には特別にオレの全力を見せてやろう」沼野先輩も右拳を土俵につけた。
沼野先輩と組み合うの⁉ 私、悶絶死しちゃうかも! と私の興奮は頂点に達しようとした。
雷電丸の目線を通して、私は沼野先輩と見つめ合った。本当は雷電丸を睨みつけていただけだったが、私は沼野先輩に見つめられ甘い言葉を囁かれるまでの妄想を脳内に展開する。
普通の女子が最強高校生の沼野先輩に全力で投げられたとしたら、間違いなく即死するだろう。もしそうなっても私は構わないと思った。沼野先輩と組み合えるのならもう人生に悔いはない。幸福な気分で逝くことが出来るだろう。
ただし、沼野先輩が戦おうとしているのは雷電丸だ。私の頭の中に、雷電丸が敗北するイメージは微塵も湧かなかった。
雷電丸と沼野先輩は睨み合ったまま短い沈黙の後、ほぼ同時に二人は両拳を土俵につけ衝突し合った。
肉と肉がぶつかり合う音が響き渡る。
「このまま土俵の外まで放り投げてやる!」
沼野先輩は雷電丸の腰に手を回すと、そのまま腰投げの体勢に入る。
だが、たちまち沼野先輩の顔が凍り付くのが分かった。
沼野先輩は渾身の力を込めて雷電丸を土俵外まで投げようとするも、雷電丸の足はまるで地面に根を張ったかのようにピクリとも動かなかった。
「何だ、何なんだ、これは⁉ まるで大樹とでも組み合っているかの様だ」沼野先輩は戦慄したように呟いた。
「小僧、どうした? さっさと儂を放り投げたらどうだ。それとも、やりたくても出来んのか?」
「ならばお望み通り、今すぐにでもお前に土を味わわせてやるわ!」
「ならば早くせい。待ちくたびれて欠伸が出そうじゃわい」雷電丸はそう言って、大欠伸をする。
「舐めるな!」沼野先輩は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
しかし、いくら力を込めても一歩たりとも雷電丸を動かすことが出来なかった。たちまち沼野先輩の額から冷や汗が大量に流れ落ちる。
「どうやらそれが全力のようじゃの。つまらんわい」
雷電丸は大きな欠伸をした後、沼野先輩のマワシを掴み上げた。
「どっこいせーい!」と雷電丸は叫びながら沼野先輩を逆に腰投げで土俵の外まで放り投げてしまった。
沼野先輩の巨体が宙を舞い、そのまま稽古部屋のドアをぶち破って外まで転がっていった。
「ごっちゃんです!」雷電丸は蹲踞したまま一礼する。
悪夢のような出来事を前に、無傷の相撲部員達は愕然としながら雷電丸を凝視していた。
「ちと食いでが無いが、まあ満足じゃ。愉快、愉快」ガハハハハ! と大笑いする。
雷電丸の笑い声がしんと静まり返った稽古場内に響き渡る。
すると、それまで薄れていた殺気が更に濃度を増す。倒れていた相撲部員達は起き上がると、無傷な相撲部員達と共に雷電丸を睨みつけて来た。彼等の表情に恐れは微塵も浮かんでいない。あるのは鬼の如き形相のみだった。
「ここまでされて黙っていられるかよ」
彼等はそう言って、ゆっくりと雷電丸に、にじり寄って来る。
「ほう、やる気になったか。ならばかかって来い! たらふく土を食わせてやるぞ!」
「止めろ! お前達では束になってかかってもその女を土俵から引きずり下ろすどころか、一歩たりとも動かすことも出来んだろう」
凛とした声が相撲部員達を引き止めた。
見ると沼野先輩がふらついた足取りで土俵際まで歩いて来た。
「貴様、何者だ。名を名乗れ!」と沼野先輩は雷電丸を睨みつけながら訊ねた。
「名前? ふむ」
雷電丸は逡巡の後、にたり、と不気味に微笑んだ。
たちまち私は悪寒を感じ、背筋がぞくりと寒くなった。
「問われたならば答えねばなるまい。耳かっぽじってよく聞くがいい」
『ちょっと、何、雷電丸。どうして笑っているの? めっちゃ嫌な予感しかしないんだけれども』
「ワシの名は双葉。高天双葉じゃ! そして、今からお前たちの親方……いや、女子だから女将か。今よりお前たちの女将になる者じゃ。これからお前たちを横綱にすべく、ビシバシ鍛えてやるから有難く思え!!」ガハハハハ! と高笑いを上げる。
沼野先輩達は表情を凍てつかせ、私は顔だけではなく全身を凍てつかせた。
開いた口が塞がらない。というか、驚きのあまり言葉が浮かんでこなかった。
『雷電丸、あなた、何を……?』
「双葉よ。ワシは考えたんじゃ。女子のこの身ではいくら足掻こうとも関取にはなれん。なら、未来の横綱を自分の手で育てればよいではないか、とな」ふふん、とほくそ笑む。
『だから、相撲部の女将になる??? 意味が分からないんだけれども? そもそも女将って……???』
「というわけじゃ。一つここで宣言をしておく。将来、横綱になった者はこの部屋の親方にしてやろう。その暁にはワシがその者の嫁になることを約束する。ワシと結婚したくば必死になって横綱になるんじゃな」ガハハハハ! と高笑いする。
ええええ⁉ と、稽古場にいた全員から驚きの声が上がるのと同時に、目を点にして呆然と佇んでいた。
それ、私、聞いていないんですけれども⁉ と思いながらも私の視線は沼野先輩に釘付けになった。
沼野先輩なら私、喜んでお嫁さんになってもいいわ、と悶えてしまった。
「貴様、ふざけたことをぬかしやがって……誰がお前みたいなクソ女と結婚したいって思うんだよ⁉」沼野先輩は険相を浮かべながら叫んだ。
それはそれでちょっとショックだったりする。そこまで私と結婚するのが嫌なのかしら? と思いかけたが、よくよく考えたら自分をあんな酷い目に合わせた相手と添い遂げるだなんて誰だって嫌だろう。
外見は私でも、中身は雷電丸なのだ。あれ? よくよく考えたら今の私ってば、誰から見ても女性としての魅力が皆無ってことなんじゃ?
気付かなくてもいいことに気付いてしまい、私は大きなショックを受けてしまった。
「いやいや、それなら心配無用じゃよ?」
「何がだ?」
「意外と儂ってば良い身体をしておるからの。ほれ、見てみい。乳もこんなにデカいんじゃ」
次の瞬間、雷電丸は両手で引き裂くように制服の胸元部分をはだけさせた。
「横綱になった暁にはこの身体を自由にできるんじゃよ? ほれ、そう聞いたならやる気になったじゃろ?」と言いながら雷電丸は露わになった私のバストを下着越しに揉みしだく。
『!@%&$#¥*……!!!!???』
私はたちまちパニック状態に陥る。怒りと恥ずかしさが頂点に達し、絶叫のような怒声を雷電丸に張り上げるのだがうまく言葉にならなかった。
私のはだけた胸元を見て、相撲部員の男子達は鼻の下を伸ばしながら歓声を上げた。一斉にごくりと、唾を飲み込む音が聞えて来る。
だが、沼野先輩だけは呆れたような表情で目線を下に落としていた。
すると、雷電丸は何かを思い出したかのように沼野先輩に訊ねた。
「それで、お前の名は何という?」
「沼野錦だ……!」
「錦か……良い名じゃ! これからよろしくな、錦!!」沼野に右手を差し出し、輝いた笑顔を浮かべる。
雷電丸の豪快な笑顔を前に、沼野主将は頬を染め、呆然とした表情を浮かべる。
「ああ……よろしく……じゃない! 貴様、本気で言っているのか⁉」
「お前たちに稽古をつけてやろうという話か? それとも横綱にするという話の方か? あ、嫁になるという話かの?」
「それを含めて全部だよ! 見たところ同じ学校の生徒みたいだが……何者なんだ!?」
「先程名乗ったじゃろうに?」首を傾げる。
「そういうことを聞いているんじゃない!」
「何者もなにも、単に相撲が大好きな女子じゃよ」にかっと笑う。「難しいことは考えず、共に相撲道を歩もうではないか。明日から楽しみじゃ、ガハハハハ!!」
沼野先輩はそれ以上何も言えず、ただただ頭を抱えていた。
その晩、雷電丸の食欲は朝よりも増していたみたいで、テーブルに並べられた山盛りの料理を次々平らげて行った。
「ごっちゃんでした、お母さん。このサバの味噌煮、お見事でした。また食わせてください、ごっちゃんです!」
テーブルの上には何十枚もの空き皿が重ねられていて、炊いた一升分のご飯も見事私の胃袋の中におさめられた。
雷電丸は丁寧な口調で明日もこのくらいの量をお願いします、と伝えるとそのまま部屋に戻った。
背後から母の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「あらあら、あんなに喜んでもらえるなんて。明日も腕によりをかけちゃうわね」
「あの小さな身体の何処にあの量の食事が入ったんだ?」
お父さんの唖然とした声も聞こえて来て、私は深く嘆息した。
部屋に戻るなり、私は雷電丸に抗議の声を張り上げた。
『いい加減に身体を返して! それと、前も言ったけれども、私、ダイエット中なのよおぉぉぉ!!』
「分かった。食ったら眠くなったでな、今すぐ身体を返すとしよう。おやすみ、双葉」
すると、突然、私の意識は精神世界から現実世界に引き戻される。
両手で顔や体を触って、身体の支配権を取り戻したことを何度も確認した。
「ようやく自由になれた。やった! これから私の時間よ……はうあ⁉」
喜びも束の間、私は全身に激痛を感じそのままベッドに倒れ込んだ。
「全身、筋肉痛……ばたんきゅう……」
録画しておいた夏場所の動画を見たかったのに……。
そんなことを思いながら、私は意識を失い朝まで熟睡するのであった。