コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第五節 【探偵姉妹】
とある喫茶店。映画までの時間を気にしながら、僕は席についた。窓側に座る僕の隣に先輩が座り、僕に向かい合うように先輩の妹さんが、その隣に男の子が座る。
店員さんに各自注文を済ませると、どこか気まずい雰囲気の中、先輩が口を開く。
「さて、お互いに知らない人がいるでしょうし、取り敢えず自己紹介にしましょうか。」
流石先輩、変じn……いや、凄い人だ。この空気で話し始めるなんて僕には到底出来ない。
「まずは私からね。田辺 大菜、大学3年生。趣味は…色々な物を食べることよ。」
僕は何番目に言えば良いのかと迷っていたら、先輩に続いて妹さんが自己紹介を始めた。
「田辺 小春(たべ こはる)、高校2年生。趣味は謎解きや事件の捜査。」
先輩が美人だとすれば、小春さんは美少女といった感じだ。
そんなことを思っていたが、男の子の方が何も喋らないので、自分の番だと気付いた僕は慌てて口を開く。
「あ…ええと、色植 職です…。趣味は……映画鑑賞、ですかね。」
何だか今日は自分が情けなくなってくる。ちなみに映画鑑賞といっても好きなのはゾンビ映画だけだが。
「………あら?」
「………ええと…」
「……ちょっとアンタ、起きなさいよ!」
沈黙が続いておかしいと思ったが、どうやら男の子は座ったまま腕を組んで寝ていたようだ。
男の子は小春さんに肘で突かれて目を覚ます。
「……あぁ…。音水 明(おとみず あきら)。趣味は…寝ること」
何と言うか、とてもマイペースというか…。
一通り自己紹介が終わったタイミングで、丁度注文した品が出てくる。
店員さんが去った後、先輩は何か黒い異形のものを食べ始める。
「ん…。これはこれで意外に……」
「姉さん!またそんなモノ食べて…」
「小春も一口どう?」
「いらない!」
パフェを食べようとしていた小春さんが先輩を見てドン引きしている。僕が先輩と会う前は、散々悪食に付き合わされていたであろう妹さんを想うと、可哀想な気持ちになった。
「……服が違ってもいつもの先輩で安心しました。」
思わずそう呟いた僕に小春さんが突っかかってくる。
「ちょっと、それ姉さんに失礼じゃない?」
「小春、別に私は…」
「姉さんは黙って食べてて。それより貴方、本当は姉さんとどういう関係なのよ。例の事件の捜査を手伝ってるって聞いたけど?」
「ええと、別に何か関係があるわけじゃなくて…ただの先輩後輩というか…。一応事件の捜査も手伝ってますが、パシり程度で」
「へぇ〜、パシりねぇ…。」
黒い異形のモノを食べる先輩と、とても甘ったるそうなパフェを食べる明くんをよそに、小春さんはジロジロと僕のことを観察する。
「どうしてこんなパッとしない男といるのかと思ったけど。まぁ、パシりなら納得だわ。」
自覚はあったが、他人にそれも年下の女の子に『パッとしない』と言われると流石に効く。メンタルがゴリゴリと削れる音が聞こえた気がした。
「でも、姉さんが賢いし、これで公平ね。」
「…?何がですか?」
「姉さんに聞かされて無いの?私と姉さん、どっちが先に例の事件を解決できるか勝負してるのよ。」
「え、いや、初耳なんですが…。何故そんなこと?」
この子もカニバリズムしたいのだろうか?とも思ったが、それなら一緒に捜査すれば良いわけで。
「私は将来、探偵になりたいの。姉さんも探偵になりたいみたいで事件に興味を持っていたから、勝負することにしたの。」
さっきから小春さんの言っていることが全て初耳なのだが。理解が追いつきそうに無い。
「先に事件を解決したほうが勝ちで、負けた方は将来、勝った方の助手になるってルールね。」
「え?でも、先輩が事件を調べてるのはカニバリ…」
『カニバリズム』と言おうとした瞬間、僕の口に、この世のモノとは思えない衝撃が広がる。
「これ本当に美味しいわ。はい、職くん。あ〜ん。」
何かと思えば先輩が、横から僕の口にフォークを突っ込んでいる。
いや、無理矢理食べさせてから『あ〜ん』と言われても……待てよ。
「んんっ…先輩、ほれって……」
「どうしたのかしら?」
しまった、もう駄目だ。
額に脂汗が浮かぶのが分かる。先輩が手に持つフォーク。その先に刺さっていたのは間違いなく、先輩の皿に乗っていたあの黒い塊だ。
「うっ……ぐっ……」
口の中に嫌な味が広がる。卵の殻を粉末にして、魚の血や内臓と混ぜて団子状にしたものを、炭になるまで焦がした後、油をたっぷりかけたような味だ。
思わず吐きそうになる。涙目になり、身体が呑み込むことを拒絶している。
「おぶっ……いっ……」
あまりの不味さに、逆に冷静な僕がいた。そして、冷静な僕は落ち着いて考える。
あのフォークは先輩が使っていた物だ。味は最悪だが、先輩と間接的にキスが出来たうえに、食べさせても貰ったのだ。吐き戻すことは許されない。
「っ……ゴクッ…………はぁ」
やったぞ。全身に汗をかき、鳥肌が立ち、注文したコーヒーを飲む気にもなれないが、とにかく呑み込んだ!
そう思い、ちらりと隣の先輩を見ると、パクパクと特に苦でも無さそうに『黒い塊』を食べていたので、僕の心は折れた。