果樹園の片隅に即席の宴の場ができあがった。夜気に果物の甘い香りが混じり、炎の揺らめきが木々の影を伸ばす。薪が弾ける音が小さく響き、風がそよぐたび、焼けた果実の甘やかな匂いが広がる。準備は万端や。いよいよ宴の始まりや。
「ほな、乾杯やで!」
ワイの掛け声に、三人が手に持ったカップを掲げる。火の明かりに照らされた琥珀色の液体がちらりと輝き、木のカップが触れ合う音が静かな夜に溶ける。ほのかに温もりを帯びたリンゴジュースは、摘みたての果実そのままの甘みと酸味が口の中に広がり、喉を心地よく潤していく。酒やなくても、今はこれで十分や。むしろ、この素朴な味わいが今の雰囲気にぴったりやろ。
「「「乾杯!」」」
カップが軽く触れ合い、澄んだ音が響く。その音がどこか祝福の鐘のように感じられて、ワイは自然と笑みをこぼした。
ケイナは無邪気に果実にかぶりつき、指の間から滴る果汁をまるで気にせず夢中で食べとる。その様子はまるで小動物のようで、見てるだけで微笑ましい。リリィは対照的に、焼きリンゴをゆっくりと味わいながら微笑んどる。その表情はどこか誇らしげや。レオンは豪快にマンゴーを食っとる。果汁が顎を伝ってるのも気にせん勢いや。
「この焼きリンゴ、うまいわ」
ワイがぽつりと漏らすと、リリィの口元が得意げにほころんだ。
「当然よ。私の炎で焼いたんだから」
言葉の端々に自信が滲んどる。せやけど、それもそのはずや。リリィの手際は見事なもんやった。火加減は絶妙で、果実の甘みが存分に引き出されとる。表面はほんのり焦げ目がついて香ばしく、ナイフを入れるとほろりと崩れるほど柔らかい。そして、口に入れた瞬間に広がる濃密な果汁の甘さと、焼けたことで増した香り――まさに至福の味わいや。
「せやな。さすがは火魔法スキル持ちってところか」
ワイがそう言うと、リリィの表情が少し緩んだ。誇らしさがわずかに増したように見える。
「私もそれ食べたい! まだある?」
ケイナが目を輝かせながらリリィに尋ねる。その顔は今にも飛び跳ねそうなくらい期待に満ちとる。
「ええ、下ごしらえは済ませてあるわ。今から焼いてあげるわね」
リリィがくすっと笑いながら答えると、ケイナは歓声を上げて手を叩いた。
「やった!」
その純粋な喜びっぷりに、ワイもつられて笑いがこぼれる。火を囲んでみんなで食う飯は、ほんまにうまい。ただの果物やのに、こうして分け合って食べるだけで特別な味がする。甘酸っぱい果汁が口の中で弾け、喉を潤してくれるたび、昨晩の激戦の疲れがじんわりと和らいでいく。こんな風に過ごす時間が、どれほど貴重で、どれほど幸せなもんか、改めて実感する。
「しかし、マジでナージェ果樹園の果物は最高だな。いくらでも食えるぜ!」
レオンが豪快に果実を頬張る。口いっぱいに甘酸っぱい果汁を溢れさせながら、まるで獣のようにむさぼり、食い終わるなり次の果実に手を伸ばした。
「ちょっと、レオン。少しぐらい遠慮したらどうなの?」
リリィが眉をひそめる。手に持った果実を握る指先が、なんとなく落ち着きなく揺れとる。どうやら、レオンの食べ方が気に食わんらしい。ワイは肩をすくめて笑いながら、リリィに向かって軽く手を振った。
「ははっ、大丈夫やで。腹いっぱいになるまで食べてくれや。果物は仰山あるさかいに」
昨晩の戦いは、ほんまに激しいもんやった。三十人を超えるチンピラ共がこの果樹園に攻め込んできたんやからな。奴らが一斉に駆け出した振動だけでも、いくらかの果実は地面に落ちとった。その後の激戦で、さらに多くの果実が無惨にも落下しとったんや。
それを今朝になって四人で拾い集めた。地に落ちたもんでも、傷んでへんのはぎょうさんある。四人で食べても、なくなるどころか、逆に余るかもしれんぐらいや。今日は宴会やし、ケチくさいことは無しやで。
「あら、そう? なら私も遠慮せず……」
リリィが微笑みながら、新たな果実を手に取る。その白い指先が果皮をなぞる様子は、どこか品がある。
「私もっ! 私も欲しいっ!!」
ケイナが待ちきれんように声を弾ませ、身を乗り出してくる。右手には、リリィに焼いてもらった焼きリンゴ。左手には、新鮮なマンゴー。満面のニッコニコや。ほんま、ええ笑顔しとる。
レオンの無遠慮な食いっぷりとは対照的に、リリィとケイナはどこか遠慮しとったんかもしれんな。でも、今はもうそんな気配もない。
四人で穏やかな空気が流れる。昨晩の死闘が嘘やったかのような、幸せで平和な時間や。焚き火の炎が揺れ、パチパチと果実の皮が弾ける音がする。それに混じって、誰かの笑い声がゆるやかに響く。疲れた体に、この穏やかさが染み渡るようや。
――そのとき、ふと草むらの向こうで気配が動いた。
炎の揺らめきに紛れるように、わずかに草が揺れる。ワイは違和感を覚え、そっと目を向けた。闇に目を凝らすと、そこには暗がりの中でじっとこちらを見とる複数の目が光っとる。まるで獣のように、じっとこちらの様子を窺っとる。風のいたずらかと思たが、違う。確かにそこにおる。曲者か? ……いや、違う。コイツらは――
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