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かぴばら
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…街で、踊り子を見た。アジア風の容貌に美しいヴェールを纏った
驚く程に動きの洗練された踊り子を。
道ゆく人が次々と足を止め
誰もがその空気に…雰囲気に飲み込まれていく
そんな中
その少し後方でイーゼルに向かう人影が一人
長いローブのフードを目深に被るその絵描きに
私は吸い込まれるようにして近づいた
大勢が踊り子に息を呑む横で
一歩、また一歩と私は絵描きの元へと歩む
はて、私が足を止めた理由はなんだったか…
まぁ今はこの抗いきれない興味に身を委ねることとしよう
好奇心は猫どころか、人まで殺してしまうほどに強い感情なのだから
私は絵描きの利き手側に歩み寄り
イーゼルの斜め後ろから、興味と探究心が混じったような少し不気味な声で絵描きに問いかけた
「…貴方、ここでなんの絵を描いているんです」
数秒の沈黙
期待はずれのつまらない人物だったかと
私が軽く息を吐くと
絵描きは色かもわからないような色を塗り終えてから口を開いた
「踊りを描いてるんだ。…大層なものじゃ無いけどね」カタン
すぐに次の色を取って、ザッザッと豪快に
しかし明らかに繊細に筆を運ぶ絵描き。
私はこの人物にますます興味が湧いた
なぜなら?
今、絵描きは間違いなく目の前の踊り子を題材に絵を描いている
確かにあの踊り子は腕も見栄えも良くて、絵の主題に抜擢するには十分な素材だ
では、この絵描きは踊り子を見て、踊り子を描いているのか?
否。絵描き…いや、彼は言葉の通り【踊り】を描いていたのだ
私が見た彼の絵は、一見するとまるで意味のない単調で不可思議な絵
世の中にはそういったなんの意味もないものに理由をつけて評価する滑稽な芸術の形もあったりするが、この絵は何か違う
クロード・ワイズバッシュのノスタルジーを思わせるような動きを感じるのに、キャンバスに特定の人の姿は捉えられる限りはない
平面にただ描かれた…いや、塗られた絵は
なんだか一つの彫刻の様で、数多の色が織りなすその世界には、確かな踊り子の姿があった
パチパチパチパチ…
はっとして目を見開くと、ちょうど踊り子の演目が終わったところらしく、
先程から随分と人が増えたからか、もう私の位置から踊り子の姿は見えなくなっていた。
稀に見る割れんばかりの拍手喝采。
口笛や投げ銭の音が響く中、自分も杖を腕にかけ、つられて手を鳴らした。
パチパチ…
「…送る相手はそれでいいのかな?」
目の前の、絵描きに対して。
イーゼルをいそいそと片付けている彼は、その手を少し緩めながら私に問いかけた。
まだ題の無い〝踊り〟を抱えて。
「えぇ…ええ、私の中の猫が生き返ったような気分です」
本当にこの絵描きには心から感謝を捧げたい。
私の期待をこれほどまでに裏切らなかった人物は、生まれてこのかた初めて見たのだから!
酷い好奇心は、それ以上の満足感をおいていき、さらに大きなものとなって帰ってきた。
ますます彼のことが気になるばかりである。
「はは、ロマンチストなお客さんだね」
これも伝わるとは…自分の口角がまた少し上がるのを感じた。
人は無意識のうちに自分以外の誰かを値踏みするものだと思っていたが、ただ価値が上昇していくダイヤモンドのような奴を評価するなんてことがあるのか。
なんだか、上振れて価値のつけられないものを回された哀れな鑑定人のようで、自然と自分に対して笑みが溢れた。
「あ、そうだ。僕のパトロンさん。…彼女にいくらかあげてくれないかな、生憎こんな状況で、どうにも群衆には近づけなくてね」
そう言って絵描きが両手を広げると、まるでキャンバスになっているローブがふわりと揺れ
グリーンの瞳と目が合った。
柔らかく、しかしどこか威圧感のある雰囲気を放っている。
例えるならば…パリグリーンだろうか。
触れてはいけないといった美しさに、支配されたようにしばらく動けないでいた。
「…わかりました。まあ投資とでも捉えますよ」
そう告げると、絵描きは短く「ありがとう」と礼を言い、またローブのフードを被り直した。
ずっと見ていては毒されてしまいそうで、
自分もオペラハットのツバを少し下げた。
それより、了承した手前仕方ないとはいえ、惹かれた相手以外への投げ銭は、私のしたいことではないのだけれど。
いやいや、あの踊り子もなかなかの技量だったじゃないか。
そう半ば自分に言いきかせながら踊り子の方へと向かって進んでいると、そのうち底の見えないトランクが見えてきた。
中は小銭…いや、紙幣でいっぱい。
もはや小道具を入れるのは不可能だろう。
この時。私は今まで感じたことのない感覚に包まれるようだった。
握りしめていた50セント硬貨を一枚の10ユーロ紙幣へと持ち替えて、トランクに捨てた。
踊り子「merci…」ニコ
流石はできた踊り子だ…笑顔から気品が滲み出ている。
曲目すら思い出せない踊り子に向かって、上機嫌にこんなことを言ってしまった。
「こちらこそ礼を言います。貴女はまるで繊細な糸のような人だ……真っ赤なね」
空色の衣装とヴェールを纏った踊り子は、不思議そうに首を傾げた。
そんな反応は気にも止めずに元いた場所の方を振り返ると、人が散ってきた広場にもうあの絵描きの姿はなく、踊り子にアンコールを求める人や、道を歩き始める人がまばらにいるぐらいだった。
先程まで絵描きがいた部分の地面を、撫でるように軽く踏む。
…いやはや、本当に
あの踊り子には感謝してもしきれない。
なんたって、彼女は私と彼をこんなにもロマンチックに導いてくれたのだから。
まるで運命の赤い糸のように。
あの重そうなトランクを一目見たとき、
賞賛を受ける彼の姿が浮かんだのだ。鮮明に。
あの瞬間だけ見た、絵描きの瞳を思い出す。
「…ふふ、」
彼とはまた、近いうちに巡り会いたい…巡り合うだろう。
コメント
1件
うわ、面白かった…! 踊り子そのものより「踊り」を描く絵描きに惹かれる主人公の視点がもう、すごく好みです。それから「パリグリーンの瞳」って表現、一瞬で人物像が立ち上がるようで痺れました。絵描きの正体も、あの底の見えないトランクの意味も、まだまだ気になる伏線だらけ。続きが待ち遠しいです!