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Side深澤



「──は?」


スプーンを持った手が止まった。朝の味噌汁の湯気が、空気の読めない宣言を曇らせてる。

「いやいや、ちょっと待って。なに? 今、なんて言った?」


母さんは目をそらすようにコーヒーをかき混ぜ、父さんは新聞を半分折って、妙に堂々と言い切った。


「だから、俺たち──離婚することにした」

「……おいおい。今朝のニュースの話じゃないよな? うちの話だよな?」

「そうだよ、辰哉。驚くのはわかるけど、ちゃんと話し合って決めたことなんだ」


冗談じゃねぇ。いきなりなに言ってんだよ。


「なにが“ちゃんと話し合って”だよ。俺、ひと言も聞いてないんだけど?」

「それは……ほら、心配かけたくなかったから」

「結局、心配かけてんじゃんかよ!!」


箸を置く音がテーブルに響いた。俺の声も、ちょっとだけ震えてたと思う。

ほんの数分前まで普通の朝だったのに。制服に袖を通して、今日の小テストのことでも考えてたのに──

まさかその裏で「離婚協議中です」なんて、想像もしなかった。


「で、まさかこれで終わりじゃないんだろ? 他にもなんかあるんじゃねぇの」


嫌な予感ってやつは、たいてい当たる。

母さんが目を泳がせた瞬間、それを確信した。


「実は……再婚もするの」

「…………は?」

「日曜日、その人とお子さんが引っ越してくるから」

「いやいやいやいやいや! はやっ!!」


俺が叫んだ声、裏の家まで聞こえたかもしれない。


「ちょ、ちょっと待って! 離婚して再婚して同居って、頭の中パニックなんだけど!? ってか誰!? どこの誰!? なんでそんな急に!?」

「実は、あなたが小さい頃にキャンプで行った記憶あるでしょ? そのとき仲良くなった──」

「記憶ねぇわ!!」


ガタンと椅子が鳴る。立ち上がった俺に、母さんが申し訳なさそうに言う。


「でも、すごく素敵な人なの。あなたにもきっと分かってもらえると思う」

「……俺、認めてないからな」


思わず低くなった声。父さんが重たい空気を割って言う。


「とにかく、一緒に暮らしてみてから判断してくれ」

「いや、なんでそっちが決めんだよ」


けど、もうこの流れは止まらない。決めるのは大人たちで、子どもはついていくだけ。

──ほんと、冗談みたいだよな。

今どきドラマでもやんねぇよ、こんなの。

そんな俺の家に、“アイツ”が引っ越してくるのは、次の日曜日だった。




―――――――――


俺は最終手段に出る事にした。


ドン。


玄関のドアに背中を預け、両手を大きく広げて、俺は言い放った。


「──今日からこの家に誰も入れません!!」


我ながらなかなかの宣戦布告だと思う。ていうか、この家の子ども代表として、これくらいやらなきゃおかしい。

目の前では、母さんと父さんと、そして見知らぬ男女──つまり“新しいパパとママ”が、そろって戸惑いの表情を浮かべてる。

俺からすれば、全員加害者なんだけど。


「辰哉……ほら、ちゃんと話し合おう? そんな物理的にふさぐのはやめよう」

「僕ら、いきなり来てしまってごめんね。びっくりしたよね……」

「びっくりってレベルじゃないんですけど!? 普通に無理っすわ」


俺は言いながら、さらに足を踏ん張る。なぜなら、後ろで父さんがじわじわ鍵を開けようとしてるのを察知したから。


「やめろ父さん!その鍵一本で俺の人生が終わるんだって!!」

「大げさすぎるわよ……」

「いや、十分人生事件だから!? 昨日まで“深澤家”だったのに、なんで今日から“深澤岩本ミックスハウス”みたいになってんの!? しかも急すぎ!! ほんとに話し合った!? これ討論会やった!? 俺だけ除外されてない!? ひとりだけ別チャンネルで生きてた!?」

「辰哉……お願い、開けて……」

「やだ!!!!」


ちょっと泣きそうなのを、なんとか怒りにすり替える。

この家は俺の城だ。せめて侵略される前に、最後の抵抗を──

と思った、その瞬間。

後ろから、ドアが静かに、しかし確実に開いた。


「!? 父さん鍵開けた!? あーっずるいってば!!」


ガチャ、と音がして、背後に気配。

誰かが入ってきた──その直後、


「わっ──ちょ、え? え!? ええええっ!!?」


……え、なんで浮いてんの俺!?

気づいたら、両足が床から離れていた。え、え、ちょ、誰これ!? 腕っ、がっしり!? 背中、肩!?


「降ろせやーーーっ!!!」


ジタバタと暴れるけど、びくともしない。顔なんか見えない。というか見上げる角度で逆光でシルエットしか見えんけど、

めっちゃ筋肉っぽいぞこの人!?

なんか……腕、岩みたいなんですけど!?(※比喩じゃなく)


……そして次の瞬間、俺はその人に抱えられたまま、リビングに直行コース。


「おいおいおいおいおいおいおい!!おろせえええええええええええ!!!」


無視されました。ていうか、ワンルーム運搬みたいなノリで持ち上げられる高校生って何!?

最後は、ソファにどすん、と落とされる。


「ぐえっ……」


背中にクッションの柔らかさが広がって、次に襲ってきたのは、とんでもない敗北感と混乱だった。

……なにこれ。俺、玄関で戦ってたはずなのに。

なにこの流れ。

ていうか今の誰!?

ソファの背もたれから必死に身を起こし、ようやくその“犯人”の顔を見上げたとき──

そいつは、ひと言も喋らず、俺の前で腕を組んでいた。

無口。デカい。黒髪。眉毛濃い。ガタイ良すぎ。なんかちょっと……こわ。

そして母さんが、息をのんだ俺の隣で、笑顔でこう言った。


「紹介するわね。今日からあなたの“お兄ちゃん”になる人よ」

「…………なにそのホラー展開!!」


俺の叫びに対して、母さんは何をどう勘違いしたのか、嬉しそうに微笑んで──


「照くんよ」


は?


「……ひかる、くん?」


不穏な響きの名を反復する俺の目の前に、“その本人”が立っていた。

どん、と。

まるで壁か岩のような存在感で、まっすぐ俺を見下ろしてくる。

改めて見ると、無表情。つか、無感情。こっちが何言っても動じなさそうな目。

あーなんかもうこの顔、苦手かもしんない。タイプ以前に種族が違う感ある。


「ちょ……あんた、なに勝手に──」


と、文句を口にしようとした、その瞬間。

低くて落ち着いた声が、俺の怒りの導火線に火を点けた。


「駄々こねすぎて、子供だな」


は?


「…………はああああああ!?!?!?」


言われた瞬間、思考が一回真っ白になって、次に沸き立ったのは怒り100%のスチーム状態。


「おい今なんつった!? 初対面でいきなり失礼すぎんだろ!? だいたいなあ、こっちは理不尽な引っ越し劇に巻き込まれて、唯一の抵抗すらお前に担がれて敗北したってのに……!」


そこまで言って、息が詰まる。

なにこいつ、まっっったく動じてねぇ……!

まさか、筋肉だけじゃなくてメンタルも岩なのか!?


「なんなんだよお前……!」


全身で睨みつけるけど、返ってくるのは沈黙だけ。逆にそれがイラつくんだよ!

そこへ、呑気に追いついてきた両親’sがようやく到着。けれど誰もこの空気を割る勇気はないらしく、微妙な沈黙がリビングに漂う。


「……ほんと、マジで最悪なスタートなんですけど」


俺の一言で、ようやく場が動いた。

照の顔は相変わらず無表情だけど──その目だけは、少しだけ笑ってるように見えた。気のせいか?

……いや、気のせいじゃなくて、感じ悪ぅ!!



――――――――――――――



「──いや、マジで聞いてくれよ。俺、昨日ほぼ攫われたからね?」


朝の通学路、制服のネクタイを結びながら、俺は憤りまくっていた。

隣を歩く阿部ちゃんは「え?」と目を丸くしてるし、翔太は「また大げさなこと言ってるよ」って顔で俺をチラ見。

だけど今回ばかりは、誇張じゃない。ガチ実話。


「ほんとにだよ!? 昨日、俺んちにその再婚相手たちが引っ越してくるって話だったから、玄関で立ちふさがってたの」

「物理で止めにいったんだ……」

「そりゃそうでしょ!? だって、昨日まで他人だった人たちが、いきなり“今日から家族です♡”とか無理に決まってんじゃん!」

「で?」

「で、よ!? いきなり背後から、謎の黒い影に担がれて、そのままリビングに搬入」

「搬入!?(笑)」

「笑うな翔太!! 本気で怖かったんだからな!? “誰だこの岩みたいな腕は”って思う間もなく、床から浮いて、次の瞬間ソファに座らされてたの! 俺の意思は!? 尊厳どこいった!?」


俺の叫びに、阿部ちゃんが吹き出しそうになって必死にこらえてる。


「で、その人が……義理のお兄さんになる人?」

「そう。“照”って呼ばれてた。母さんがすごい笑顔で紹介してたけど、俺の視界には“筋肉”しか見えてなかった」

「どんな人だったの?」

「無口。無表情。で、なんか……めちゃくちゃガタイがいい。あれ絶対プロレスラーの親戚かなんかだわ」

「名前だけで、ちょっと怖そうだもんな」

「しかもだよ? ソファに座った瞬間、俺が文句言おうとしたら、『駄々こねすぎて子供だな』だって!」

「うわ、第一声それかよ……」

「初対面であの感じ、絶対性格終わってるわ。無理。住めない。あの人と同じ屋根の下とか、耐久レースでしかない」


翔太が口元を隠して笑ってる。おい、俺は真剣なんだよ。


「で、食卓な? 全員で“いただきます”とか言ってるわけよ。俺も一応言ったけど、内心“言いたくねぇ!”って叫んでた」

「家族のふりは辛いね」

「だろ!? しかもそいつ、また一言も喋らないの。ご飯よそっても無言、味噌汁まわしても無言、塩渡しても無言。口、どこ置いてきたのってレベル」

「まあ……慣れてないだけじゃない?」

「いやあれ、慣れじゃ済まない空気だったから。空気ってか……あれは圧よ。“存在圧”」


俺の愚痴は止まらない。

阿部ちゃんは「でも、ずっとは無理じゃない? さすがに話すようになるんじゃ……」なんて希望的観測してるけど、俺の予感では、一生あのままだと思う。


「せめて同じ家でも接点なきゃいいんだけどなぁ……」




そう言った俺の言葉に、春の風がさらりと吹いた。




………フリじゃない。絶対フリじゃない。俺、人生でいちばん本気で願ってたんだよ?

なのに、なんでだよ──


「……は?」


数時間後、俺は教室のドアを開けた担任の言葉に、思考停止した。


「──今日は転校生を紹介する。岩本照くんだ。みんな仲良くしてやってくれ」


先生がどけたその背後。

そこに立っていたのは、

**昨日、俺を物理的に搬入してきた“岩の人”**だった。


「……嘘、でしょ?」


声に出てたかもしれない。いや、たぶん出てた。翔太が隣で肩震わせて笑ってるから、きっと出てた。

岩本はいつも通り、無言。表情もブレない。黒髪短め、制服もサイズぴったりで、なぜかモデル体型。

でも俺の中では**“ソファ搬送犯”**としか認識できない。


「席は……そうだな、深澤の隣が空いてるな。よろしく」



「……は?????」



もう、心の中で「は?」がエコーしてんだけど!? ていうか、隣?? なんで?? 神様どこ行った???

そして、俺の必死の目線にも、先生は気づかない。

照は無言で歩いてきて、俺の横にどすっと座った。


「…………」

「…………」

「………………」

「……ッ!!」


耐えられない。無理。今すぐ教室から逃げたい。でも注目の的だから動けない。

うっすら横目で見たら、照は相変わらず真顔で、筆箱からシャーペンを取り出していた。

まるで「昨日の搬送事件なんて無かった」みたいな顔してんのが腹立つ。


(……なんだよ、“俺たちは昨日から兄弟です”みたいな顔しやがって!)

(俺は認めてないからな!? 家でも学校でも、接点ゼロでいたかったんだよ!?)


そのまま、チャイムが鳴った。授業が始まる。

だが俺の脳内には、先生の声よりも**「最悪だ……」**のナレーションが響いていた。


―――――午前の授業が全部終わって、昼休み。

やっと一息つける──かと思った矢先だった。


「……深澤」


名前を呼ばれて、びくっ、てなった。

隣。そう、俺の横には現在、“家庭内侵略者”こと岩本照(転校生)が鎮座中である。

しかも、声が低い。低すぎて一瞬、誰かが教壇からマイクで読んだのかと思った。


「……なに」


俺の返事も当然、警戒100%。

すると照は、弁当のふたを閉めながら、さらっと言った。


「午後、授業の教室移動あるだろ。校舎、まだ分かんないから……案内して」

「……はあ!?」


思わず声が裏返った。周囲の女子がびくっとなって見てきたけど、それどころじゃない。


「なんで俺!? 他に案内係とかいなかった!? 先生に聞けよ先生に!」

「言ったら、『深澤が一番気さくで親切だから任せていい』って言ってた」

「誰がだよ!!勝手に俺のキャラ作んな!!」


いや待て、あの担任か……! やりそう……!


「だいたい、別に俺と仲良くなる必要なくない!? 昨日だって、お前俺を……」

そこまで言って、言葉が詰まる。

そう、昨日。ソファ搬送事件。


「……担いだな」

「思い出させんな!!!!」


がたん、と椅子が鳴った。周囲がまたチラ見してくるけど、気にしてる余裕なんかない。


「他のやつに頼めよ、クラスメイトなんかいっぱいいんだし──」


そう言いかけたところで、照がふっと立ち上がる。

無言。

でも……なにこの圧力。

発してないよな? 気のせいだよな?

でも確かに、“拒否すんなよ?”っていう空気が、**腕と背中から放出されてる。**無言で!

あああああああああ!!!


「………………っ! わかったよ、案内すりゃいいんでしょ、案内すりゃ……!!」


俺は机に顔を伏せそうになりながら、負けを認めた。

なんで俺、こんなに照に逆らえないんだ……。

しかも昨日の今日でこの展開って、どんな不運よ……!


「ついてこいよ、……岩本さんよ」


皮肉を込めた“さん付け”も、照にはまったく響いてない。

無言でうなずいたあと、俺のすぐ後ろにぴたりと立った。



「……で、こっちが理科室」


俺は、教室から続く廊下の先を指差した。やる気ゼロの声だったけど、それでも一応、ちゃんと案内はしてる。

もちろん後ろには、無言の巨人・岩本照。

気配だけはある。というか、背後霊ばりに密着してくる距離感が逆に怖い。


(……しゃべれや……)


心の中で、100回目くらいのツッコミ。


「んで、あっちの階段の上が図書室。……って、聞いてんのか?」


ちらっと振り返ると、照は相変わらず真顔でうなずく。

……以上、終了。

以上!? そこはなんか「へぇー」とか「ありがと」って言うところじゃない!?!?


(俺、案内ロボじゃないんですけど!?)


しかも、歩くスピードが妙にぴったりなのも腹立つ。俺がちょっと早足になると、照も自然にスッと合わせてくる。なんだよその従順さ。無言のくせに。


(喋らねぇなら少し離れてくれよ……)


隣ですらない、ちょうど45度後ろに立たれると、地味に精神削られるんだよ!!


「……ここが保健室。倒れたらここ来い。お前が俺を運んだみたいに、先生が運んでくれるだろ」


嫌味混じりで言ってみる。が──

照はチラッとこっちを見た後、無表情のまま一言も返さない。


(くっそ、効いてねぇ!!!)


廊下を歩いてると、何人かの女子たちがこっちを見てヒソヒソ。


「え、あの人が転校生?」「え、深澤くんと仲いいの?」「やば、イケメンじゃん」


みたいな視線が飛んでくるのを、肌で感じる。


(違う、俺は仲良くない!!違うからな!!これ業務だからな!?)


心の中で全力否定してるけど、見た目はどう考えても**“仲良し案内ツアー”**に見える。

しかも無言で寄り添ってるようにしか見えない距離感が、また最悪。


「次、職員室な。めんどくせーけど一応通っとこ」


ブツブツ言いながら歩いてるのに、返事は一切ない。


(マジでなんなんだよ……この気まずさと一方通行……)


案内役なんて、普通ちょっとは気まずさを埋めるために喋るだろ?

「ありがとう」「へぇ、広いね」とか、そういう最低限のあれ、それ、これ、あるだろ!?

だけど、この岩男、まじで一切喋らない。

感情も出さない。

でも、ずっとついてくる。

──それが、一番こえぇんだよ!!!!!!


「──以上、案内終わり。俺の任務ここまでだから」


屋上へと続く最後の階段を指差して、俺はそっけなく言い放った。

完全燃焼。ていうか精神的消耗度MAX。

俺の言葉に、照は一歩だけ前に出て、無言でこくんと頷く。


(……はいはい、また無言ね。どうせ最後までしゃべらないで終わるんだろ?)


そう思って背中を向けようとした、そのとき──


「……ありがと」


…………え?

声。

出た。

今、確実に出たよな?

低くて、落ち着いてて、ちょっとだけ柔らかくて、しかもなんか……いい声。

なにその“ちゃんとしたありがとう”?!?!


「は、っ……!?」


俺、思わず振り返った。けど、照はもうこっち見てなくて、窓の外をぼーっと眺めてる。

口、閉じてる。

まるでさっきの一言は空耳だったかのような顔してんのが、また腹立つ。


(ちょ、おま、なんだよ、最後の最後に“普通の人”みたいなこと言いやがって……!)


ずっと無言で徹底してたくせに、なんで今だけ言葉出すんだよ!?


(そんなん……ズルいだろ)


なんかもう、怒るタイミングも失った。

動揺したくないのに、足元がスカスカして、心臓が少しだけズレた気がした。


「……べ、別に、案内くらい、任されたからやっただけだし。お礼とか、いらないし……!」


なぜか口ごもりながらそんなこと言ってる自分にも腹立つ。

ていうかお前ほんと何者なんだよ、岩本照。

無言で圧かけて、担いできて、家庭を侵略して、学校まで侵略して、

ラストだけ「ありがと」って、そんなんボスキャラのチュートリアル演出かよ。

俺はぐるぐるとそんなことを思いながら、逃げるように階段を下りた。

──これから先、絶対距離取ってやる。絶対に!

そう心に誓いながら。



―――――――――



「ふー……ごちそうさまでした」



夕食を終えて、食器を持って立ち上がった俺は、無意識に溜息をついていた。

毎日この空気。家に帰ってきても気が休まらないとか、もはや牢獄。

いや、両親’sはいいのよ。うちの母さんと“あっち”の新しいパパは、やたら仲良さそうに話してて、若干ウザいけどまだマシ。

問題は──

無言の同居人・岩〇照。

こいつ、今日も今日とてずっと黙ってご飯食べてた。

でもなぜか、味噌汁の具を俺の好みに合わせてるっぽいことに、俺は気づいてしまった。

昨日「豆腐とわかめ好き」って母さんに言ってたんだけど、それが今日、やたら多めだったのよ。


(……まさかな)


疑いつつ台所に行こうとしたそのとき、後ろからスッと現れる“無音の足音”。


「うわっ……って、なんだよ、びっくりさせんなよ……」


振り返ると、照が無表情のまま、俺の手から空いた皿をひょいっと取った。


「いや、別に手伝ってとか頼んでないし! 自分でやるからいいってば!」


思わずそう言うと、照はひと言も返さず、そのまま台所へ。

無言。

返事ゼロ。

でも洗い物の水を出す音はちゃんと聞こえてる。


(……だからなんで喋らないんだよ!!)


口きけるの知ってんだぞ!? 昨日“ありがと”って言っただろ!? あれ一回きりかよ!!

ついでに、俺がコップを出そうとしたときも、照は無言で棚を開けて俺の前にそっと差し出してきた。


(……なんだよその丁寧なサポート)


こっちが戸惑うわ!


「お前さあ……その気遣い、言葉にしてくれた方が100倍ありがたいっていうか、やりやすいんだけど……」


つい、ボソッとこぼした言葉にも、岩本はやっぱり反応しない。

でも、水を出す手つきが、なんとなく**“聞こえてた感”**出してるのがまたモヤる。


(喋らねぇくせに伝わってんのなんなんだよ……)


家なのに、心が休まらない。けど、ちょっとだけ気づいてる。

──たぶん俺、“家に敵がいる”って思ってるわりには、攻撃されてねぇんだよな……

それどころか、やたらサポートされてる。

しかも、全部“黙って”。この“沈黙の気遣い”が一番厄介なんだよ……!!

俺は手を拭きながら、チラッと横目で照を見る。

横顔はやっぱり無表情。でも、手の動きは丁寧で、余計な音を立てない。


「……喋れよ、少しくらい」


届かないと分かってても、つい呟いてしまった。


風呂から上がって、自室に戻った俺は、ため息ひとつついた。

はぁ……家に帰っても気疲れするって、どういう状況だよ。

ドライヤーで髪を乾かしながら、今日一日の“無言の岩男との生活”を振り返る。

案内して、喋られず。

食卓を囲んで、やっぱり喋られず。

洗い物を奪われ、返事もなく、でも丁寧に完遂。

そして──夜。

……静かすぎる。

廊下を歩く音もしない。

テレビの音もない。

かといって、照が寝てるわけでもなさそうで……と、思ってたそのとき。

カチャ……コトン。

──聞こえた。めちゃくちゃ静かな音。

たぶん照、自分の部屋のドアを**“超・音を立てずに閉めてる”**。


(なんでそんな気ぃ遣うの!?)


いや、普通に「バタンッ!」とかじゃないのよ?

ありがたいんだけどさ? 夜中にドアうるさいのは嫌だし?

でも、ここまで来るとなんか……逆にこわいんだよ!!

数分後。

また、そっと廊下を歩く気配。

……廊下の床がきしむ音が、照の時だけしない。


(お前……忍者か!?)


物音ひとつ立てず、たぶんキッチンの冷蔵庫を開けて、水でも飲んでる。

そして、またドアが──

ス……

カチャ。

……カチッ(ゆっくり閉めて鍵を回す音)。


(いや、丁寧すぎんだろ!!)


ああああもう!

うるさいのも嫌だけど、ここまで静かに気遣われると逆にモヤる!!


(なんなんだよ、あいつ……!)


気を遣われてるのは分かる。

俺に配慮してんのも伝わる。

……なのに、喋らないし、目も合わないし、距離は近いし、でも音は出さない。

なんだこの矛盾の塊。

気遣いの亡霊か?

布団に入ったものの、眠れやしない。

優しさにイラつくとか意味分かんないのは自分でも分かってるけど、

でもこの感じ、ほんっとに……落ち着かない。


「……もうちょい普通にしてくんないかな……」


布団の中で呟いた俺の声だけが、部屋の中に響いた。

返事はもちろん、なかった。



続きはnoteで作者名『木結』(雪だるまのアイコン)で検索して下さい。


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