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夏帆が部屋から出て行ってポツンと部屋に残った成瀬だった。風呂の準備は始めず、胡坐に腕組をして深く考え込んだ。
(無自覚な色気ほど罪なものはないな)
仕事から帰ってきてホッとしているときに夏帆がやって来た。しかも、風呂上がりのピカピカ素顔に可愛らしい色のパジャマを着て。成瀬も他の男性と同じく、女性の素顔は化粧している顔より断然に可愛いと思ってしまう。それなのに夏帆は美しい素顔で恥じらいながら部屋に入ってきたではないか。成瀬はねぶたの打ち合わせとわかってはいるが、何かを期待してしまう自分に戸惑っていたのだった。
(夏帆さん。あの姿であの笑顔はきついです……)
座った夏帆のホットパンツから太ももが見えていた。
(同居してからずっと直視を避けてきたのに)
夏帆は成瀬は自分のパジャマ姿に興味がないと勘違いをしているが、実はそうではなかった。成瀬は夏帆の白く透き通る肌を魅せられると、久々に自分が男であったことを自覚させられてしまうのだった。普段、家の中では視線さえ合わさなければ簡単に回避できた。しかし「見てください」と夏帆の膝辺りにパンフレットを置かれてしまい、否応なしに目線をへ向けなけらばならなかった。集中してしまわぬように意識を逸らす努力をしていたのだ。それで夏帆からの問いかけに生返事になってしまったのだが。
恋人同士なら正直にいえるだろうが、まだ成瀬たちはただの同居人。「欲情しそうです」などと言えるわけがない。咄嗟に出てきたのが「お風呂の準備をしますので」という言葉だった。
なんとも情けない気持ちの成瀬は膝の上においた手を握った。夏帆の無邪気な笑顔に触れたいと惜しみつつも、ぐっと踏ん張った自分は偉いと思う。しかし、欲情気味の自分が何もなかったように風呂に入ることはできない。
(どうするか。こうなったら安全に発散させるしかないだろうな)
成瀬は走り込みをするために運動用のシャツに着替えた。玄関でスニーカーの紐を結んでいたら、夏帆に声を掛けられてしまう。
「成瀬さん⁈ こんな時間にどうしたんですか?」
「あっその……最近、運動不足なので走り込みをしてきますね」
(夏帆さんの顔をまともに見られない!)
「でも、もう二十二時ですよ?」
「……今夜は走り込んだほうがよく眠れそうなので。行ってきます!」
「……そうですか。気を付けてくださいね」
首を傾げる夏帆をしり目に、成瀬は振り返らずに走りにでていくのだった。
走り込んだ成瀬の全身からは大粒の汗が吹き出していた。どうやら欲も流れ去り気分は爽快だった。家に帰り着き、水を飲もうとダイニングにいくと夏帆がひょこっと顔を出した。
「成瀬さん、お疲れ様でした!」
「夏帆さん……どうしたんですか?」
「じゃーん。特製の梅ジュースです!」
夏帆から冷えたグラスを手渡された。中にはシュワっと炭酸が入っている。
「毎年、梅をジュースにしているんです。梅にはクエン酸が入ってますから疲労回復に役立ちますよ」
夏帆は先ほどと同じ笑顔で成瀬を見せていた。しかしすでに走り込んで毒を流した成瀬は変に反応することはなかった。むしろそんな夏帆をみて、ホッとすると同時に純粋に抱きしめたくなった。
(夏帆さんは、やっぱり可愛い)
「有難くいただきます」
そういって甘酸っぱいシュワシュワ梅ジュースを飲むのだった。
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