テラーノベル
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ストロンは、グーレ山の一角を買い、研究所を建てると、そこに籠る生活を始めた。
カルシアを隣町の医療センターに預け、延命措置をしてもらいながら、部下や友人たちと共に、新薬の開発に明け暮れた。
ステロイドや免疫抑制剤をベースに、DNAの修復異常にもアプローチ出来る医薬品を試作し、それをマウスや霊長類に使って実験する。しかし、なかなかそう上手く行くはずもない。ただ、研究資金だけが減ていく一方だった。
(このままでは、カルシアを救えない……!)
焦りが、募って行く。
そんな時、ストロンの元に医学生時代の同級生、テラ=アグネス=ミラーから会って話さないかと連絡が入った。
テラは、金目当てで医者になり、覚醒剤に手を出して医師免許を剥奪された女である。今は母親の孤児院を継いで院長をしている。
ストロンは嫌な予感がしたが、藁にも縋る思いでその誘いに応じることにした。
約束の日、ストロンはグレース・フィールド孤児院の院長室に通された。
孤児院内は薄暗くて埃っぽく、時折隙間風が冷たく足元をすり抜けて行く。そして、 子どもたちが集まる場所だと言うのに、妙にしんとしていた。
ストロンが怪訝そうな顔で古びたソファに座ると、テラは愛想笑いを浮かべて言った。
「こうして話すのは久しぶりだね、ダグラス。聞いたわよ。どうやら、娘の病気の治療法を探す研究を始めたらしいじゃないか。」
ストロンは、その胡散臭い笑みに眉を潜める。
違法な薬物に手を染めて医師免許を剥奪された彼女のことだ。何を企んでいるのか分かったものではない。
テラは、相変わらずの調子で続ける。
「そんな顔しなさんな。あんたに取っても悪い話じゃないんだから。…研究資金も手に入って、もっと研究を効率良く進められる方法があるんだけど、興味ないかい?」
「そんな方法があるのか?」
気がつけば、先ほどまでの疑いが嘘のように食いついていた。
テラは、その様子を見ると、ニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。
「…あぁ。うちの孤児を引き取って、実験に使うのさ。人体実験を取り入れれば研究の精度は上がるし、死んだ子どもの臓器を売って資金を得ることも出来る。」
「人体実験だと!?況してや臓器売買など…!そんなこと、許されるはずがないだろう!貴様のことは元より信用していなかったが…まさかここまで人として堕ちていたとはな」
「人として堕ちている、か。そうかもしれないね。でも、あたしだって、考えなしに言ってる訳じゃないのよ。寄付は集まらない、引き取り手もいない。運良く生き延びても、社会の底で消耗するだけ。…孤児にまともな未来なんてないのよ。それなら、意味のある使い方をしてやった方がまだマシじゃないか。心配しなくても、孤児なんだから死んでも誰も何も言わないよ。自分の子と他人の子、どっちを取るんだい?」
それは、まるで悪魔の囁きだった。
人体実験など、法的にも倫理的にも許されるはずがない。しかし、娘の命と天秤にかけられては、迷いが生じてしまう。
悠長に手段を選んでいる暇などない。
死んでも誰も何も言わないのなら、見つかりさえしなければ問題ないのではないか。
最悪の考えが頭を駆け巡る。
ストロンは、葛藤の末に言葉を絞り出した。
「……貴様の考えに賛同した訳ではないが…カルシアのためだ」
テラは、言質は取ったと言わんばかりに畳み掛ける。
「そうかい。じゃあ取引と行こうじゃないか。あたしは孤児をあんたにタダで譲り、臓器売買の仲介を引き受ける。あんたは、臓器の売上の半分をあたしに寄越す。これでどうだい?」
「…良いだろう、取引成立だ」
* * *
それからというもの、研究所の空気は一変した。 少しひりつくような緊張感が、殺伐とした冷たさへと進化を遂げ、子どもたちの悲鳴や泣き声が廊下に響き渡る。更に、抵抗する子どもに苛立つ研究員の怒号も重なり、まるで奴隷の収監所のようだった。
「嫌だ!嫌だ!実験行きたくない!実験行きたくない!!」
「うるさい!大人しくしろ!」
気が付けば、この光景が日常茶飯事になっていた。
もちろん、カリーナがそれを黙認するはずがない。
「あなた、人体実験だなんて何を考えているの!?今すぐにでもやめてちょうだい!こんなの犯罪よ!」
彼女は、そう言って夫を何度も制止したが、ストロンはその度に受け流すばかりであった。
「分かっている。だが、時間がないのだ。出来る限りの手は尽くさなければ」
そう言って、直ぐ様研究に戻ってしまう。
怒りと悲しみに唇を結ぶ妻の涙を、彼は見ることもしなかった。
研究員たちの中にも 当然、人体実験を受け入れられず、研究所を去ろうとする者や、ストロンに直接講義する者も現れた。
「ダグラス。こんな研究、もう止めにしてくれ。人の命を犠牲にしてまで行っていい研究などあるはずがない」
「そうですよ!我々ももう限界です!」
しかし、彼らの声はストロンに届くことはない。
「黙れ!カルシアを救うためには、悠長に手段を選んでいる暇などないのだ。離反するというのであれば勝手にするがいい。しかし、貴様らは既に人体実験に加担した犯罪者だ。此処を出たとて、もう社会には戻れまい」
その冷酷な脅迫に、彼らはなす術を失って立ち尽くすしかなかった。
その翌週、研究所には新たな制度が出来た。研究員に、電撃チョーカーの装着が義務付けられたのだ。
電撃チョーカーは、管理者がスイッチ一つで装着者に電気を流すことが出来るという、恐ろしい拷問器具である。
(ミラーから言うことを聞かない被験者に使うといいと教わったが、研究員に使うことになろうとはな)
ストロンは、ブラックマーケットのサイトのブラウザを閉じて心で呟いた。
彼も、娘と同年代ぐらいの子どもたちが虐げられる日々や、医療職を降りて協力してくれている研究員たちを威圧すること、そして何より、妻のカリーナの制止を振り切らねばならないことに、心を痛めていない訳ではなかった。
(……そう、奴らは孤児だ。死んでも誰も何も言わない。それに、カルシアを救うためには手段を選んでいる暇などない)
罪悪感に苛まれそうになる度、テラの言葉を反芻した。
頭がおかしくなるほどに、何度も何度も。
「所長、大丈夫ですか?」
顔を上げると、バークとローレンが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あ、あぁ…二人とも。心配をかけて済まない。少し、考え事をしていてな」
「…何か悩みでも?」
バークが尋ねると、ストロンは重々しく胸の内を吐露する。
「…最近、妻や他の研究員たちが離れて行くのを感じていてな。確かに、今の状況は皆に取って酷だと分かっているが……娘を救うためには、仕方がないのだ。それに、ここまで来てしまっては、時間も無ければ、後戻りも出来ない 。…私は、どうするべきだろうか… 」
バークは、その言葉をしっかりと受け止めると、ストロンの肩に手を置き、力強く言った 。
「…所長、私は最後までこの研究に尽力するつもりです。お世話になった所長の大事な娘さんを、見殺しになんて出来ませんから 」
ローレンも彼に続いて、手を差しのべる。
「それに、この研究を完成させれば、今後娘さんと同じ病気で苦しむ人を救えるかもしれません。発展には犠牲が付き物と言いますし、思い詰めないでください。我々はどんなに過酷な道でも、所長についていくと決めているんです」
二人の言葉に、ストロンは深く感激して固い握手を交わした。
─この言葉が、更に彼を壊すとも知らずに。
コメント
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うわ……重い……これ3話にしてめっちゃ深いとこ来たな。ストロンの「カルシアのため」って言い訳で自分を正当化してく過程が、めっちゃリアルで怖かったわ。テラの「孤児は死んでも誰も何も言わない」って台詞、ゾッとするほど刺さる。バークとローレンの忠誠心も、かえってストロンを壊す方向に働いてそうで先行き不安……。続きが気になりすぎる🔥