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「だから朝ごはんはちゃんと食べなさいって言ったでしょ?」
大樹に支えられて家に戻った私を見て、お母さんが鬼の形相で甲高い声を上げた。
数秒後には一転して殊勝な顔を大樹に向ける。
「ごめんね大樹君。また花乃が迷惑かけて。この子ったら本当だらしなくて、寝坊して朝ごはん抜きなんてしょっちゅうなのよ。今朝も何も食べないで出かけようとしてね……」
捲くし立てる様に私の文句を語るお母さんに一瞬驚きながらも、大樹は世の女性がクラッとしてしまう様な極上の笑みを浮かべてお母さんを黙らせた。
「とりあえず花乃を部屋に連れて行きます。早く横になった方がいいと思うんで」
「あっ、そうね……ごめん大樹君、三十分くらい花乃についていて貰えない? 私これからお父さんの用で銀行とか行かなくちゃいけないのよ」
「えっ? 何言ってるの? 私は一人で平気だよ?」
スーツ姿で明らかに仕事日だって分かる大樹に良くそんな事言えるなって思いながら言うと、大樹がかぶせる様に声を少し大きくして言った。
「分かりました。俺がちゃんと着いてるから花乃の事は大丈夫ですよ」
「そう。ありがとうね大樹君、じゃあ行って来ます」
お母さんは本当に大樹が大好きだ。鼻歌でも歌いそうな上機嫌さで出て行った。
「花乃、部屋に行こう」
「あ、うん」
大樹に支えられて2階の自分の部屋へ行く。
扉を開けて部屋に入ると、大樹は私をそっとベッドに座らせてくれた。
「寝た方がいいけど、着替える?」
「うん」
オフィス用のスカートじゃゆっくり休めない。
「着替え手伝おうか?」
大樹が悪戯っぽい笑みで言う。
「は? い、いらないよ!ちょっと向こう向いていてよ」
「なんだ残念」
大樹はそう言いながらクルリと私とは逆の方向を向く。
私は大急ぎでパジャマを取り、着替えをする。
いくら見ないでくれているって言っても、同じ部屋に大樹がいる状況での着替えってすごい緊張する。
なんとか終えて声をかけると、大樹がクルリと振り向いた。
「じゃあちゃんと寝て」
大樹に促され、私は大人しく布団に入る。
あ……横になると本当に楽だ。
ホッとしていると大樹が言った。
「昨日は元気そうだったのにな……今朝からおかしくなった?食欲も無いみたいだけど」
「……多分寝不足だからだと思う。私夜更かし慣れてないからね
「夜更かしって何してたの?」
「え? 何もしてないよ。ただ眠れなかっただけ」
そう答えると、大樹はなぜか黙り込み、それから少しの間を置いてから顔を上げた。
「眠れなかった理由ってもしかしたら井口と話したのが原因?」
「えっ?!」
思わず高い声を出す私に、大樹は渋い顔になり言った。
「当たりか」
完全に見透かされている。
「……井口君から聞いたの?」
大樹はベッドの脇に座り、頷く。
なんだか恐い顔、機嫌が悪い?
井口君が言った話は、私に知られたくなかったのかな?
「あの、井口君の話なら私気にしてないよ? 大樹が今まで狙った女は必ず落として来た恋愛のプロでも、会社に彼女候補が居ても……別に変だとか思わないし」
どうして私がいい訳を語ってるのか不思議だけどつい言ってしまった。
「……井口がそんな事を言ったのか?」
あれ? 大樹の顔色が悪くなった様な……。
「聞いたのはそれだけ? 他に何か言われた?」
有無を言わさない迫力で大樹は言う。
いつもはへらっとしてるのに怒ると迫力満点で、私は逆らえなくてつい何でも言ってしまいそうになる。
「ええと……私を蔑ろにしないはずって言ってた……負い目とか責任があるから」
そう言うと、大樹は苛立たし気に舌打ちした。
内心ビクッとなってしまったけど、今のって井口さんへの苛立ちだよね?
私じゃ……ないはず。
そう思いつつも防御本能が働いて、私は掛け布団を口元までひっぱった。
ベッド脇の大樹はそんな私を見下ろしながら言った。
「花乃は井口の話信じたの?」
「……え? 信じたって言うか……」
嘘だとか疑いもしなかったんだけど。
でも大樹の言い方はまるで井口さんの言った事は違うんだって言ってるみたい……。
「過去の彼女は私も何度か見てるし……本当なんじゃないの?」
大樹は溜息を吐いてから浮かない顔をした。
「確かに過去つきあった女は居たけど」
「そ、そうなんだ」
知ってたのに、大樹本人から言われるとなぜか動揺してしまう。
「でも、誰とも上手く行かなかった。全部俺が原因。花乃が好きなのに他の女と付き合おうなんてしたから」
自嘲する様に大樹は口元を歪ませる。
他に好きな人がいるのに別の人と付き合うのって、私にはよく分からない。
そもそも私は誰ともつきあった事が無い訳だしね。
でも……やっぱり大樹の過去を聞くと気分が良くない。
好きでも無い人と付き合うなんて適当でいい加減なところが許せないから?
いや違う。そんな事でこんな気持ちになってるんじゃ無い気がする。
憂鬱になる理由は……考えに沈みそうになる私に、大樹が言った。
「俺が花乃に話しかける様になったのってここ一年なんだけど気付いてた?」
「あ……それは気付いてたよ。何で突然?って思ったから」
中学校を卒業して疎遠になってからも家が隣だから朝とか休みの日に偶然会う事は時々あったけど、私達は殆ど話さなかった。
でも一年前からなぜか顔を合わす機会が増えて、大樹も馴れ馴れしく話しかけて来る様になったんだった。
私としてはかなり迷惑でうんざりしていたんだけど。
「花乃、俺の顔見ると凄い嫌がってたよな?」
大樹が苦笑いで言う。
「それは……ええと、いろいろ誤解が有ったでしょ?」
「誤解って言うか花乃は俺を恨んでたからね。俺の顔見るとあからさまに嫌そうに眉をひそめてさ、俺結構傷付いてたし」
「そ、そうなの?」
大樹は私が避けても全く気付かない鈍感な人だと思ってたんだけど。
「そう。でも俺は不屈の精神で頑張ってたってわけ」
「不屈のって……」
私に話しかけるのってそんなに根性の要る事だったの?
まあ……確かに私って酷い態度だったけど。