あれから数日が経った。
自然と隣に座り屋上で時間を過ごす。 何一つ代わり映えのしない日々。しかし、今日は一味違う。
いつも何も口にしようとしないルイを見兼ね、今日は購買で売っている人気の菓子パン、メロンパンを片手に屋上へと向かった。
僕は基本、家から持ってくる弁当を食べている為、中々購買へ行く機会も少ない。 授業が終わると同時に教室を飛び出していく生徒の気持ちを今日初めて理解できた気がする。
学校の半数以上の生徒が購買を利用する。 その生徒達がおにぎりやパンを求め、一斉に押し寄せる光景は軽くトラウマになりそうな程だった。 そんな中、やっとの思いで手に入れたこのメロンパンも残り一つのみとなっていた。
「食べるかなぁ…」
そんな独り言を呟きながら、冬になり一段と冷たくなっている扉を勢いよく開けた。
快晴の青空を見上げ、屋上で寝そべっている彼の姿は見飽きる程見てきた。 もう12月下旬、世間はクリスマスブームというのに、彼はワイシャツ一枚で季節外れの格好をしている。 見ているこっちが凍えてしまいそうだ。
彼を見ていると様々な心配で僕の精神はいつか参ってしまうだろう。
扉の開閉音に気付いたルイは僕を見つけ、満面の笑みでこちらに大きく手を振っている。その姿は どことなく大型犬を連想させる。
「旬!今日遅かったじゃん」
「ちょっと寄り道したからね」
「寄り道?」
不思議そうに首を傾げているルイに向かって、片手に持っていたメロンパンを差し出した。
「これは…?」
「今日もどうせなにも食べないんでしょ? だからルイ用に買ってきた」
メロンパンは買ってきたものの、いつものように要らないと返されてしまうと想像していた。
だが、ルイからの言葉は何も無く、二人の間に何とも言えない空気が漂う。これまで一切無かった空気感に戸惑い、僕はルイの顔色を伺うように隣に座った。するとルイは両手でメロンパンを抱え、とても悲しそうな表情を浮かべていた。
予想外の反応で頭が真っ白になり、なんと声を掛けるべきなのか分からなく言葉が詰まってしまった。ものすごく気まずい空気なのだけは感じ取れる。
すると、ルイが顔を上げ明るい声色で言葉を発した。
「ごめんごめん!実はメロンパン苦手でさー」
見え見えの嘘をついている。
なんとか笑顔を作ろうとしてはいるが、見るからに顔が引き攣っているのが分かる。普段の賑やかで明るいルイとは程遠く、まるで別人のようだった。
「そ、そっか!知らなくてごめん。じゃあそれ、後で僕が食べるよ」
この日、ルイと共にした休み時間の中で初めてとても長く感じた。
翌日、僕は弁当を片手に屋上までの階段を上がる。
人通りが少なく、とても静かなこの階段はどんなに小さな音でさえも拾い上げ、大きな音で返してくる。普段の僕はそんなことなど気にせず、ドタバタと大きな足音を立てながら一目散に屋上へと走りながら向かう。しかし、昨日の出来事もあり正直今のルイとどう接すればいいのか分からず、階段を上る足が普段の数倍重く感じてしまう。
全身の力を抜き、大きく息を吸ってゆっくり吐き出す。一旦昨日のことは忘れていつも通りに振舞おう。そう思い丁寧に深呼吸した後ドアノブに手を掛けた。
手に力を入れ重たい扉を静かに押し開ける。
空は雲一つない晴天。フェンスの側で立て膝をし、町を見下ろす未だ正体不明の男子高校生。 屋上に降り注ぐ太陽の日差しに照らされ、髪がキラキラと輝いている。遠くから改めて見ると、なにかの物語に出てきそうな容姿をしている。
ゆっくりとルイに近づき声を掛けた。
「…ルイ お待たせ!」
出来るだけ普段通りに、気を遣わせぬように、笑顔を絶やさぬように。
思いの外、休み時間はどんどんと過ぎていった。昨日は何事も無かったかのように、ルイは楽しそうに話をし、それを僕は弁当を食べながら聞いている。
廊下の窓から見える他生徒たちが徐々に次の授業に向け準備をし始め、僕もそろそろ屋上を後にしようと立ち上がった時、ルイから馴染みの無い呼び方で名前を呼ばれた。
「成瀬」
普段のルイとは思えない真面目な声色に驚き、隣に座っているルイを見下ろした。
僕の顔を見て微かに微笑みルイが言葉を放つ。
「一つ、頼みがある」
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