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とと
#関西弁
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「……じゃあ、今日の相談料は?」
「え?」
少しだけ唇を尖らせて前屈みになる。やめとけばいいのに、揶揄うのをやめられない。
「お礼のちゅう」
「あかんって言うたやろ! 言い方変えただけやん!!」
驚きながらも、もとちゃんは笑っている。その顔、案外満更でもないんちゃう?
「……一回だけしてみん? それ以上は絶対せえへんから」
困った顔をしながらも、逃げる気配はない。案外、いけるんちゃうか――?
「ひぃ~! やっぱ無理~!」
「なんでやねん!」
もとちゃんは脱兎のごとくソファから飛び起き、玄関へとダッシュした。
「空の顔が可愛いから勘違いしかけた!! でも、やっぱり、男なんやもん!!」
勢いよくドアが閉まる。……一回受け入れるフリをしておいて「やっぱ無理」って、どういう神経してんねん。
「……傷ついた。一生立ち直られへん」
ギュウギュウと締め付けられるように胸が痛い。この虚しさを、誰かに、今すぐ埋めてほしい。
♢♢♢
「新せんせぇ」
次の週の水曜日。授業が終わった直後、俺は新先生を後ろから羽交い締めにするように捕まえた。
「うぉあ!?」と変な声を上げて驚く先生。周りの生徒たちがざわつくのも構わず、俺は背中にしがみついた。
「……どうしたん?」
「今日、お昼ご飯一緒に食べたい」
久々に甘えてみる。大胆なボディタッチをしてしまって、少し後悔する。こういう所が、新先生を追い詰めることになると分かっているのに。
背中越しに、先生の心臓がドクンドクンと波打っているのが伝わってきた。
「ええけど……ほんまに誰かに刺されたかと思った」
「……ごめんにゃさい」
「……きつ」
なんや。俺に抱きしめられたからドキドキしてたんじゃないんか。
安心したような、残念なような。
誤魔化すようにきゅるんとした目で見上げれば、先生の目元がわずかに緩む。
人気のない美術室の隅。広げられたお弁当箱の中身は、端正な先生にぴったりなほど彩り豊かだ。
「どうしたん?なんかあった?」
「……ううん、お弁当、一緒に食べたかっただけぇ」
大きな唐揚げを頬張り、わざとらしく女子みたいに首を振ってぶりっ子してみせる。すると、新先生の顔がわずかに赤らんだ。
「好き」と言われてから、先生の表情を今までとは違う意味で受け取ってしまう。俺の何気ない行動に、この人の心はこんなにもくるくると動いていたんや。
「ごめんな?気を使わせて」
「ん? 何が?」
「……言うべきじゃなかった」
「……言ってしまった事は無かったことにはできひんし、俺、ほんまに嬉しかったよ」
慰めるつもりやった。けれど、それは逆効果だったらしい。先生は苦しそうに顔を歪めた。
「……やっぱり無理やねん。空と二人きりになると、どうしても、抑えられなくなる。……ごめん」
「んんっ……!?」
ガシャン、とお弁当箱が落ちる音が響いた。
それが俺のものか、先生のものかなんて考える余裕は、すぐに消え去った。
無理やり唇を塞がれ、背中が冷たい机に押し付けられる。
「……っん、ふ……ッ」
先生の指が俺の後頭部を強く引き寄せ、逃げ場を完全に奪う。
いつも優しくて、どこか抜けている可愛い「新先生」は、もうそこにはいなかった。
俺を、心も体も食らい尽くそうとする、一人の「男」の獣じみた熱だけが、そこにあった。
「んっふ、せんせ、ちょ、待って……ッ」
ようやく隙間を見つけて紡いだ制止の声も、熱を帯びた吐息にかき消される。
「先生、ここ! 学校!」
あかん、このままやと歯止めが効かなくなる。
俺は先生の顔を両手で掴み、無理やり正気を取り戻させようとした。こんな時に、妙に冷静な自分がいて笑えてくる。
「……ごめん。我慢できひんかった」
「……大丈夫。食後のデザートやと思ってるから」
茶化すための渾身の冗談も、空虚に響くだけ。
俺、新先生とキスした。学校で。ヤバくないか?
根が真面目な分、背徳感よりも先に、得体の知れない恐怖が込み上げてくる。
「お弁当、新先生の。掃除しよう!」
ポケットからティッシュを出し、床に散らばったご飯をかき集める。これを処理したら、すぐにここから逃げな。
「……空?」
「なに? 怒ってないから。大丈夫」
目を合わせることができひん。引きつった笑顔が自分でも分かるくらい不自然や。
「俺がやるよ。ごめん……」
綺麗なハンカチを取り出そうとする先生の手を、俺は遮るように止めた。
「俺がやるから!!」
声を荒らげてしまったのは、失敗やった。
空になった弁当箱。目に入った絵の具のついた古雑巾を手に、必死に床を拭く。けれど、背後から伸びてきた影に、再び思考が停止した。
「空……」
「んっ……先生、あかん……っ」
雑巾を置く間もなく、今度は強引に床へ押し倒された。
逃げ場を塞ぐように重なる、温度を失った冷徹な口づけ。
元の関係に戻れるなんて信じていた自分の甘さに、底知れない絶望が込み上げる。
このままでは、取り返しのつかないところまで壊されてしまう――。
「空、好きや。誰にも渡したくない……」
「んんっ、いや……先生、やめて……ッ!」
「空、俺だけのもんになって」
耳元で繰り返される熱い告白が、今は呪詛のようにしか聞こえない。
俺は恐怖を振り払うように必死に抗い、先生の腹を思い切り蹴り飛ばした。
ガシャン! と派手な音がして、先生がその場にひっくり返る。
黙って立ち上がろうとするけれど、膝が震えて力が入らない。
「……元宮と、付き合ってんの?」
倒れたままの新先生から、震えた声が漏れた。
ああ、そうか。先生の理性を焼き切った原因は、それやったんか。
「……付き合ってないです。好きな子がいるから、相談に乗ってるだけで……」
力を振り絞って立ち上がり、乱れた服を直す。
……お弁当、片付けた後で良かった。ズボンにご飯がついていたら、カピカピになって取れへんなるところやった。
そんな、どうでもいい思考で恐怖を塗りつぶしながら、俺は逃げるように美術室を飛び出した。