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第七章 現実
そこには、想像していたような光景は存在しなかった。
巨大な翼を持つドラゴンもいない。
見たこともない怪物もいない。
魔法のような現象も確認できない。
ただ、広がっていたのは静かな蒼い空だった。
「……何も、ない?」
思わずそう呟いたのは、日本から派遣された隊員だった。
彼は拍子抜けしたように周囲を見渡し、空を見上げる。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く蒼い空。
あまりにも普通だった。
異世界という言葉から想像されるものとは、あまりにもかけ離れていた。
しかし――
彼が何気なく視線を下へ向けた瞬間。
その表情が、凍りついた。
5メートルを優に超えるであろう巨大な防護柵。
その先に広がっていた光景を見た瞬間、各国調査団の足は止まった。
そこに存在していたのは、未知の生物でも、幻想的な大地でもなかった。
遠くにそびえ立つ巨大な建造物。
幾重にも重ねられた防壁。
高くそびえる塔。
そして、その周囲を取り囲むように築かれた軍事要塞。
それはまるで、一つの都市そのものを守るために作られたかのようだった。
隊員たちは言葉を失う。
なぜなら、その光景が意味するものは明白だった。
この世界には――
文明がある。
国家がある。
そして、自分たちが到着するより遥か以前から、この世界で生きてきた人々がいる。
そして、その巨大要塞を構える国の名は――
ただの集落でもない。
未開の地でもない。
そこには、明確な統治機構を持ち、軍を持ち、歴史を持つ国家が存在していた。
しかも、それは偶然そこに存在していた国ではない。
ナシル王国と、数十年にも渡って交流を続けてきた国家。
この世界で、すでにナシルが知っていた国。
《アスガルド王国》
その名を、国連調査団の隊員たちは初めて知ることとなった。
彼らが足を踏み入れたのは、未知の世界ではなかった。
すでに誰かが生き、
すでに誰かが国を築き、
すでに誰かが歴史を刻んでいる世界だった。
そして何より――
ナシルは、この世界を知っていた。
「どうされたんですか? そんなに大勢を引き連れて…。定期便はまだ先のはずですが。」
アスガルド王国の常駐外交官が困惑の声色で、問いかける
「あぁ…こちらは…」
ナシルの外交官が言いかけたその時…
背後に立っていた国連調査団の隊員たちが、わずかに反応した。
彼らは先ほどから、目の前の光景に違和感を抱き続けていた。
自分たちが想像していた異世界とは違う。
しかし、それ以上に理解できないことがある。
目の前の人物――
アスガルド王国の外交官は、彼らを見ても驚いていない。
未知の来訪者を見る目ではなかった。
まるで、ナシルから新たな客人が来たとしか考えていない
「…まさか」
日本側の隊員が、小さく呟く。
「こいつらは…知っているのか?」
その疑問を遮るように、ナシル外交官が口を開いた。
「紹介します」
一瞬の沈黙。
そして国連調査団に向けて−−
「こちらは、我々ナシル王国の友好国であるアスガルド王国へ派遣された、国連調査団です」
その言葉を聞いた瞬間。
アスガルド外交官の表情が、初めて変わった。
「…国連?」
聞き慣れない言葉。
しかし、その反応は困惑であって、敵意ではなかった。
「シャーロット殿…」
外交官は静かに問いかける。
「これは…どういう意味でしょうか」
その声には、僅かな戸惑いが混じっていた。
なぜなら彼らは知らなかった。
ナシルが、自分たちの存在を世界へ公開したことを。
そして――
この日が、二つの世界の外交史における最初の日になることを…
アスガルド外交官は、しばらく沈黙していた。
目の前にいる者たちは、明らかにナシル王国の正規軍ではない。
全員装備も違う。
全員服装も違う。
何より――
彼らの持つ雰囲気が違った。
長年、ナシルとの交流を続けてきた彼には分かっていた。
これは単なる護衛ではない。
一つの国家が、意思を持って送り込んだ集団だ。
「…シャーロット殿」
アスガルド外交官は、改めてナシル側の代表へ視線を向ける。
「国連…というものについて、ご説明いただけますか」
その問いに、ナシルの外交官 シャーロットは一瞬だけ目を伏せた。
当然だった。
彼自身、この瞬間が来ることを恐れていた。
アスガルド王国。
ナシルが何十年もの間、秘密裏に交流を続けてきたもう一つの国家。
彼らは決して、閉ざされた世界の住人ではない。
言語があり、
文化があり、
政治があり、
そして外交がある。
だからこそ――
この存在を世界に公開することは、単なる発見では終わらない。
新たな国家との接触。
新たな国際秩序の誕生。
それを意味していた。
「…説明いたします」
シャーロットは静かに口を開く。
「彼らは、我々の世界に存在する国際組織です」
「国際…組織?」
アスガルド外交官が聞き返す。
「はい」
シャーロットは頷き、こう答えた
「複数の国家によって構成され、世界規模の問題を扱う組織です」
その説明を聞いたそのとき。
国連調査団の隊員たちは、互いに顔を見合わせた。
なぜなら――
今、自分たちが説明している相手は。
異世界の住人ではなく。
自分たちと同じように。
国家という概念を持つ存在だったからだ。
「つまり」
アメリカ側の要員が、小さく呟く。
「この世界にも国際社会があるのか」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
彼らはこれまで、《水晶》の向こう側を未知の領域として扱ってきた。
調査対象。
研究対象。
場合によっては、人類が管理すべき新たな領域。
そう考えていた。
しかし――
目の前にいるアスガルド王国の外交官は。
彼らより遥か以前から、この世界で国家として存在している。
そしてナシルは。
その国と対等な関係を築いていた。
「ナシル…」
ロシア側の隊員が、低く呟く。
「お前たちは……一体何を隠していたんだ」
その言葉は、誰にも届かなかった。
だが、その場にいた全員が同じ疑問を抱いていた。
ナシルは異世界への門を発見したのではない。
違う。
ナシルは――
数十年前から。
もう一つの世界と、外交をしていたのだ。
「お分かりいただけましたね?各国 代表の皆様」
シャーロットは、静かに国連調査団の代表者たちへ視線を向けた。
その言葉には、責めるような響きはなかった。
ただ――
事実を受け入れろという、強い意思だけが込められていた。
「失礼いたしましたね、アスガルド王国外交官《ハルトマン》」
シャーロットは、隣に立つアスガルドの外交官へ向き直る。
「いえいえ」
ハルトマンは首を横に振った。
「ですが…」
彼は一度、国連調査団の団員たちへ視線を向ける。
見慣れない軍服。
見慣れない装備。
そして、ナシルが今まで決して見せることのなかった存在。
「これは…」
ハルトマンは小さく息を吐いた。
「何か大きなことの前触れ……ですよね?」
その問いに。
シャーロットはすぐには答えなかった。
ただ――
ゆっくりと頷いた。
「はい」
短い返答。
しかし、その一言には数十年分の重みがあった。
ハルトマンは理解していた。
ナシルが、この世界においてどれほど慎重な国家であったか。
異世界の存在。
もう一つの文明。
それを知りながら、決して外へ向けて発信しなかった理由。
それは恐怖ではない。
責任だった。
もし、この事実を公表すれば。
この世界だけでは終わらない。
もう一つの世界にも、大きな波紋が広がる。
そして今。
その瞬間が来たのだ。
「…ついに、ですか」
ハルトマンが呟く。
シャーロットは答えなかった。
ただ、国連調査団の方へ向き直る。
「代表の皆様」
その声に、全員が反応する。
「これから皆様は、ただの調査団ではいられません」
一瞬、沈黙が流れる。
「皆様が今、目の前にしているものは――」
シャーロットは、遠くにそびえるアスガルド王国の要塞を見る。
「未知の領域ではありません」
「すでに誰かが生きている世界です」
「すでに誰かが国を築き、文化を育み、歴史を刻んできた世界です」
そして――
「皆様は今、発見者としてではなく」
「訪問者として、この世界に立っています」
その言葉に。
国連調査団の誰も、反論できなかった。
彼らはずっと、自分たちが扉を開ける側だと思っていた。
しかし違った。
扉の向こう側には。
すでに文明があり。
すでに国家があり。
すでに外交が存在していた。
シャーロットは静かに踵を返す。
「行きましょう」
「これから始まるのは――」
「調査ではありません」
彼は一度だけ振り返る。
「外交です」
そして、
ナシル連邦の外交官シャーロットは、アスガルド王国の巨大要塞を背にして歩き始めた。
その背後には。
二つの世界の歴史が変わる瞬間を目撃した者たちが、ただ立ち尽くしていた
「とりあえず戻りましょうか」
シャーロットは調査団に言った。
「そろそろお腹もすいてくる頃でしょう?」
そう言って、来た道を戻っていった。
各国調査団は少し早足のシャーロットの後に続いた。
「うっ……あぁ、フラフラする……」
そうぼやいたのは日本の外交官
「最初は…皆さんそうなります…」シャーロットはそう苦笑しながら返答した。
「なあ…またエレベーターか?あれ、気圧のせいで耳が死ぬんだよ…」
アメリカや日本、ドイツの外交官が気圧について愚痴る中、シャーロットは
「気圧の急変が嫌なら階段もあるんですよ?」
「「「……やっぱやめときます」」」
聖堂前と王宮の直通エレベーターに乗り込み、一同は気圧に耐えながら王宮の1階に着いた…
そこから少し歩いて…
「さて、本日はお客様のために美味しい昼食を用意させていただきました」
シャーロットは扉の前で足を止め、ゆっくりと振り返り、そう言った
ふと時間を確認すると、12時だった。
「もう12時か、たしかに昼食の時間か…」
一同は昼食を済ませたあと、午後の協議のために、王宮一階の会議室に集まった。
だが協議とは名ばかりの場であった。
2時間、3時間と時間が過ぎても、協議はまとまらなかった。
国連調査団は…これ以上不毛な協議を続けても意味がないと判断し、一度本国へ戻ることにした。
コメント
1件
うわあ…この第7章、めちゃくちゃ面白かったです!「異世界=未開の地」だと思い込んでいた調査団が、到着してみたら立派な国家と文明がすでに存在していたという衝撃。しかもナシルが何十年も前から外交を続けていたという事実…。シャーロットの「調査ではなく外交です」というセリフに、背筋が伸びる思いがしました。読んでいて、世界観の厚みと緻密な設定に感動しました🌷