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コンソメパン
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トラムを降り、湖沿いの道を進んでいく。やがて夜のエルセリオンがその全貌を現した。
思わず足を止めてしまいそうなほど、綺麗だった。
白を基調とした城壁は夜の闇の中で淡い白銀に輝き、幾重にも連なる尖塔には澄んだ青と柔らかな金色の光が灯っている。細やかな装飾のひとつひとつまで光に縁取られ、まるで城そのものが内側から発光しているかのようだった。
さらに、その周囲には無数の小さな光の粒が舞っている。
星屑にも雪にも似たそれらは、ゆっくりと夜気を漂い、ときおりきらりと強く瞬いては消えていく。湖面にも城と無数の光が映り込み、水の揺らぎに合わせて白銀や青、金色の輝きが細かく砕けていた。
昼間とはまるで違う姿だ。
煌びやかなのに華美ではなく、どこまでも繊細で幻想的で、ルミナシアパークの象徴と呼ばれるのも納得できる。
夜までここにいたのなら、絶対に見ておきたい。そう思わせるだけの光景だった。
それなのに。
💜「だーれもいない」
エルセリオンへ続く道にも、湖畔にも、あれほど大きく開かれた正面入口の前にも、人影はひとつとしてなかった。昼間は来園者を迎えていたキャストも、次々に入っていっていた人々も、忽然と姿を消してしまったかのように、いない。
照明はすべて灯っている。光の粒も変わらず舞っている。城は何ひとつおかしなところなどないように、今も美しく輝き続けている。
だからこそ、人だけが綺麗に消えてしまったようなその光景が、ひどく不気味だった。
💙「これ、どうやっても変だろ」
🖤「さすがに俺でもわかる」
💚「ラウ、どう?」
エルセリオン前に着くなり周辺を調べ始めたラウールは、ルーペを持ったまま見て回っている。
🤍「ちょっと待ってねー」
そう言いながら、地面から城まで、隅から隅へと注意深く調べていく。
それから数分が経った頃だった。
🤍「うん。大規模な魔法陣が描かれてるね」
💜「魔法陣? どんな?」
🤍「認識阻害系のやつ。そこにあるのは分かる。見えもする。でもそれ以上は近づけないっていう感じのが組み込まれてるね。だから、見るけど入らない。入ろうと思えない」
💚「なるほどね」
🖤「でも他の人は入ってってたよね?」
🤍「これ、特務調査局の九人を対象にしてる。僕は魔法陣が描けるからどういう条件を付けてるのか分かるけど、多分、そうじゃない人は解読できないと思うよ」
💜「えっ? それ変じゃね? 俺らに入らせたくないのに、ラウは読み解けるんだったら意味ないじゃん」
🧡「知らなかったんちゃう?」
💜「だから、相手は俺らの性格とか行動パターンとか異能の使い方とか、とにかくいろいろ知ってんの。ラウが解析できること知らない訳ねえって」
🧡「あ、そか」
💚「……もう、目的は達成されてるんだろうね。だから、解析されても問題ない」
阿部の一言に、ぞわりと背筋が冷える。
自分たちの知らないところで何かが行われ、それはすでに完了しているということなのだから。
💛「とにかく、行ってみるしかないだろ。警戒だけはしておくこと。誰が、なんの目的でこんなことしてるか分からない以上、全てを想定して動く必要がある」
💜「それに今、みんな異能が万全じゃない。襲われでもしたら、それこそ太刀打ちできないからね」
💛「よし。行くぞ」
岩本の号令で、エルセリオンの中に足を踏み入れた。
外の煌びやかさとは打って変わって、中は薄暗い。一歩入った瞬間、思わずそう感じてしまうほど、明らかに光が足りていなかった。
けれど、内観そのものは美しい。
白銀と淡い青を基調とした広大なエントランスホール。高く吹き抜けた天井には繊細な装飾が幾重にも施され、そこから吊り下がる大きなシャンデリアには、透明な硝子細工が無数に連なっている。壁を飾る細い銀の装飾は緩やかな曲線を描き、床には磨き上げられた白い石が一面に敷き詰められていた。
本来なら、外観に負けないほど華やかな場所なのだろう。
けれど今、その美しさを照らし出すはずの照明のほとんどが消えている。シャンデリアにも僅かな明かりしか灯っておらず、壁際に等間隔で並ぶ照明も、点いているのは数えるほどしかない。
辛うじて残された光が白い床へ落ち、銀の装飾をぼんやりと浮かび上がらせている。光の届かない場所は淡い青灰色の影に沈み、広いホールの奥へ行くほど、その先が見えにくくなっていた。
ただ、暗く静かだ。
九人分の足音だけが、誰もいないエルセリオンの中にやけに大きく響いていた。
🧡「なんか、不気味やんな」
💙「お前、そういうこと言うなって」
🧡「だって怖いやん!」
🩷「見た目キレーなのに廃墟みたいだし」
💛「ねーえー、そういうこと言うのやめろって」
🖤「阿部ちゃん、平気?」
💚「うん。俺、暗いとことか大丈夫」
❤️「敵の本拠地かもしれないっていうのに、相変わらずだね、うちのメンバーは」
💜「緊張感持てって言っても無理か」
🤍「みんなうるさいなぁ、もう。集中させてよー」
今ここで、ラウールだけがルーペを使って異能の痕跡を探している。自分たちの異能が何らかの方法で減少しているならば、吸い取られたか奪い取られたか、とにかくどこかに集約されている可能性が高い。そしてそれは恐らく、このエルセリオンの中にある。
わざわざ魔法陣を用意して自分たちを遠ざけていたのだから、この推測は正しい筈だ。
🤍「あ、見つけたよ! 微かだけど、異能の痕跡がある。間違いなく、ここを通ってる」
それはエルセリオンの奥へと続く道。ラウールの先導の元、通路を歩いて行く。細い階段を上り、扉を潜り、また廊下を歩き―――と続けていって、しばらく上った頃、ようやくラウールが足を止めた。
🤍「ここだ。かなり痕跡が濃くなってる」
スタッフオンリーと書かれた扉。そこはもう、エルセリオンの豪華な内装ではなく、ただの白い壁と床があるだけの普通の通路。スタッフ専用のバックヤードのようなところなのだろう。それは、目の前の扉に書かれている文字からも分かる事だ。
ここまで、誰にも会ってはいない。けれど、この扉の先にもいないという保証はない。弱いけれど炎の出せる岩本と、氷を作れる宮舘が先頭に立ち、内開きの扉を開けた。
中には、誰もいなかった。
部屋の奥には巨大なモニター群が広がっているだけだ。正面を中心に、左右の壁がこちらを囲うよう斜めに伸び、その三面すべてに大小様々なモニターが隙間なく並んでいる。
けれど、そのどこにも人の姿はない。
代わりに、いくつもの画面に浮かんでいるのはルミナシアパークの映像。今も尚、パークを楽しむ人々が映し出されている。
💚「ここ、モニタールームなんだ」
💙「誰かが監視してたってことか?」
🤍「そりゃ、パークの運営の人だったら監視もするでしょ」
🩷「あ。真ん中の。あれ何だ?」
その中の一つだけ。中央に置かれているのは他よりも数倍大きなモニター。そこに映し出されているのは、いくつかの《成功》の文字と、一つの《失敗》の文字だけ。
そのモニターの下には、横に長い制御盤が設置されていた。
制御盤に置かれているのは、試験管立てを思わせる銀色のラック。等間隔に設けられた窪みには、透明なガラスの小瓶が一本ずつ収められている。
小瓶の中では、それぞれ色の異なる光が淡く揺らめいていた。
💚「この色……」
よく見ると九色あるガラスの小瓶に近づいて見てみる。そのうちの白い光の小瓶をラウールが手に取り、ルーペを通してよく観察する。
🤍「これだ。僕たちの異能だよ、これ」
🧡「わかるん?」
🤍「あのね。僕がいつも、どれだけみんなの異能の痕跡を見てると思ってるの? それぞれ、痕跡には特徴があるの。知らない人のはもちろん僕も分かんないけど、いつも見てるみんなの異能は一目でわかりますー」
💛「じゃあ、対応する色のがそうって事か」
🤍「そうだね。この瓶も魔法陣が組み込まれてるんだけど、蓋を開けたら解除できるくらい簡単なものだから触っても平気だよ」
💜「いや、ラウもう触ってんじゃん」
🤍「いいの。僕はちゃんと見てから触ってるし。さすがにこんな怪しそうなもの、無暗に触んないよ。佐久間くんとか康二くんじゃないんだから」
🩷「ひでー!」
🧡「俺らかて、ちゃんと警戒するて!」
💜「いーや、しないね」
❤️「するわけないよ」
💛「ほら、いいから開けるぞ」
各々の小瓶を手に取り、蓋を開けると光が溢れ出し、それぞれの体の中に溶けるように入っていった。阿部と向井はもう一つも手に取って開け、無事に体の中に入っていく。
💛「ホントに戻ったか、試してみるか」
岩本が炎を出すと、見慣れたオレンジ色の炎が手のひらの上で揺らめく。宮舘が冷気を出すと、途端に部屋の温度が下がる。
他のものたちも危なくない程度に異能を使ってみるも、特に問題はなさそうだった。
❤️「うん、大丈夫そうだね」
🤍「よかったー。もう戻んないかと思ったよー」
💛「とりあえず、出るぞ。誰か来ても困るし」
💜「だね。あんま長くいる場所じゃない」
本来なら自分たちが入ってはいけない場所なのだから、長居をすることなく部屋を出て行った。最後に阿部は扉の前で立ち止まり、振り返る。モニターに浮かぶ、失敗の文字。そして恐らく皆は気付いていない、空の小瓶が一本。
それを見ていると目黒に声を掛けられたので、阿部もモニタールームから出て行った。
エルセリオンを出てスマホを取り出し、時刻を確認する。
時刻は19時23分。
💜「ってことは、閉園まであと1時間半、か。どうする?」
この後の過ごし方についての話し合いが始まり、それを阿部はぼんやりとしながら聞いていた。先ほどまで推理や整理をするのに頭を使っていたし、今日一日歩き回って少し疲れが出てきたのもあるかもしれない。
そうしてみんなの輪から少し離れて立っていると。
🖤「阿部ちゃん」
目黒に声を掛けられた。その隣には渡辺もいる。
💚「ん? どうしたの?」
🖤「これからさ、ワンダー・パビリオン行かない?」
💚「えっ? ……なんで?」
💙「俺らだけ鍵もってねえじゃん。どうせなら欲しいだろ」
🖤「性格診断っていうのも気になるし。1時間半あるなら行けるでしょ」
💜「なに、お前らワンダー・パビリオン行ってくるの?」
🖤「そう。他のみんな持ってるから、作りたい」
チラ、と阿部に視線を向けた目黒を見て、「ああ、そういうことね」という表情になった。
💜「いんじゃない? 俺ら、まだノクターン・ガーデンの方とか行ってないし。また別行動するか」
21時に正門の近くで会う約束をして、深澤たち六人は日輪のロゼットの方に向かい、阿部たちはオーロラ・シアターの方に向かって歩いて行く。そこからトラムに乗ってウンディーネの軌跡近くで降りると、ワンダー・パビリオンを目指した。
ワンダー・パビリオンに入って説明を受け、性格診断をして鍵とカードを受け取ると、三人は迷わず工房に向かう。
そこには、聞いていた通りたくさんのパーツが並んでおり、阿部の目がキラキラと輝いているのを見て、目黒と渡辺は再び顔を見合わせて笑った。
壁に沿って置かれた棚のパーツを見ていると。
💚「あれ、翔太は選ばないの?」
💙「んー。特にこれっていうのないから、どうしようかって思ってる」
💚「翔太の、ガーネットとムーンストーンだよね。えっと……あ、これとかどう?」
阿部が持っているのは、細い三日月の先端近くに赤い小さな石が埋め込まれているパーツ。
💚「ムーンストーンだから月と、ガーネットがついてるからピッタリかなって。鍵の持ち手部分のパーツを付け替えたらいけると思うんだよね。確かこっちに……あった。はい、これ」
元々の装飾がついた持ち手部分だと接続しづらいからと、別のパーツを持ってくる。
💚「接続用のパーツだから、ぴったりハマると思うよ」
💙「……じゃあ、これにするわ」
受け取ったパーツを持って行って席に座った渡辺を見送り、阿部は再びパーツを選び始めた。
💚「どうせだったら、中央の石が動くようにしたいから……」
もうパークも閉園に近くなってきたからか、他の客の姿はあまりない。そのせいか、阿部は考えていることをつい口に出してしまっていた。それでも呟く程度の声だから、周囲の迷惑にはなっていない筈だ。
二つ三つパーツを手に取ったところで、目黒が阿部の隣に立った。
🖤「阿部ちゃん、どう?」
💚「うん、ちょっとずつイメージは固まってきたよ。めめは?」
🖤「俺も。あとちょっと悩んでるんだけど……あ、阿部ちゃんもちっちゃい石入れられるのにしたんだ」
💚「そう。真ん中の石のところが回るといいなと思って。あ、めめもだ。形は違うけど、そっちも回るんだね」
🖤「うん。そこのちっちゃい石で迷ってたんだけど……あのさ、阿部ちゃんが嫌じゃなかったら、色、交換しない?」
💚「ん? 俺が黒で、めめが緑ってこと?」
🖤「そう。同じ色入れるより綺麗かなと思って」
💚「もちろん、いいよ。じゃあ、俺は黒だからオニキスかな」
🖤「俺は……これがいい」
💚「あ、翡翠だね」
翡翠の中でも、白みを帯びた淡い青緑色のものだ。
💚「うん。この色、かなり綺麗だと思う。ちょっと作ってみようか」
パーツを手に席に戻ると、渡辺はすでに完成しており、そこからは阿部と目黒の作業をずっと眺めていた。
あれこれと試行錯誤しながら作成し、仕上げの工程も終えて外に出ると、少しひんやりとした風が頬を撫でる。
約束の時間まではまだ少しあるので、ゆっくりと歩いてエントランス・プラザまで戻ってくる。
その時、ヒューっという音が聞こえて振り返れば、大きな花火が夜空に咲き誇った。
💚「わ……すごい……」
本日、何度目になるか分からない感嘆の言葉に、少しおかしくなってしまう。
楽しかったルミナシアパーク。途中で異変も起きたし、謎は残ったまま。それでも、今日一日はとても楽しかったと言い切る自信があるほどに充実していた。
夜空を彩る無数の花火に目を輝かせながら、阿部は自分だけの鍵をぎゅっと握り締めた。
ルミナシアパーク編 終
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