テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
⚙️
同棲 - 現パロ
+共依存ぽい
蒸した夜だった。
カーテンは開けっ放しで、風すら通わない。
シーツは湿気と熱気で貼り付き、身体の輪郭を嘲笑うように浮かび上がらせている。
真夜中──時計の針が、午前二時を過ぎた頃。
サノスの喉元に、ナムギュの手が添えられていた。
いや、「添えられていた」なんて優しいものじゃなかった。
指が喉の形を覚えるほど深く、ぐっと力を込めていた。
「⋯⋯な、む⋯ギュ、⋯⋯や、りすぎ⋯⋯っ」
息が、掠れて漏れた。
それでもサノスは笑っていた。
苦しいはずなのに、その目は、ナムギュを責めていない。
「⋯⋯なんで、笑ってんだよ⋯⋯!」
ナムギュが叫ぶ。
ひくりと喉が痙攣した。
その声は、怒りよりもずっと深い、絶望と懇願が混ざっていた。
「なんで⋯⋯おれがこんなに壊れてんのに、
アンタは⋯⋯そんな顔、してんだよ……」
震える声で言う。
手は離さない。
サノスの肌が汗で滑るたび、さらにきつく締めた。
「アンタだけは⋯⋯ほんとに、ほんとに……
見てくれてる気がしたんだ⋯⋯
俺がどれだけ、ぐちゃぐちゃになっても、
どれだけ最低でも⋯⋯っ⋯」
喉の奥で、しゃくりが上がる。
ナムギュの声は、涙で濡れて、ほとんど聞き取れなかった。
「俺が⋯⋯どんだけ、アンタのこと⋯⋯
──愛してるか、分かってんのかよ⋯!」
“愛”なんて言葉を、
ナムギュの口から聞くのは、きっとこれが初めてだった。
いつも、愛じゃなくて
欲とか、支配とか、ヤクとか⋯
そんなものでしか縛れなかった。
でも今は違う。
今この瞬間だけは、
自分の感情に蓋をしない。
しようとしても、もう──できなかった。
「なんで⋯⋯ッ」
声が詰まる。
「なんで、アンタは⋯⋯他のやつに笑ってんだよ⋯⋯
俺の前で、そんな顔、見せんなよ⋯⋯
なんで⋯ッ、なんで俺じゃ、だめなんだよ⋯⋯」
泣きながら、手を首から引いた。
サノスがごほっ、と咳き込む。
けれど、まっすぐにナムギュを見ていた。
濁りのない瞳で、
それでもなお、愛しそうに、ナムギュを見つめていた。
「⋯⋯だめじゃ、なかった」
かすれた声。
でも、優しかった。
「俺だって⋯ナムギュのこと、
大事に思ってた。思ってる。
ただ⋯⋯」
「やめろ、っ」
ナムギュが遮る。
耳を塞ぎたい衝動と、聞きたくて仕方ない欲望が、喉元でぶつかり合っていた。
「もう、“ただ”って言葉で逃げないで⋯⋯
なんで、今さら言うんだよ⋯
もう⋯遅いのに⋯⋯」
サノスが、そっと手を伸ばしてきた。
ナムギュの頬に触れる。
乱れた前髪を、そっと払うように。
「ナムギュは、俺のこと憎んでんのか?」
「⋯⋯憎めたら、楽だったよ⋯」
ナムギュは、声を絞るように答えた。
「憎めたら、
こんなふうに抱いたりしない。
こんなふうに、アンタの名前、
毎晩、何百回も⋯⋯呼ばない⋯⋯」
床に膝をついて、
顔をサノスの胸に押しつけた。
シーツにしがみつき、涙が染み込んでいく。
「やだ⋯⋯離れたくない⋯⋯っ
アンタ以外、誰も⋯見えない⋯⋯」
それが呪いだと知っていても、
この夜だけは、
正直でいたかった。
サノスが腕を回す。
乱暴に、ではなく、
でも、どこか強く。
逃げるような抱擁じゃなかった。
「⋯⋯だったら、壊れるまでそばにいろよ」
「⋯⋯は?」
「お前が首絞めるなら、俺も、お前の心を殺すくらい、
抱き潰してやる⋯⋯
逃げんなよ、ナムギュ。
俺から、逃げるなよ?⋯⋯」
ナムギュは、少しだけ笑った。
それは、泣きながら微笑んだ、こどものような笑顔だった。
「俺⋯⋯壊れてるよ⋯⋯
もう、まともじゃない。
今も、アンタ殺してやりたいって、どっかで思ってる」
「それでもいい」
サノスが目を伏せた。
「お前に壊されるなら、俺は──幸せだと思えるかもしれない」
夜は、音もなく深くなっていく。
身体を絡ませたまま、
感情だけが、幾重にも絡まり合って、
もう二人のどちらが泣いているのかもわからなくなっていた。
そして朝が来る。
壊れて、泣いて、しがみついて、
それでも「一緒にいたい」と言った夜が、
終わってしまう。
サノスの首には、うっすらと指の跡。
ナムギュの胸には、涙の痕。
傷と傷が重なって、ようやく──二人は一つになった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!