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「あかりん、こっちのお店も見てみない?」
土曜日の昼下がり、一華は珍しく弾んだ声を上げた。
渋谷のセンター街は、色とりどりの春服を纏った若者たちで溢れ返っている。
人混みに酔いそうになりながらも、一華があげたショップの紙袋はすでに三つ。
普段は制服か、地味な紺やグレーの服ばかり選ぶ彼女にしては、冒険的な買い物だった。
「いいよ! 一華、今日は珍しく乗り気だね。」
あかりは隣で、買ったばかりのタピオカミルクティーをすすりながら、満面の笑みを浮かべる。
彼女の服装は、白のオーバーサイズパーカーにショートパンツという、健康的で活発なスタイルだ。
「うん……。その、来週の校外学習、私服だって言うから。……変じゃないかな、さっき買った、あのブラウス。」
一華が気にしているのは、オフホワイトのパフスリーブブラウスだ。
試着室で鏡を見たとき、自分の肌が合成樹脂であることを忘れるくらい、柔らかくて人間らしいシルエットに見えた。
(祐希くん……、この服見たら、なんて言うかな。)
その淡い期待が、彼女をショッピングへと駆り立てていた。
「全然変じゃないよ! 一華はスタイルいいんだから、もっと自信持ちなよ。……あ、あそこの雑貨屋、可愛いスマホケースあるかも!」
あかりは一華の手を引いて、人混みを縫うように走る。
彼女の体温は、設定温度よりも少し高く感じられた。
人造人間としてのスペックをフルに活用して、雑踏の振動や人々の会話、ショーウィンドウの光――そのすべてを全身で楽しんでいる。
アクセサリーショップでは、あかりが派手な星型のヘアピンを自分の髪に指し、一華には小ぶりなパールのイヤリングをあてがった。
「一華は、こっちの方が似合うよ。」
「え……、でも、私……」
「いいの!私からのプレゼント!」
あかりの強引さに負けて、一華は苦笑しながらも、内心は温かいプログラムで満たされていくのを感じていた。
この瞬間だけは、嫉妬も、自己嫌悪も、血塗られた過去も、すべて遠い異国の出来事のように思えた。
太陽が大きく傾き、空が燃えるようなオレンジ色に染まり始めた頃。
二人は買い物の荷物を抱え、駅近くの少し寂れた公園のベンチに腰を下ろしていた。
遊び疲れた子供たちが家路につき、静寂が広がり始めている。
「ふう、歩いたねー!」
あかりはベンチに深く背をもたれさせ、夕日に向かって大きく伸びをした。
オレンジ色の光が、彼女の横顔を柔らかく照らす。
「うん。……あかりん、今日はありがとう。すごく楽しかった。」
一華は、膝の上に置いたパールのイヤリングの箱を愛おしげに見つめながら、静かに微笑んだ。
「どういたしまして! また行こうね。……次は、仁と祐希も無理やり連れてさ」
あかりが何気なく口にしたその名前に、一華の胸がちくりと痛む。
「……祐希くん、来てくれるかな」
「来るよ、あいつは。文句言いながらも、一華が頼めば絶対にね」
あかりはニカっと笑い、一華の肩をポンと叩いた。その笑顔には、なんの衒(てら)いも、計算もない。
ただ純粋に仲間を信頼している、眩しい笑顔。
(……あかりんには、勝てないな)
一華は、自分の醜い独占欲が、あかりの純粋さに浄化されていくような、あるいはさらに深く沈んでいくような、複雑な感覚に陥った。
「私……、あかりんのそういうところ、本当にすごいと思う。」
「え? どのへんが?」
「いつも明るくて、前向きで。……過去のことなんて、これっぽっちも気にしてないみたいで。」
一華の言葉に、あかりは少しだけ表情を曇らせた。夕日の影が、彼女の顔に深く落ちる。
「……気にしてないわけ、ないじゃん」
あかりの声が、少しだけ低くなった。
「私たちが、たくさんの人を殺したっていう『事実』は、消えないもん。でもさ、それをずっと引きずって、今のこの『命』を無駄にするのは、もっと違うと思うんだ。」
あかりは、自分の胸に手を当てた。
「博士が私たちを何のために作ったのか、あの夜何があったのか、それはいつか分かるかもしれない。でも、今は……、この暖かい夕日を、一華と一緒に綺麗だと思える。そのことだけで、十分じゃないかな。」
一華は目を見開いた。
いつもお転婆で、何も考えていないと思っていたあかりが、自分よりもずっと深く、そして強く、自分たちの運命と向き合っていることを知ったからだ。
「あかりん……、私……」
一華が何かを言いかけた、その時だった。
「――感動的な、お話ですね」
静寂を切り裂くような、冷ややかな男の声が響いた。
二人が慌てて振り返ると、ベンチの後ろ、夕日の影に隠れるようにして、一人の男が立っていた。
灰色の三つ揃いのスーツに、銀縁の眼鏡。
年齢は三十代半ばほどに見えるが、その瞳には、年齢不相応な、底知れない冷徹さが宿っている。
「誰……?」
あかりが警戒露わに、一華をかばうように前に出る。
体内の戦闘プログラムが、微かに起動する音がした。
男は薄く笑い、胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。
「初めまして、『霧崎あかり』さん。そして、『角川一華』さん。……いえ、『被検体コード:A-01』、『K-05』とお呼びすべきでしょうか。」
名刺には、社名も役職もなく、ただ一つの名前だけが記されていた。
『███』
…博士の、助手。
「貴方たちを、お迎えに上がりました。 」
男の背後で、夕日が完全に沈み、公園は一気に深い闇に包まれた。
数秒前までの、人間らしい暖かな時間は、まるで幻であったかのように霧散し、二人の前に、逃れられない『鉄の現実』が再び姿を現した。
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