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キリギリスは呆然と立ち尽くしました。よいしょ、よいしょ。アリたちの掛け声がやけに大きく聞こえます。
「ちょっと待ってくれないか」
やっとのことで、キリギリスは声を絞り出します。このままぼうっとしっていたら、大好きだった彼女がアリたちに運ばれていってしまうと気付いたからです。
「どうしましたか、キリギリスさん」
先頭のアリが応えてくれました。
「やぁ、これは美しいキリギリスだね。どこで見つけたんだい?」
キリギリスは叫び出したいのをグッと我慢して静かに声を紡ぎます。普段は滑らかに出る声が、のどの当たりに引っかかりながらなんとか出て来ます。
「すぐそこの茂みの中で見つけたんです。道の真ん中だったら鳥に先を越されていたかもしれないけれど、草むらの中だったから僕らが先に見つけられたんです」
「そうなんだ、すごいね」
アリたちは得意げに小さい胸を張って続けます。
「立派でしょう。これなら3日は食べ物に困りません」
食べ物、それを聞いてキリギリスの笑顔は凍り付いてしまいました。食べる。食べられる。生まれたときから自分たちを取り巻く当たり前のルールがキリギリスに重くのしかかります。
「そうなんだ、すごいね」
やっとのことでそれだけ言って、キリギリスは愛していた彼女を横目に捉えながらその場を立ち去りました。途中で振り返ると、アリたちが1匹のキリギリスを運んでいる後ろ姿が見えます。大勢のアリにうやうやしく担がれて日の光に照らされて緑色に輝くそれは、神さまへの捧げ物のようでもあり、神さまそのもののようでもありました。キリギリスはアリたちを見送りながら、バイオリンを弾きながら歌いました。美しくも悲しい葬送曲は、アリたちが遠くなってもしばらくの間、辺りの草木を震わせ続けました。
キリギリスはしばらくの間、泣いて暮らしました。寝ても覚めても彼女のことが頭をよぎります。思い出の場所を巡り、記憶の中の彼女を想っては泣き、葬送曲を奏でました。キリギリスは来る日も来る日も歌って暮らしました。ある日、歌っているキリギリスの前をアリが通り過ぎました。アリには歌の種類も良し悪しも分かりません。アリにはキリギリスが日がな一日、優雅に歌って暮らしているようにしか見えませんでした。アリはその小さな口を開きます。
「キリギリスさん、そんなふうに歌ってばかりでは冬になって困りますよ。食べ物を探した方がいいですよ」