テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
物心ついたときから私の世界は真っ白だった。白い部屋。白い家具。みんなお揃いの白い服。余計な色はいらない。心が乱れるから。
もし外の世界で生まれていたら。白以外の色があったら。考えるだけでゾッとする。
「朱那どうしたの?食堂行くよ!」
「ごめんごめん、ぼーっとしてただけ!」
瑠璃は私のことを唯一の親友と言ってくれる。私も瑠璃は大切な友だちだと思っている。でも一つだけ。たった一つだけ瑠璃は私とは違う。
「あーあ。いつになったら出られるのかなあこんなとこ。」
また始まった。時々不満そうに漏らすこの言葉。
「どうして?私達幸せじゃない。余計なものはないし生活に必要なものは揃ってるし。ご飯も美味しいよ?それに……」
「分かった分かった。……それは朱那が外の世界を知らないからだよ。」
瑠璃は大きなため息をついて、机に突っ伏した。
「あーあ。ここにはスマホもゲーム機もないし……。退屈ったらありゃしないよ……。」
私にはよく分からなかった。明日生きていけるかどうかも分からない世界のどこがいいのか。
時々夢を見る。外の世界に放り出され、得体の知れないなにかに手を引かれ、気づいたら食べられてしまうところでいつも目が覚める。この場所だけが残って外の世界なんか消えてなくなってしまえばいい。そんなことを思いながら再び寝つけるのを待つ。小さい頃からその繰り返しだった。
珍しく朝まで眠れた日。朝礼のチャイムの少し前に起きると、部屋長の香子さんが起きていた。
この6人部屋の中で、下手したら施設内で一番年上かもしれない。いつもなにを考えているのか読めなくて少し怖い。だけど同時に美しさに憧れてもいた。足を流してベッドに座り、遠くをただぼーっと見つめるその横顔は、いつか本で見たギリシャ彫刻のようだった。
起床のチャイムが鳴り、すぐ隣のベッドにいた瑠璃を起こそうとすると小さな歌声が聞こえてきた。
でんでらりゅうばでてくるばってん……
聞いたことのない歌。優しい歌声と安心感のある音色に耳を奪われた。
「それ、なんの歌?」
勇気を出して声をかけると歌がピタッと止まる。
どうしよう、怒らせちゃったかもしれない。たった5秒ほどの沈黙が恐ろしく長く感じ、鼓動が早くなる。
ごめんなさい、を言おうとしたとき落ち着いた声が聞こえた。
「これはね。あたしの歌。外の世界と繋がるたった一つだけのお守り。」
そういえば、物心ついたときから香子さんはいた。いつもベッドの柵に繋がれて。
小さいとき、一度だけ先生に聞いたことがある。なぜ彼女はずっとベッドの上にいるのか。
先生は私に目線を合わせ、微笑みながら言った。
香子さんはね、みんなより少しだけ心が弱いから。いつも言ってるでしょう?ここにいるには強くて正しくなくちゃいけないの。そのためのトレーニングをしているのよ。
そのときの先生の目は笑っているはずなのに少し怖くて、それ以上は聞けなかった。
いったいトレーニングはいつ終わるんだろう。周りに聞こえるか聞こえないかの声で再び歌い始める香子さんを横目に、眠そうな瑠璃に手を引かれて洗面所へ向かった。