左右に開いた体育館の扉。
廊下が見えている唯一の人間、玉城が両手で鉄棒を握り直した。
――なんか言えよ。
そう思いながらも渡慶次は何も言えずにいた。
渡慶次だけじゃない。
上間、比嘉と照屋と東の間にも、緊張が走る。
何が来てもここでは袋小路。
体育館内を逃げ回り、隙を見て廊下に逃げ出すしかない。
――上間を連れて、できるのか?
比嘉と照屋・玉城の運動能力は高い。
他にオトリになるような奴は今のところ吉瀬と平良と東だ。
吉瀬は医療の知識もあるし、頭が回るから残しておきたい。
平良には2巡目だとか新しいキャラのこととかまだ聞くことがある。
となると―――。
「……なによ、渡慶次?」
彼女がこちらを睨む。
――オトリにするなら東しかいない。
「―――」
しかし皆の心配をよそに、玉城は持っていた鉄棒をブランと落とした。
「なんだ、お前たちか」
数歩退いた玉城に導かれて入ってきたのは、|藤原《ふじわら》|茜《あかね》と|五十嵐《いがらし》|律子《りつこ》の二人だった。
「いたいた、平良~。ゲームに戻ってきた途端にいなくなるんだもーん」
「せっかく協力してやったのに、置いてくとはいい度胸してるなー」
ソフト部の二人は、揃って小麦色の頬を作らませながら言った。
「あー!ごめんごめん」
慌てて駆け寄ろうとする平良の腕を渡慶次が掴んだ。
「さっきからお前ら、何言ってるんだよ。2巡目?ゲームに戻ってきた?どういうことだ」
「戻ってきたということは……」
吉瀬が眉間に皺を寄せた。
「一度は抜け出せたってことか?」
「――――」
吉瀬は皆を振り返ると小さく息を吐いた。
「ああ。俺らは一度、現実世界に戻ったんだ」
◇◇◇◇
「―――順を追って話すよ」
体育館の真ん中に、平良を中心に輪になって座る。
玉城は相変わらず入り口付近。
比嘉と照屋は輪の外側で寝転がっている。
「1巡目ではさ、俺、新垣と一緒にいたんだよ。でもあいつほら、最低じゃん?前園をみんなの前で裸にさせたりしたあとはさ、これ見よがしに大城に与えたりしてさ」
「―――最低……!」
嫌悪感を隠そうとしない上間を平良は振り返った。
「その後あいつ、なんて言ったと思う?渡慶次の目の前で上間を犯すって言ったんだぜ?」
「……な!」
上間が目を見開き、
「あいつ……」
渡慶次が舌打ちをし、
「……ほう」
比嘉が楽しそうに笑う。
「だから俺たち抜け出してきたんだよ。でも廊下を通るのも階段を上るのも下がるのも怖かったから、放送室の隣の職員室に隠れてたわけ。そこで変なものを見つけてさ」
「変なもの?」
渡慶次が首を傾げると、
「ノートだよ。黒いノートにドールズ☆ナイトって書いてあるんだ」
平良は勿体つけるように人差し指を立てた。
「何を隠そうそれこそが……」
「セーブ地点?」
吉瀬が言うと、平良は両手で頭を抱えた。
「のおおおお!なんで言っちゃうかな!!!俺が言いたかったのに!!」
「……そんなのわかりきったことだろ」
吉瀬が呆れると、平良はため息交じりに続けた。
「とにかく、俺はセーブした。その後結局俺も殺されちゃうんだけど、目が覚めたら現実世界の自分のベッドの中にいたってわけ」
渡慶次は吉瀬と視線をかわした。
セーブノート。
本当にそこがあるとしたら、これから先死んだとしても何度でもやり直しがきく。
それどころか死んだら現実世界に戻れるらしい。
「なんだよ、そんなのがあるんだったら早く言えって!今からセーブしてくればいいんだろ?それで死んだら元の世界に行けるんだろ?」
渡慶次が立ち上がると、五十嵐が言った。
「それがいざゲームの中に帰ってきて、職員室を確認したら、ないの」
「は?」
「ないの。セーブノート」
「ないって………」
言葉を切った渡慶次の代わりに、知念が口を開いた。
「ランダムなのかも。セーブノートの出現」
「ランダム?」
「どこに出るかわかんないってこと」
「……はあ」
渡慶次は体育館の天井を見上げた。
ただの黒いノート。
しかもここは学校。
そんな中で一つ一つの教室をたった1冊のノートを求めて探し回るなんて、リスクの方が高すぎる。
「それで」
吉瀬が口を開いた。
「なんでお前たちはせっかくあっちに帰れたのにまたゲームの中に戻ってきたんだ?」
「それは―――」
3人が目を合わせた瞬間、
『ジジッ……ジジッ……』
スピーカーから耳障りな雑音が聞こえてきた。
『親愛なる1年5組の生徒の諸君。ええと、生きてる?』
聞こえてきたのは新垣の人を小馬鹿にするような声だった。
『襲い掛かるキャラたちにいい感じに削られて、人数も少なくなってきてる頃かと思う。特にそろそろ出てきてもおかしくないゾンビに浸食され始めてるんじゃないかな?』
新垣の癪に障る声は続く。
渡慶次は木村の亡骸を見下ろしてから、スピーカーを睨みあげた。
『……そんなに睨むなよ。渡慶次』
まるでこちらが見えているかのように新垣が笑う。
『どうせまだ生きてんだろ?他人を盾にして、オトリにしてさあ!』
「…………」
吉瀬と上間の視線を感じる。
渡慶次はスピーカーを睨み続けた。
『構ってやりたいけど、用があるのはてめえじゃねえんだわ』
新垣は笑いながら言った。
『……比嘉。お前も生きてんだろ』
「ああ?」
突然名前を呼ばれた比嘉は、床に寝転がったままスピーカーを睨み上げた。
『――こっちに来る気はないか?』
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