テラーノベル
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タボちょん、捏造有り
「昨日どこ行ってたの?」
営業フロアの隅、給湯室で。
湯気の立つコーヒーを握りしめたまま、ちょんまげは視線を上げなかった。
「…会食だって言っただろ」
ターボーはいつも通りの声音で答える。
けれど、その一瞬の間をちょんまげは見逃さなかった。
「会食って…キャバクラのこと?」
ぴたり、と空気が止まる。
ターボーの目がわずかに細まった。
「……誰から聞いた」
「聞いたんじゃないよ。見たの」
昨夜、取引先との会食帰りだというターボーを迎えに行こうとして、偶然店の前から出てくる姿を見た。
派手なドレスの女性に腕を絡まれて、笑っていた姿を。あの笑顔は、自分に向けられるものと同じだった。
「社長なんだから、付き合いはあるって分かってるつもりだよ。でも……」
でも、胸が痛かった。
「ああいう女の人と笑ってるの見るの、嫌だ」
ターボーは小さく息を吐いた。
「ちょんまげ、あれは仕事だ」
「分かってる」
「分かってない顔してる」
「…分かってても、嫌なものは嫌なの」
視線がぶつかる。
いつもなら、ここでターボーが折れる。
「悪かった」って頭を撫でて、ちょんまげが拗ねた顔のまま笑って。 それで終わり。
でも今日は、違った。
「俺の立場、分かってるよな?」
その一言が、深く刺さった。
「…分かってる」
「だったら」
「だったら、僕が我慢すればいいってこと?」
声が思ったより大きくなる。
「僕ターボーが他の人に触られるのも、笑いかけるのも嫌なの。子供だって思うなら思えばいい」
「誰も子供だなんて言ってない」
「言ってるのと同じだよ!」
給湯室の扉が開きかけ、誰かが気まずそうに閉めた。
沈黙。
「…今日は帰る」
ちょんまげはそれだけ言って、背を向けた。
それから三日間
ほとんど口をきかなかった。
業務連絡はメール。 目が合っても逸らす。
社内は微妙な空気に包まれ、秘書が何度もため息をついた。
ターボーも珍しく追いかけてこない。 謝りもしない。
(どうして何も言わないの)
夜、ベッドで一人になる度、後悔と意地が混ざる。
“俺の立場、分かってるよな?”
あの言葉が頭から離れない。
自分は側から見たらただの男性社員。 恋人だって公言できない。 表向きは上司と部下。
それでも、
自分だけは特別だと思っていた。
四日目の夜。
残業していると、後ろから声をかけられた。
「ちょんまげ」
低く、いつもより柔らかい声。
「話がある」
無視しようとしたのに、心臓が勝手に跳ねる。
「今更なに」
「今更だからだ」
ターボーに連れられ社長室に入ると、ターボーはふぅと小さくため息をついた。疲れた顔。
「…あの日の店、断れなかった。大口の案件だった」
「知ってる」
「でも」
ターボーは振り向きちょんまげの前に立つ。
「お前が嫌だって言った顔、頭から離れなかった」
ぐっと距離が縮まる。
「三日間、地獄だった」
「…僕だって」
「分かってる」
ターボーの指がちょんまげの頬に触れかけて、止まる。
「触っていいか」
そんな確認、初めてだった。
ちょんまげの喉が鳴る。
「…社長命令じゃないなら」
小さく笑う。
「命令じゃない。お願いだ」
その一言で、張り詰めていた何かが切れた。
「僕、ターボーじゃなきゃ嫌だ」
声が震える。
「他の人じゃダメなの」
ターボーは目を見開いて、それからはっきりと言った。
「俺もだ」
指が頬に触れ、親指で涙を拭う。
「ちょんまげじゃなきゃダメだ」
その言葉は、何よりも強くて。
ぐっと引き寄せられ、額が触れる。
「ああいう店は必要以上に行かない。約束する」
「…本当?」
「ちょんまげが嫌なことはなるべくしない」
“なるべく”が社長らしくて、少し笑う。
「完全禁止じゃないんだね」
「仕事は捨てられない。でもちょんまげはもっと捨てられない」
心臓がうるさい。
「ずるい」
「知ってる」
そして――
ゆっくりと、唇が触れた。
優しくて、確かめるようなキス。
三日間の意地も、不安も、全部溶けていく。
「…太輔」
名前を呼ばれるだけで、胸が甘くなる。
キスは深くなり、背中に回された腕が強くなる。
「今日は帰るな」
低い声。
「…社長命令?」
「違う」
耳元で囁く。
「恋人としてのお願いだ」
顔が熱い。
でももう、拒む理由はどこにもなかった。
その夜、社長室の灯りは、いつもよりずっと遅くまで消えなかった。
END
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