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 その日は早朝から太陽が今日は一日特別にご機嫌な日だと言うように輝いて地上を照らし出していて、何を一体張り切っているんだといつもならば不満タラタラの体で空を睨み付けるリオンがいるはずだったが、今日は確かに特別にご機嫌だと自作ソングを歌っていた。

 真夏の暑さをものともしないで浮かれるリオンが身につけているのは、珍しいことに上品な薄いグレーのスーツで、流石にまだ暑いからジャケットは脱いでネクタイも外していたが、無造作にジャケットと一緒に掴んだネクタイもスーツの色に合わせたグレーのものだった。

 短くした髪の寝癖だけを整え、スパイダーを所定の場所に停めて降り立つと同時に伸びをし、警備員と短く交わした言葉を思い出しては顔をにやつかせてしまう。

 今日はめでたい特別な日だから祝ってくれと笑うリオンに警備員が何事だと問い返すが、事情を説明すると同時にリオンの予想以上の笑顔で祝ってくれたのだ。

 それが嬉しいと鼻歌交じりに荷物をスパイダーから取り出すと、エレベーターに乗り込んで早く最上階につけと急かすように壁を軽く蹴ってみる。

 その成果が出たのかどうなのか、真鍮のドアノブがついたただ一つのドアの前に立つと、無駄に緊張を覚えて咳払いをし、ドアベルを鳴らして様子を伺う。

 不在かなと疑いたくなるほどの時間をじっと待っていたリオンの前、ドアノブがゆっくりと動き、内側にドアが開いてステッキをついたウーヴェが軽く息を弾ませた姿を見せる。

「スパイダーに乗った陛下をお迎えに上がりました」

「ご苦労」

 鋼鉄の白馬に乗った皇帝陛下を迎えに来たと笑うリオンに尊大に頷いた後、気分を切り替えるようにおはようのキスをすると、嬉しそうに目を細めたリオンもウーヴェの頬にキスを返す。

「ネクタイはまだ外しているのか?」

「ネクタイはオーヴェに着けて貰う事に決めてるからー」

 だからこのネクタイも早く着けてくれと笑って二人ゆっくりとベッドルームに向かい、バスルームのドアを開けてリオンが中に入ると、ウーヴェが座る用の椅子を洗面台の前にセットする。

 自分は洗面台と椅子の間に立って少し身を屈め、椅子に座ったウーヴェがネクタイを結びやすくしたリオンは、ネクタイを引っ張り出してウーヴェに手渡すと、はいどうぞと顎を挙げる。

「オーヴェ、ネクタイ」

 刑事として働いていた時からの決まり事で、リオンのネクタイはウーヴェが結ぶことになっていたのだが、今もそれをしてくれと顎を突き出されて苦笑し、ネクタイを受け取ったウーヴェがネクタイを首に巻いて長さを整える。

 以前ならばバスルームやベッドルームのクローゼット前にリオンを立たせてネクタイを結んでいたが、左足を痛めてからはステッキなしで立つことが酷く疲れることになってしまい、今のように座らなければならなくなってしまっていた。

 その事実を二人はしっかりと受け入れて文句を言うでもなく、いつもよりは流石に丁寧にネクタイのノットを作り、長さやバランスが整っているかを少し身を引いて確かめたウーヴェは、リオンが笑み混じりに問いかけてきた事に顔を上げて小首を傾げる。

「昨日は楽しかったか、オーヴェ」

「ん? ああ、楽しかったな」

 昨日は独身最後の夜だったため、ユングゲゼレン・アブシード、所謂バチェラーパーティをそれぞれ別々の友人達としたのだが、どうだったと問われて微苦笑したウーヴェにリオンが楽しくなかったのかと問うと、楽しくないはずがないと返される。

「それもそうだよなぁ」

 アニキが中心になって色々企画してくれそうだもんなぁと笑うリオンに苦笑を深めたウーヴェは、鏡の中の己に視線を投げかけてベルトランが悪のりをして大変だったと肩を竦めるが、ただ、久しぶりにマウリッツと二人で話をする機会が得られたことは本当に嬉しいことだったと笑みを浮かべ、その笑顔にリオンも嬉しそうな顔になる。

「お前はどうだったんだ?ベストマンはカインだろうが、彼は独身最後の夜を楽しむための企画をしてくれたのか?」

「いや?あいつははっきり言って人のことに全く興味が無い男だからなー」

 幼馴染みを傍から聞けばこき下ろすリオンに何とも言えなかったウーヴェは、ならば昨夜は楽しくなかったのかと問いかけるが、そんなことはない、コニーやヴェルナーらが来てくれて楽しませてくれたと笑い、ああ、本当に楽しかったんだなと笑みを深くする。

「うん。これ、オーヴェにはナイショだけどな、FKKツアーってのをしてみた」

「……今なんと言った、リオン・フーベルト?」

 俺には内緒だと言わなかったかと笑顔で問われて視線をさ迷わせたリオンだったが、何軒もあるFKKの前を素通りしただけで中に入っていないときっぱりと断言したため、ネクタイのノットを整えるフリをしてぎゅっと締め付ける。

「ぐぇ」

「……その企画をしたのは誰だ?」

「……ヴェルナー」

「ほぅ。彼に次に会った時には何か色々としてもらわないといけないなぁ」

「ごめーん、オーヴェ。独身最後の夜だから許してくれー!」

 情けない声で前夜の出来事を謝罪するリオンにウーヴェが目を細めるが、ネクタイのノットがいつもに比べれば丁寧に結ばれたことに満足そうに溜息をつき、少しだけ悄気た顔のリオンの頬を撫でて唇に小さな音を立てたキスをする。

「リーオ」

「……うん。ダンケ、オーヴェ」

 お互い独身最後の夜を楽しんだことだし、そろそろ役所に出向く準備をしようと笑うと、ウーヴェが頷いて立ち上がろうとしたため、リオンがすかさず手を出してウーヴェを支える。

「ダンケ」

「どーいたしましてー」

 その、一連の遣り取りもウーヴェが退院してから半年近くが経過した今ならば手慣れたものになっていたが、それでもウーヴェは当然だとは受け止めずに礼を言い、リオンはそんな礼など要らないのにと思いながらも受け取っては返礼をしていた。

 ベッドルームを出て長い廊下をリオンの腕に腕を回して歩きながらウーヴェが考えたのは、あの事件の時、左足と心を痛めてしまった自分だが、今こうして支えてくれているようにリオンが救出された時からずっと付き添い己を支えてくれているのだという事実だった。

 刑事という天職を自ら擲って支え続けてくれるリオンだが、嬉しいと思う反面、本当にそれで良いのかという問いの声が最近大きくなり始めたのだ。

 己を支える杖になる、その言葉はどれほどウーヴェを勇気づけ力づけてくれたか分からず、どんな言葉でもってしても思いを言い表せていない気がするが、リオンにいつまでも寄りかかっていて良いのか、リオンの夢を食い潰すような生き方をさせても良いのかと、何の気なしに声が聞こえてきたりするようになったのだ。

 働き盛りの成年男子であるリオンを、しかも職種を限定すればかなり優秀な手腕を持つだろう男を、左足を悪くしたからと言って杖の代わりに身近に置くなどしても良いのだろうか。

 その疑問を何度かリオンにぶつけてみたことがあったが、お前は気にしないで寄りかかっていろと言われたり、俺が支えになるのは嫌かと拗ねられたりしてはそれ以上己の本心を伝えることが出来なかった。

「どーした、オーヴェ?」

「……何でも無い」

 眼鏡のフレームを撫でながら何でも無いと呟くとリオンの足がぴたりと止まるだけではなく、ウーヴェと正対するように回り込まれて瞬きを繰り返す。

「俺の陛下は本当に物忘れが激しいみたいだから何度も言うけどなー」

 お前が眼鏡のフレームを触りながら何でも無いと言っても絶対に信じられないと笑われ、眼鏡のブリッジを指先で押されて頭を思わず軽く仰け反らせたウーヴェは、リオンだけが見抜いていた癖を思い出し、素直に悪かったと謝罪をすると、反省の意を表すのは言葉ではなかったはずだがそれも忘れたかと笑われて目を丸くする。

「何でもない事ねぇのに何でも無いって言えばキス一回って言わなかったっけ、俺」

「……言った」

「はい、じゃあキス一回」

 いつだったか、不安を感じたり疑問を感じたりしているにも関わらずに何でも無いと言ったらキスと言われたことを思いだし、上目遣いにリオンを見つめたウーヴェは、早くと急かされて口を少し尖らせるが、吐息と友に不満も吐き出して目の前にある頬にキスをする。

「……ダンケ、リーオ」

「どういたしましてー」

 今胸の奥に閉まった話についてはまた後日ちゃんとしよう、その時にはどれだけはぐらかされようとも己の思いを伝えるつもりだと胸の裡で呟き、今日はめでたい日なんだからケンカは嫌だと笑うリオンにもっともだと頷き、例え他の日であってもケンカをするつもりはないことを伝える代わりに、リオンの腕に絡めた手に力を込める。

「役所に行って、手続きしなきゃな」

「そうだな」

 今日は何しろ、俺達二人の結婚式なんだからと笑って玄関のドアを開けたリオンにウーヴェが眩しそうに目を細め、そうだなと頷いてリオンの肩に頬を宛がうと、背中の傷跡を慮った優しい手がそっと上下に撫でる。

「行こうか」

「うん、行こうぜ」

 その温もりに背中をそっと押され、戸締まりをしたリオンをエレベーター前で待っていたウーヴェは、エレベーターの到着と同時にウーヴェの横に並ぶリオンの腕に再度手を回すと、その手を何度か撫でられて目を細める。

「役所では指輪の交換はしねぇから、指輪はマザーに預けてきた」

「そうだな」

 役所と教会で式を挙げる為、役所では神や家族に誓うというよりは法的な手続きがメインになりそうだった。

 その中でも、以前式を挙げる時に相談していた担当者が延期になったことを知って落胆したが、再度二人で担当者を訪ねた時は自分のことのように喜んでくれたのだ。

 それも嬉しかったと笑い、エレベーターから駐車場のスパイダーにウーヴェを案内して乗せたリオンは、幌を全開にした後自らも運転席に乗り込むとティアドロップ型のサングラスを掛けてる。

「開けて走るのか?」

「えー、俺達の結婚式に向かうんだぜ? みんなに祝って貰おうぜ」

 流石にスパイダーの後ろに空き缶をリボンで結びつけたりはしないしクラクションをバカみたいに鳴らしまくったりしないが、それでも結婚式に向かうのだと分かるようにしようと、バラでハートを象ったオブジェの前でキスをするタキシード姿の人形をダッシュボードの中央に置いているのにと笑うリオンに何も言えなかったウーヴェは、とにかく役所まで安全運転で頼むと告げて己も眩しさを軽減させるために-と言い訳が出来る-サングラスを掛けると、リオンがご機嫌の証の鼻歌を歌いながらスパイダーを走らせるのだった。



 市役所での式は至って簡単なもので、リオンが思ったよりも感動しなかったと呆気に取られてしまうほどだったが、そんな中でも結婚の意思を確かめる言葉と誓いのキスをする時には流石に感慨を覚えたのか、蒼い目が少しだけ潤んでいたのに気付いたのは幸いなことにキスを交わしたウーヴェだけで、必要な書類にサインをしていくが姓についてはいつでも変更できることを教えて貰ったために別姓で行くと二人で決めた結果、リオンのサインはリオン・フーベルト・ケーニヒで、ウーヴェはウーヴェ・フェリクス・バルツァーのままだった。

 書類に総てサインを終え、役所での挙式が無事に終わった後に記念撮影を行い、異性のカップルのように同性のカップルでも離婚すれば煩雑きわまりない手続きが待っているから離婚しないようにと担当者なりの祝いの言葉を受け取った二人は、これから式を挙げる教会に向かう事を伝え、役所での式に参加してくれた家族や友人に教会でと手を上げてスパイダーに乗り込むが、車を走らせた直後に何やら大きな物音がすることに気付き、信号待ちの時に周囲の歩行者や自転車から投げかけられる視線や口笛に何事があったのかを察する。

「やられた……!」

 それをしたのはウーヴェのベストマンとして式に参列していたベルトランだったが、スパイダーのトランクからロープを垂らし、その先にハートや結婚をイメージさせるキスマークを書いた空き缶をいくつか結んでいたため、走る度に空き缶がガラガラと音を立てたのだ。

 周囲の目に真っ赤になったウーヴェだったがリオンが口笛を一つ吹いたかと思うと、信号が変わる直前にウーヴェの真っ赤な頬にキスをして更に赤くさせる。

「こらっ!」

「いいじゃん」

 俺達がこれから幸せになるのを皆に祝って貰おうと鼻歌すら歌い出すリオンをサングラスの下から睨んだウーヴェだったが、髪が長ければ尻尾を引っ張ってやったのにと吐き捨て、信号が変わったことを指摘して窓に肘をついて頬杖をつく。

 だが、己の結婚式でいくら羞恥のためとはいえ不機嫌になっているなど馬鹿馬鹿しいと気付いて次の信号で止まったのを見計らい、リオンの名を小さく呼んで顔を振り向けさせると、薄く開く唇にそっと唇を押し当てる。

「────ん」

「教会まで安全運転を頼む」

「ん、分かった」

 信号が変わっても動かないスパイダーに後続車がクラクションを鳴らそうとするが、空き缶の意味を察してガマンしてくれたため、クラクションで礼をしてリオンが若干急発進をさせる。

 そうして次の結婚式を挙げる教会までの道中を見知らぬ人達のおめでとうの言葉や冷やかしの口笛に笑顔で返したリオンは、羞恥のためにサングラスを外さないがシフトレバーに載せたリオンの手に手を重ねたウーヴェが本当は喜びを表現したいが出来ないことを見抜いていて、気にするなと思いつつ教会の前にスパイダーを停める。

 教会の前には似つかわしくない高級車や少し頑張れば手に入る車が数台並んでいて、主役の二人が最後に到着したことを教えてくれる。

 慌てながらもウーヴェの足を庇ってゆっくりと車を降り、リオンの姿を見かけた人からの祝福の声に笑顔で返し、ウーヴェの腕を己の腕に回させて敷地内に入っていく。

 教会の礼拝堂の入口が開いていて、あぁ、この門は確かに天国の門だとリオンが感慨深げに呟くと、ウーヴェの手に軽く力が込められる。

「リーオ」

「うん、大丈夫だ、オーヴェ」

 まだへその緒がついているような姿でこの礼拝堂の長いすに捨てられていた日からこの古くて小さな教会とその教会に付設している児童福祉施設で育ったリオンは、まさか己が育った教会で挙式できるとは思ってもいなかった為、役所の時とはまた違う感慨を抱いてしまう。

 その感慨に顔を横に向けるとリオンを常に受け入れ認めてくれる奇跡のようなウーヴェがいて、これは本当に現実なのか、夢ではないのかとの思いが不意に芽生えてくる。

「リオン?」

「……オーヴェ、お願いがあるんだけど良いか?」

 皆が長いすの前に立って二人の到着を待っているがちょっと夢か現実か分からないからキスをしてと囁くと呆れた様にウーヴェが溜息をつくが、人を待たせておいて何をいちゃいちゃしている、早く来いと前方から怒鳴られて首を竦める。

「親父!?」

「誓いのキスはまだ先だぞ」

 いや、さっき役所でもしたかと笑う恋人-厳密にはもう伴侶-の父に顔を赤くしたリオンは、悔しかったら誓いのキスをしてみろと太い笑みを浮かべ、お前という奴はと今度は別の呆れた様な声が聞こえてきた方に顔を向けると、リオン曰くのクランプスが今日の日に相応しいスーツ姿で額に手を宛がっていた。

「あー、警部までそんな顔するー」

「文句を言われたくなければ早く前に行けー」

 その声はコニーのもので隣にはヴェルナーが嬉しそうな顔で立っていて、マクシミリアンやダニエラはこの後のパーティに出席することを教えてくれる。

「ダンケ、みんな」

 リオンの友人知人が並ぶ長いすの通路を挟んだ反対側にはウーヴェの家族や友人達が並んでいたが、リオンがそちらを見て思わず吹き出してしまう。

 そこにいたのはウーヴェの大学時代の友人だったが、全員がよれよれのシャツに赤い蝶ネクタイ、短めの丈のパンツを穿き、黒地に赤の線が入ったサスペンダーという身なりで統一していたのだ。

 きっとこれを提案したのはカスパルだと思うとリオンがウーヴェに囁きかけると、間違いなくそうだと四人の悪友達に笑いかけるが、もう一人、アイガーを永遠の寝床にしてしまった友人がここにいれば良かったのにと疼痛と共に思い出し、プラチナブロンドをさらりと掻き上げたマウリッツを見てしまうと、その横ににんじん色の髪と日に焼けた顔に満面の笑みを浮かべたオイゲンの写真が置かれている事に気付き、マウリッツに礼を言うように目を伏せる。

「オイゲンも来てるのか?」

「……ルッツが写真を持って来てくれた」

「そっか」

 アイガーで眠りに就いた彼に言いたいことは文字通り山ほどあったが、振り返れば彼との思い出はただウーヴェの中ではきらきらとした学生時代の煌めきに包まれていて、悲しい別れもその煌めきの中に紛れ込んでいた。

 リオンもそれに気付いたのか、だが特に何も言わずに先に進もうと促すと目元を赤らめて涙を堪えるように唇を噛むリアに気付き、二人同時に苦笑してしまう。

「リア、泣かないでくれ」

「そうだぜー。今日はおめでたい日なんだからさー、笑ってくれよ」

 自分たちの結婚式で例え祝いの気持ちからであっても涙は見たくないと笑うとリアも頷いてハンカチで目元を拭い、綺麗な笑みを浮かべておめでとうと二人を祝福する。

「ダンケ、リア」

 クリニックで最も身近に二人を見つめてきた彼女は、ここにいる誰よりも彼女にしか分からない二人を見てきたのだ。

 家族には見せない顔も見てきた事を思い出し、本当にここまでくるのに時間が掛かったがようやくリオンが望みウーヴェも密かに望んでいた家族を二人が作るのだとも気付くと、また涙が溢れそうになる。

「……リアを泣かせないでよ、リオン」

「あー、俺のせいじゃねぇって」

 彼女の様子に苦笑しつつ声を掛けたアリーセ・エリザベスにリオンが口を軽く尖らせるが、ウーヴェがそのリオンの手を撫でると大丈夫と声に出して返事がある。

「フェル……今日の写真は後でヘクターとハンナとアイヒェンドルフ先生にも送るわね」

「ダンケ、エリー」

 今姉が名前を挙げた三人はウーヴェの人生にとって絶対になくてはならない存在だった為に本当は出席して欲しかったが、老齢の三人を思えば無理を言えず、写真を送る約束をしたと姉に教えられて頷くと、その横で嬉しそうに笑う義兄に珍しく屈託のない笑みを浮かべる。

「ミカ、忙しいのに来てくれてありがとう」

「何を言うかと思えば。きみの結婚式なんだ、駆けつけるのは当たり前だよ」

 氷の女王と称される姉に相応しいと言うべきかどうなのか、ミカは春先の暖かさを連想させるような心の持ち主で、妻が大事にする弟ならば私も大事にすると広言して憚らなかった。

 姉夫婦の祝福に頷いて礼を言いリオンもそれに倣って礼を言った後、複雑な表情のギュンター・ノルベルトににやりと笑いかける。

「今でも反対か、兄貴?」

「……離婚の手続きは大層煩雑だからな。そんな煩雑なことにフェリクスの手を煩わせるのならガマンしようか」

「何だそりゃ」

 ウーヴェとの付き合いは許しませんとティーンの子どもを持つ親のように反対を言い続けていたギュンター・ノルベルトの言葉にリオンが呆れた様に息を吐くが、それが彼なりの祝福の言葉だと気付き表情を一瞬で切り替える。

「二人で一緒に幸せになる、だから見守っててくれ」

「……フェリクス、リオンに腹が立つことがあればすぐに俺の所に来るんだ」

「ノル、大丈夫だ」

 兄のいつまで経っても弟離れしない様子にアリーセ・エリザベスが呆れた様に溜息を吐き、詳しい事情を知らない周囲の人達でさえも呆気に取られてしまうが、ウーヴェの言葉に素直に頷いたギュンター・ノルベルトが今日は本当におめでとうと目を細める。

「うん。ダンケ、ノル」

 昨秋の家族の溝を埋めるための期間、そして約半年前の誘拐事件、そのどちらでも心配ばかりを掛けたと目を伏せると、ギュンター・ノルベルトが何でも無い事のように笑って首を左右に振る。

「お前の心配をするのは当たり前だ、フェリクス。……父さんもそうだよな」

 このままでは何を口走るか分からない恐怖から前にいる父に話題を振ったギュンター・ノルベルトは、驚きつつも頷く父に感謝の思いを胸の裡で伝えると、ウーヴェが父と母の傍に向かい口を一度開いては閉ざしてしまう。

「親父、ムッティ、今日は来てくれてありがとうな」

「子どもの結婚式だ、当たり前だ」

「へへ、そう言うと思った」

「ウーヴェ、リオン、おめでとう。これからも二人で仲良くするのですよ」

 父の言葉に母の目に涙が浮かぶがそれを瞬きで堪えた後、にっこりとアリーセ・エリザベスによく似た笑みを浮かべて何度も頷くと、ウーヴェも素直にうんと頷く。

 そして二人で前を見ると左右にベストマンと呼ばれる役目を担ったベルトランとカインがいて、二人の間の祭壇横にはマザー・カタリーナが手を組んで二人が歩いてくるのをじっと見守っていた。

「マザー」

「おめでとう、リオン、ウーヴェ」

「……うん」

 母からの言葉に籠もる膨大な思いの一端を読み取り、それでも短く頷いたリオンにウーヴェがちらりと視線を投げかけるが、マザー・カタリーナを見つめたかと思うと、今までリオンを育て見守ってくれてありがとうございましたと礼を言ってリオンの蒼い目を瞠らせる。

「あなたがいたから、リオンは今ここにこうしています」

 こうして友人や家族から暖かい祝福の声を掛けられるに相応しい人としてここにいられるのも、あなたやあなたの娘が身を挺してリオンを守ってくれたからだとも告げると、リオンの手がウーヴェの腕では無く腰に回されて力を込められる。

「さぁ、そろそろ司祭様が来ますよ」

 ウーヴェの言葉に浮かべた涙を拭ったマザー・カタリーナは、司祭がやって来た事に気付いて結婚式を始めることを告げ、二人を祭壇の前で花やリボンで飾り付けられた椅子へと促す。

「……まさかここでお前の結婚式をすることになるとは。長生きするものですね、マザー」

「そうですね。本当に今日は嬉しい日です」

 この教会で式を挙げる時に必ず来てくれる初老の司祭の言葉にマザー・カタリーナが手を組んで感謝の言葉を口の中で告げた後、リオンを育ててきた母の顔で頷き、神妙な面持ちで座っているリオンに司祭と彼女が笑いかける。

「……司祭を知っているのか?」

「……ゾフィーの次に口やかましかった人」

 ウーヴェの声を潜めた問いにリオンも返すが誰が口やかましい人だと当の司祭に睨まれて首を竦め、式を始めるぞと咳払いをされて表情を切り替えるのだった。



Über das glückliche Leben.

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