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◻︎茜の婚活
引き戸を開けて、お店の中へ。
ここは、早絵と私がよく利用する居酒屋だ。
「いらっしゃい!ご注文は?」
「とりあえずはビール、かな?早絵はどうする?授乳してたらアルコールはダメじゃなかったっけ?」
「んー、でも今日は久々に飲むよ、生大にする。息子はミルクで我慢してもらうから」
「じゃあ、生大二つ!」
今日は私の快気祝いだと早絵が誘ってくれた。共働きで忙しくても、たまには息抜きも必要だと言って息子を旦那さんに預けてきたらしい。
「ここに来るの、いつ以来だっけ?早絵が妊娠したって言って、そのお祝いが最後だった?」
「そう、でもあの時はお酒は飲まなかったからね。ところでさ、参加登録したんでしょ?街コン」
「うん、したよ。ほら、これがエントリーシート」
私はスマホからその街コンの詳細情報を見せた。一つ隣の駅から出てすぐ前にある、大きなモニュメントが集合場所になっている。
「ん?集合場所と実施場所は違うんだね」
「そうみたい、そこからバスで移動するらしいよ」
生ビールで乾杯したあと、つきだしの枝豆を食べる。あとは揚げ出し豆腐と焼き鳥、生ハムとアボカドのサラダ、刺身の盛り合わせ。
「ホントだ、森林公園?アスレチックとかやるの?」
「そうなんだよね、スポーツができる動きやすい服装でって書いてあるでしょ?スニーカーにリュックで行こうかなって思ってる」
「そこにキャップと軍手とカラビナとか装着して行くのはやめてね。婚活街コンなんだから」
早絵の頭の中には、まるで登山でもするかのように、上から下までバッチリキメた私が浮かんだのだろう。
「カラビナはさすがに。でもキャップと手袋は買ったよ、ネットで」
「やっぱりか。街コンなんだから、そこそこにね。で、ホントにここで結婚相手を探すつもり?」
「早絵が教えてくれたんでしょ?たしかに手っ取り早いなと思ったし。それに、いい人が見つかるまで何回もやってみるよ、どうせ土日は時間あるしね」
「一応さ、身の回りにもいい人いないか、探してみたら?」
「え?いないよ、そんなの。だいたいさ、早絵みたいに可愛い女でも、家庭的でも優しくもない私なんか、みんなアウトオブ眼中だから」
早絵はスマホを出して、誰かにメッセージを送っていた。
「ん?息子ちゃんのことが心配?」
「まぁね、大きなお子ちゃまのことだけどね」
早絵がこのとき言った、“大きなお子ちゃま”は、てっきり子供を預けてきた旦那さんのことだと思ってた。
_____子どもが小さいと、心配だよね
「ね、それにしても、ここの料理ってこんなに美味しかったっけ?」
以前にもよく食べていた料理のはずだけど、今日は特別美味しい気がする。
「そう?美味しいけど、まえと同じじゃない?」
「そうかなぁ?」
「それは多分アレだ、一人で食べる食事じゃないからだよ、きっと。私がそうだもの。家族と食べる料理は、自分が作ったいつものご飯でも美味しいと感じるよ」
「くぅー、やっぱり結婚しよ!うん!ご飯も美味しくなるなら、一石何鳥になるんだ?結婚最強!!」
この時、小さくつぶやいた早絵の声は、私には聞こえなかった。
「そこには、少なからず愛情が必要なんだよ」