テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第九十五話 形になり始めた夢
五月の半ば。
大学の講義を終えた紬は、
キャンパス内にある学生ラウンジの一角で、
ノートパソコンと何枚もの資料を広げていた。
画面に表示されているのは、国際交流企画の提案書。
写真をきっかけに、
普段はなかなか話す機会のない学生同士が交流する。言葉がうまく通じなくても、
同じ写真を見て感じたことを伝え合えば、
相手を知るきっかけになるかもしれない。
そんな思いから考え始めた企画だった。
けれど、アイデアを形にしようとすると、
次々に考えなければならないことが出てくる。
参加者をどうやって集めるのか。
写真は誰が用意するのか。
言葉にするのが苦手な人も、
安心して参加できるようにするには
どうすればいいのか。
「……考えること、多すぎるな」
紬は小さく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。
やりたいことは、少しずつはっきりしてきている。
それなのに、具体的な方法を考え始めると、
自分の考えがまだ曖昧だったことに気づかされる。
ただ写真を見せ合うだけでは、きっと足りない。
企画が終わったあとも、
参加した人たちが互いのことを
知りたいと思えるような時間にしたい。
そのためには、どんな工夫が必要なのだろう。
紬は再び画面に向き直り、
思いついたことを一つずつ書き出していった。
同じ頃、湊もまた、自分の夢と向き合っていた。
地域の写真作品集に
自分の写真が掲載されることが決まり、
以前よりも写真について考える機会が増えていた。
作品集を見た人から感想が届くこともあった。
「この写真を見て、イベントの楽しそうな雰囲気が伝わってきました」
そんな言葉を読んだとき、
湊はうれしさを感じると同時に、
少し不思議な気持ちになった。
自分が撮ったのは、
イベントの終わりに
人々が集まっている何気ない一場面だった。
撮影したときには気づかなかった表情や、
写真の隅に写り込んだ人の姿まで、
見る人によって違うところに目が向く。
写真は、
自分が見たものを
そのまま伝えるだけではないのかもしれない。
見る人の経験や気持ちによって、
新しい意味が生まれることもある。
「……もっと、いろんな人の写真を撮ってみたいな」
湊はカメラを手に取り、窓の外へ目を向けた。
通りを歩く人。
店先で話し込む人たち。
信号が変わるのを待ちながら、空を見上げる人。
特別な出来事がなくても、
そこにはそれぞれの時間が流れている。
その一瞬を残すことが、
#異世界転移
花月夜れん
2,611
#東京リベンジャーズ
ユキ
137
フィオレ
230
耀聖(ようせい)
304
いつか誰かの心に何かを届けるかもしれない。
そう考えると、もっと学びたいことがあると気づく。
撮影の技術も、写真の構成も、
仕事として写真を続けていくために必要なことも。
夢が近づいたように感じるほど、
その先に知らないことが
たくさんあるのも見えてきた。
それでも、湊は以前より迷わずに思えた。
自分は、写真を続けていきたい。
そして、いつか写真を仕事にしたい。
その気持ちは、もう簡単には揺らがなかった。
数日後、二人は久しぶりに顔を合わせた。
待ち合わせたのは、駅近くの小さなカフェだった。
先に着いていた湊が
窓際の席で本を読んでいると、
紬が少し急いだ様子で入ってきた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たところ」
「絶対うそ。もう飲み物あるじゃん」
「これは……先に注文しておこうと思って」
「ふーん?」
紬は笑いながら向かいに座った。
以前なら、
こうして会ったときには
学校の話が中心だった。
今は大学のことや仕事のこと、
それぞれの生活で起きた出来事が話題になる。
同じ場所で過ごしていた頃とは、
少しずつ会話の中身も変わってきていた。
「そういえば、企画の提案書、だいぶ進んだんだ」
紬は鞄から資料を取り出した。
「写真を見て感想を話すだけじゃなくて、最後にお互いのことを紹介する時間を作ろうと思ってるの。好きなものとか、最近あったこととか。写真から始まった会話を、もう少し先につなげられたらいいなって」
湊は資料に目を通し、ゆっくりとうなずいた。
「いいと思う。写真について話してるときって、撮った人が何を考えてたのか気になることがあるし」
「そうそう。だから、写真を撮った理由も話せるようにしたいんだよね。でも、全員が自分の気持ちをうまく説明できるわけじゃないし……」
「だったら、無理に説明しなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「写真を見て、気になったところを指さすだけでもいいし。言葉にするのが難しかったら、別の写真を選んでもいい。話し方を一つに決めないほうが、参加しやすいかもしれない」
紬はしばらく考えてから、
資料の余白にその案を書き込んだ。
「……それ、いいかも。話すのが得意な人だけが楽しめる企画にはしたくないんだ」
「うん。写真って、言葉がなくても伝わることがあるから」
「でも、言葉にしないと伝わらないこともあるよね」
紬の言葉に、湊は顔を上げた。
「写真を見て、相手のことが分かった気になるだけじゃなくて、実際に話してみて初めて分かることもあると思う。だから、写真だけで終わらせたくないんだ」
「……確かに」
湊は少し考えた。
写真を撮ることと、誰かに何かを伝えること。
似ているようで、同じではない。
自分が伝えたいと思ったことが、
相手にそのまま届くとは限らない。
だからこそ、
相手がどう受け取ったのかを
知ることにも意味があるのだろう。
「紬の企画、実現したら参加した人の話も聞いてみたいな」
「本当?」
「うん。写真を見た人が何を感じたのか、俺も知りたい」
紬はうれしそうに笑った。
「じゃあ、ちゃんと実現させなきゃね」
「俺も、もっといい写真を撮れるようにならないと」
そう言って、
二人はそれぞれの資料やノートに目を落とした。
同じテーブルに座っていても、
考えていることは少し違う。
紬は、
人と人が出会い、
互いを知っていくための方法を考えている。
湊は、
写真を通して
誰かの心に何かを届ける方法を考えている。
目指しているものは、完全に同じではない。
けれど、二人の考えには、
確かにつながる部分があった。
カフェを出たあと、
二人は駅までの道を並んで歩いた。
夕方の街には、
仕事帰りの人や買い物をする人たちの姿があった。
湊はふと、歩道の向こうにある
小さな花屋に目を留めた。
店先では、店員が色とりどりの花を並べ直している。
「ちょっと撮ってもいい?」
「うん、どうぞ」
湊は立ち止まり、カメラを構えた。
花そのものではなく、
花を並べる店員の手と、
その向こうで足を止めた親子の姿を一枚に収める。
撮影を終えて画面を確認すると、
紬が隣からのぞき込んだ。
「花より、そっちを撮ったんだ」
「うん。花を選んでる人がいて、並べてる人がいて。同じ場所にいるけど、それぞれ違うことを考えてるんだろうなって」
「湊らしいね」
「そうかな」
「うん。前より、写真を撮るときに何を見てるのか、分かるようになった気がする」
その言葉に、湊は少し照れくさそうに笑った。
「紬も、前より自分のやりたいことを話すようになったよな」
「……そう?」
「うん。前は、まだ分からないって言うことが多かった気がする」
紬は少しだけ考え、街の向こうへ視線を向けた。
「今も、分からないことはたくさんあるよ。でも、分からないからって何もしないままなのは、違うかなって思うようになった」
「そっか」
「湊は?」
「俺も、同じかもしれない。写真を仕事にしたいって思ってるけど、それだけで全部うまくいくわけじゃないし。でも、だからって諦める理由にはならないかなって」
二人は顔を見合わせた。
卒業してから、
それぞれの場所で新しい生活を始めた。
知らないことに戸惑い、
思うようにいかず、
立ち止まりそうになったこともあった。
それでも、
少しずつ自分の進みたい方向を見つけてきた。
これから先も、同じ道を歩くわけではない。
紬が出会う人々と、
湊がカメラを向ける人々は違うだろう。
紬が見つける景色と、湊が残す景色も、きっと違う。
それでも、
違う場所で見つけたものを
互いに伝え合うことはできる。
「また進展があったら教えて」
湊が言うと、紬は笑ってうなずいた。
「湊もね。次はどんな写真が撮れるのか、楽しみにしてる」
駅の改札前で別れたあと、
湊はカメラを鞄にしまい、帰り道を歩き始めた。
今日撮った一枚を、
いつか誰かが見たら、
どんなことを感じるだろう。
そして紬の企画に参加した人たちは、
写真をきっかけに、どんな出会いをするのだろう。
まだ、答えは分からない。
けれど、分からない未来に向かって、
自分にできることを
一つずつ形にしていく。
その積み重ねが、
いつか思い描いていた景色に
つながるのかもしれない。
📷 Photo.095「形になり始めた夢」
撮影日:5月18日
夢は、思い描いただけでは形にならない。
誰かの意見を聞き、自分の考えを見つめ直し、
時には立ち止まりながら、
一つずつ現実に近づいていく。
湊と紬の夢は、まだ始まったばかりだった。
二人が目指す未来は、
同じ形をしているわけではない。
それでも、
互いの夢を知り、
違いを認めながら歩いていくことが、
二人にとって新しいつながりになり始めていた。
そして、夢が形になっていくにつれて、
二人は少しずつ気づいていく。
相手のことを大切に思うことと、
相手と同じ未来を選ぶことは、
必ずしも同じではないのだと。
――次回、第九十六話「見えてきた違い」へ続く。
コメント
1件
第95話、読み終えました〜🤍 紬と湊、それぞれが自分の夢をちゃんと形にしようとしてるのが伝わってきて、じんわりしました。カフェでの企画の話し合い、「言葉にしないと伝わらないこともある」って紬の言葉、すごく響いたな。湊も写真で誰かに何か届けたいって、前よりクリアになってる感じがして、二人のペースが違っても、同じテーブルでそれぞれのやり方で進んでるの、温かかったです。駅前の花屋のシーンも好き。次も楽しみにしてます🌙