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「こちらは王宮所属の使用人で、私の敵――継母・ベラドンナの手下ですわ」
私は続けた。
「そして使われたのは、ウィステリア領原産の睡眠草。つまり、これを公にすれば――」
「“王室が公爵家の令嬢を、ウィステリアの毒で害そうとした”という話になりますわ」
ルシアンは表情ひとつ変えなかった。
「君はこれをどうするつもり?」
私は紅茶を一口啜り、静かにカップを置いた。
「今は公表しません」
「……理由は?」
「得をする人間が、誰もいないからです」
私はルシアンの目を真っ直ぐ見据えた。
「王室の権威は失墜し、公爵家は泥沼の政争へ引きずり込まれる」
「アイリスも共犯を疑われるでしょうね」
「結果として残るのは――誰も望まない不毛な戦争ですわ」
沈黙が落ちる。その時だった。
「……でも」
リリアンヌが口を開いた。
「悪い人を捕まえないなんて……」
彼女の瞳は、濁りのない正義感に満ちていた。
(……眩しいわね。あなたが騎士に憧れる理由、分かった気がするわ)
私は柔らかく微笑んだ。
「ええ。だからこそ、“今は”隠すのよ」
「今は……?」
「中途半端に動けば、全部闇に葬られるわ……お義母様の背後には、“王妃”がいるでしょうしね」
ルシアンが、わずかに口角を上げた。
「なるほど」
彼は背もたれへ身体を預ける。
「“勝つための沈黙”か」
「相手が一番困るタイミングまで待つ方が効果的ですもの」
私は肩をすくめた。
ルシアンが視線を上げる。
「で?」
「君は何がしたい?」
私は微笑んだ。
「取引ですわ」
「僕は損をする取引が嫌いでね」
穏やかな声だが、その瞳は冷たい。
「君は何を差し出せる?」
(きたわね)
私は迷わず答えた。
「ベルシュタイン騎士団の軍事力ですわ」
ルシアンの目が、わずかに動いた。
「……続けて?」
「王国法により、各貴族が保有できる騎士数と武器には制限がありますわ」
「ですが――」
私は隣のアレクを見る。
アレクが口を開いた。
「ベルシュタイン家門は国王直属の“猟犬”だ。兵数制限も、武器制限もない」
ルシアンは指先で机を軽く叩いた。
「つまり?」
「騎士団育成指導と武器供給をお約束します」
「必要であれば、剣術の名教師もご用意いたしますわ」
ガタッ!!
リリアンヌが椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がった。
「本当ですの!?!?」
「座って」
「はいお兄様」
即座に座る。でも目はキラキラ輝いている。
(……可愛いわね、この子)
ルシアンはそんな妹を横目で見たあと、再び私へ視線を戻した。
「……随分と準備がいいことだ」
「準備不足で商談に行くほど、愚かではありませんわ」
「妹が騎士に憧れていることも?」
「剣を握っている人の手は、すぐ分かりますもの」
リリアンヌが固まった。
「えっ」
彼女の顔がみるみる赤くなる。
「み、みんなには内緒にしてたのに……!」
ルシアンは小さく息を吐いた。だが、その口元は少し緩んでいる。
「……本当に厄介だな、君は」
「褒め言葉として受け取りますわ」
「まだ褒めてない」
「ふふっ」
「……いいだろう」
「この件は、“貧血による体調不良”として処理する」
「公爵家側からも、余計なことは言わない」
(よし)
「ただし……ひとつ条件がある」
眼鏡の奥の瞳が、真っ直ぐ私を射抜いた。
「妹を守れ」
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