テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
繋がった一歩
休憩時間だった。
工場の隅のベンチに腰を下ろし、
缶コーヒーを一本、開ける。
四月にしては、
まだ冷たい空気。
小雨がちらつく。
作業中は、
考えなくて済む。
手を動かしていれば、
機械の音に紛れて、
余計なことは消える。
それなのに、
頭の奥に張り付いていたものが、
今日は剥がれない。
余計なことばかりが頭に残る。
スマートフォン。
あの二通目のメッセージ。
まだ、
返していない。
画面を開く。
通知は、
増えていない。
無意識に名前を探してしまう。
菜月。
どう返せば良いのか。
その考えが、
何度も、何度も、
頭を巡る。
返すに返せない。
でも、
返したい。
スマートフォンを閉じて、
コーヒーを一口飲み、
また開く。
自分でも、
情けなくなる。
……課金、したんだよな。
たったそれだけのことなのに、
「このまま終わるのはもったいない」
そんな感情が、
確かにある。
期待だけじゃない。
寂しさだけでもない。
ケチくさい理由だ。
それでも、
正直な気持ちだった。
ーー休憩終了のサイレン。
立ち上がり、
作業場へ戻る。
機械の音。
決まった動き。
身体は、
ちゃんと動いている。
それなのに、
頭の片隅では、
ずっと考えている。
考えなくていいはずなのに、
剥がれない。
工場の天井を見ながら、
スマートフォンを、
ロッカーに置いたことを思い出す。
触ってはいない。
でも、
考えていないわけじゃない。
頭の中は、
ずっと同じところを回っていた。
ーー定時のサイレン。
今日は残業だった。
外は、
まだ小雨が降っていた。
残業に備えて、
小休憩に入る。
スマートフォンを開くと、
通知が増えている。
心臓が、
分かりやすく跳ねる。
名前を見る。
菜月。
二通。
まだ、
自分は返していない。
それなのに、
届いた言葉。
画面を開く。
短い文章。
気遣いのある言葉。
そして仕事の話。
多くは語らない。
でも、
雑でもない。
胸の奥が、
すっと緩む。
ただ少なくとも、
今は早く返そうという、
焦りもある。
入力欄を見る。
今度は、
指が止まらなかった。
挨拶。
返事への礼。
仕事についての、
短い説明。
余計なことは、
書かない。
ーー送信。
その瞬間、
気づく。
雨が、
止んでいた。
雲の切れ間から、
薄く光が差す。
大げさな晴れじゃない。
でも、
確かに空は明るい。
偶然だ。
分かっている。
それでも、
胸の奥で、
弾けたのか、
堕ちたのか、
分からないままの音が、
静かに残っていた。
スマートフォンをロッカーに伏せ、
作業に戻る。
返した。
それだけのこと。
なのに、
もう戻れない場所が、
また一つ、
増えた気がしていた。