「なるほど、らだお君か」
翌日、休憩室でキャップは余命短いにしては元気な顔の部下からの報告を聞く。
「ハイ、アオセンが俺のこと好きなのがわかったんで話が早くて助かりました」
素晴らしい、100点だ。サムズアップしながらこれで話は終わりかと安堵のため息をつく、はずだった。
特殊刑事課発足前からキャップもつぼ浦のことをよく見てきた。そのサラリとした答えになんとなく違和感を覚えて問う。
「ん?らだお君が告白してきたのか?」
「いや、俺からです」
「お前から?!それでらだお君がお前を好きだとわかったのか?」
キャップのサングラスにぽかんと口を開けるつぼ浦の顔が映った。
そういえばどうして好きだと思ったのだろう。アオセンのしてきたことが署長メロドラマに当てはまっていたから?つぼ浦は思考を巡らせるが、そういえば好きだとは明言はされなかったような気がする。なぜかそう思った、という結論しか出なかった。
ハッピーエンドで終わるはずだったのに考え込みはじめた部下を見てキャップはため息をついた。先程の簡素な報告の裏には数え切れないほどの行間があり、そこに潜んでいた重大な要素をこの純真無垢なつぼ浦はきっと取り落としている。
「つまりお前はらだお君が好きだったんだな、まあそんなに意外でもないか」
「キャップ、俺、アオセンが好きなんですか」
「その前提じゃないのか?!何だ今までの話は」
「あ?水掛け論っすか?いいっすよ長くなりますよ?」
「やめなさいつぼつぼ!そんな時間はないだろう!」
大前提がひっくり返った。やっぱりわかってなかったとキャップは肩を落とす。
「それで、身体の調子はどうだ」
「あ~いいっすよ、今日も3回しか吐いてないし」
「全然ダメじゃないか。よろしい、今日は休みにしなさい。二人してゆっくり育んできなさい」
「何をですか」
「言わせるな、愛だよ愛!お前自分の命かかってるのわかってるのか?!」
いつも以上に会話の通じなさがもどかしく、キャップは声を荒げてお説教する。だがその自分を心配してかけられる言葉が今は針のように痛い。
「……アオセンの命もかかってるんすよ」
小さな反駁はキャップには聞こえない。
「ああ、なんだ?何をかけるって?」
「アァン?賭博罪ですか?キャップ、それは見逃せねぇなあ」
ピコンと飛び込む請求書。右ストレートをいれるキャップ。それをかわしてバットで顔面ホームランするつぼ浦。流れる警官のダウン通知。
小言に付き合っている時間はない。つぼ浦は警察署の外へと走り去る。
「……こんなことで死なんでくれよ」
冷たい床に伸びながらキャップはつぶやいた。
愛と正義の特殊刑事課が、愛がわからず溺れて死ぬなんて。
悠々と上司を撲殺し、つぼ浦はレギオンへの道を歩いていた。幸い誰も追ってきていない。特殊刑事課のダウンはただの日常だ。
アオセンは自分のことが好きだ。それはなんでか確信がある。では自分はアオセンのことが本当に好き、なのだろうか?
対称律ってヤツだ。A=BならB=Aなのだ。それが両思いだとつぼ浦は理解していた。しかし病は治っていない。ということはどちらかが偽である。
青井は自分の前では気軽に素顔を出すし、近づかれても嫌ではない。同じ飯を食ったし、告白しても受け入れてくれた。
そうだ、花だ。つぼ浦は気づく。この病気の唯一いいところは、花は口ほどに物を言う。
青井の吐き出した花は何だっただろうか。「もし赤いバラだったら「愛してる」って意味ですよ」とさぶ郎は言っていた。だがあれは腹を割いたかのようにどす黒い赤い花だった。花には詳しくないが、バラではないことはつぼ浦にもわかった。
すぐ横にパトカーが止まる。ウィンドウが下がり、見慣れた鬼面が顔を出した。
「あ~もう、こんなところにいた」
なんで徒歩なの、と呆れた口調で青井は言う。
「つぼ浦、治った?」
「アオセンは?」
二人して首を横に振る。どちらともなく溜息がこぼれた。埒が明かないのは好きではない。つぼ浦は青井に提案する。
「俺達付き合ってるじゃないすか」
「うん」
「だからコイビトらしい事をするといいと思う」
「へえ、例えば?」
つぼ浦は昨日の馬ウアーとのやり取りを思い出す。
「コイビトっていうのは、ドライブするらしいです」
「ほう」
「そんで海に行くらしい」
「へぇ」
「それで雨が降ったら傘をさすらしい」
「それはまあそうだろうね」
あとなんだったか、映画館で星を見て歌うんだったか。つぼ浦は記憶をたぐるが、ペンギンとメイド服にどつかれているかわいそうな署長の姿が邪魔して思い出せない。
「わかった、乗りなよ。とりあえずドライブしようか」
「パトカーで?」
「いいでしょ、命がかかってるんだし」
そういいながら車から降り、青井は運転席を譲る。
「一緒に行こう。つぼ浦のやりたいようにしなよ、どこでもいいよ」
「この期に及んで無欲っすね」
「そうでもないよ」
助手席で青井は小さく言った。
それは好きなのに好きと言わない片思いと、好きなのかわからない片思いの奇妙なデートだった。
つぼ浦はハンドルを握りながら、助手席に座る青井の顔をちらりと見る。ふたりきりだからだろう、いつの間にか鬼面は脱いでいた。
濃い青の髪が日に透けると透き通り、宝石のようで綺麗だった。柔和そうな目の下には薄っすらと隈がある。今日は妙に細かいところが気になるな、そんなことを思っていたら対向車にぶつかりそうになって慌てて前を見た。なので青井が時折ひどく遠くを見て、その目が濁っていることにつぼ浦は気づかない。
助手席に座る青井はそんなつぼ浦の横顔を見つめ続けられる特権を得ていた。
本人はコンプレックスかもしれないが、あどけなく優しい目が好きだ。滑らかな鼻の形も、薄い唇も、それらを支える健康的な肌の色もすべてが愛おしい。
青井の心に吹き出しがあれば大小様々な「好き」で埋め尽くされていただろう。だがそれをぎゅっと押さえ、他愛のない話をする。
どちらも食欲はなかったので、冷やかしになるからと飲食店には立ち寄らなかった。
普段通らない道を通り、あまりいかない北の街にも足を伸ばした。
途中、犯罪の現場を遠くから観覧したりもした。キャップのロケランで本人とパトカーだけが吹き飛ぶのを見て二人で大笑いをした。ここチェイスで使うと速いよ、なんていう仕事の話もたまに出た。
ヘリだったらデスマウンテンの神社にも行けたのに、と青井がつぶやいたのでつぼ浦が警察署からパクりますかと言い出し、問答の末、非番だから警察署襲撃がつくのではないかという結論になった。
カジノの前で号泣している赤い服のおじさんを取り囲む部下っぽい人たち。ギャグが滑って爆散させられるお笑い芸人。つぼ浦が機嫌よく歌えば合いの手が入り、二人して車窓越しに見るそれはさながらロードムービーのようだった。
他愛のない戯れと、心地よい無言。
何が正解かはわからない。だが道中二人とも一度も花を吐かなかった。
「最後が遊園地って結構正解のルートだったんじゃない?」
潮風で舞う髪を押さえながら青井は言った。
夕日がその残光を地平線の下へと隠そうとする頃、二人は海辺の遊園地の歩道を歩いていた。
ジェットコースターにも乗りたかったが、気持ち悪くなって吐いても困る。どちらともなく浜辺を見下ろす柵にもたれかかった。輝きを増し始めた月の光が、黒い海にちらちらとその先端を泳がせていた。
寄せては返す波の音だけが二人の間にあった。
コイビトとデートなどというものをしてみたが、振り返るといつもの延長だった、とつぼ浦は思った。
いつもと違うのは、邪魔が入らず一日中一緒にいられたこと。青井がずっと素顔のままで微笑みかけてきたこと。何かを言えば必ず答えがあり、そのたび笑い声が二つあったこと。
特別なことは起きなかった。普段から感じていた温かさが、時間に比例して何倍にもなっただけだ。
きっと病は治った。これがオルカが言ってたやつか、とつぼ浦は思い起こす。たしかに青井といれば空気は美味しいし、癒やされる。それは昔からそうだったし、今日もまたそうだった。
なんだこういうことなのか、となにかがストンと胸に落ちた。
「わかったかもしれないっす」
「ん、何が?」
「恋ってやつが」
つぼ浦は水平線を見つめ、ぼんやりとつぶやくように言う。横にいる青井が息を呑む音がする。
「これでアオセンがさあ、ちょっとでも楽になるといいっすね」
星明かりを見ながらつぼ浦は温かい声で言った。
この温かさが恋なのならば、きっと青井も救われただろう。自分が巻き込んだ先輩の健康を願う言葉だった。
だが急に距離が遠くなった。ついと見やれば、見る間に表情が険しくなっていく青井がいた。
「……つぼ浦さあ、やっぱり俺のために好きになろうとしてくれてるってこと?」
「へ?」
「ダメなんだよそれじゃ、俺は、お前を……そういうわけじゃ」
青井は戸惑いながら何度か首を振る。
違う巻き込んだのは自分だ。元凶の自分に投げかけられた無垢な救済の言葉は、青井が最も恐れていたものだった。
「アオ、セン?」
つぼ浦ならきっと、青井を救うためなら心を削る。削って差し出された心が一体何なのか、そのとき青井は理解できなかった。
罪悪感が足を動かした。大きな声で名前を呼ぶ後輩を置き去りに、青井は砂浜への階段を駆け下りていた。
すぐさま追いかけようとしたつぼ浦の胸を、久しく忘れていたおぞましい感覚が襲う。
「アオセン!!?……ッ、グ、カハッ……!」
無理にでも足を進めなければ、ここで追いかけなければ。思いとは裏腹に命そのものを吐き出すようなひどい苦痛とともに、口から花が吐き出される。
ぼたぼたと落ちる花はパンジー。花言葉は「一人にしないで」だがつぼ浦は知る由もない。サンダルで花を踏みつけ、痛む体に鞭打って後を追う。
青井がなぜ狼狽したのか、つぼ浦にはわからない。
だが突き放され、離れていったのを見て心が軋んだ。置いていかれた寂しさと、先程の顔を思い出したら胸が締め付けられた。
これこそが手に入らないじれったいもの、離れがたく側にいたいもの。
先ほど感じた温かさ。青井の心の一部はつぼ浦の中にあった。その心が引き剥がされていくのはどんな痛みよりも辛かった。
行ってほしくない、そばにいてほしい、ああこれは恋だ、恋だ。
(それでも病が治らないってことは、アオセンが俺を好きじゃないんだ)
目の奥が痛む。愛されているという無邪気な自覚が崩れていく。
だがそれでも立ち止まるわけにはいかなかった。
月明かりで砂浜の上の足跡を追った。程なくして砂の上に倒れる人影を見つける。
鮮血の中に倒れているのかと思って冷や汗をかいた。まるで棺に入れるような大量の赤い花の中に青井がいた。
つぼ浦と違い青井はいつも同じこの花だ。反応がない身体を抱き起こすと、吐ききれていない花が口元からごそりと溢れていた。
「なんだよ、この……花ッ!ダメなのか俺じゃ?!こんなに、」
こんなに、好きなのに。
口に手を突っ込んで花を引き抜くが呼吸がない。首に手を当て脈があるのを確認すると、気道を確保して息を吸い、ためらわず青井の口から息を送り込む。胸が膨らむのを確認し口を離すが反応はない。二回目、無反応だ。
額を汗が伝う。焦りが手を震わせる。花なんかにこの人を持って行かせるわけにはいかない。青井からもらった温かさを呼吸に変えて何度も吹き込む。
幾度目かの救命措置ののち、苦しそうに藻掻いて呼吸が戻った。大きくため息を付いてつぼ浦は青井の胸元に突っ伏した。
青井の意識が徐々に浮かび上がる。胸元でしゃくりあげる声。つぼ浦、と名を呼ぶと赤らんだ目のまま顔を起こした。
ぼやける目に、つぼ浦の口からはらはらと舞う赤い花びらが見えた。そしてぼとりと真っ赤なバラが耳元に落ちた。その鋭いトゲで傷ついた口を開け、唇に滴る血を付けたつぼ浦が叫ぶ。
「アオセン、俺の事好きじゃないかもしれないけどな、俺は好きだからな!」
だから、いなくならないでくれ。勢いのまま言葉を叩きつけた。
死に近い闇から戻ったばかりの青井にその言葉は鮮烈に響く。
「……本当、に?」
「ああ、本当だぜ!」
頬を涙が伝うままに、つとめていつもの笑顔でつぼ浦は言った。青井はぎゅっと目を閉じる。
青井の中の嵐のような情動。巨大な恋情が伸ばしていた手がついに握り返された。それだけで嵐が凪ぐ。胸は軽く、代わりに満ちるのは温かさだった。
黙ってしまった青井が気になり身体を起こそうとするつぼ浦を、青井は強く抱きとめる。
「好きだよ、俺も」
そして耳元に優しくささやく。
「ずっと好きだったんだよ、本当に、ずっと」
「アオセ、」
頬に手を滑らせ、逃げようとする頭を押さえつけ、唇を重ねた。舌で口内を暴けばじんわりと血の味がした。ああ、愛を吐き出した味だ。
最初こそ反射的に逃げようとしたが、つぼ浦も青井に委ねる。先程救命措置をしたときにはそれどころではなかったが、改めて味わう口づけは熱く、優しかった。
アネモネの花言葉は複数あり、「苦しい恋」「見捨てられた」そして、「君を愛す」。青井はずっと、苦しみながらも愛していたのだ。
どちらともなく口を離せば、名残惜しそうに唾液の糸が切れる。
身体を起こして改めて何かを言う前に、二人共咳き込んだ。
口からするりと花が落ちた。銀色のユリ。それは砂に落ちると青井の吐いたアネモネの花とともに程なくして消えてしまった。
ああ、これで終わったんだ。声に出さずとも二人共理解した。
二人を振り回した病は、確かな愛だけを残して消えた。
「実はライオットに置いたの俺なんだよね」
月明かりの砂浜を二人並んで歩く中、青井が白状した。
「はぁ」
「怒んないんだ」
「まあもう終わった話なんで」
たしかに終わった話だ。結果的に良かったのでつぼ浦は責めようと思わなかった。
青井はその回答に「ふーん」といつもの調子で言い、何かを考えてから横を歩くつぼ浦の顔を下から覗き込む。
「今気づいたんだけどさ」
「ハイ」
「普通さ、「好きです付き合ってください」じゃない?逆じゃなかった?俺達」
そういえば付き合ってくださいはだいぶ前に言ったが、好きですと言い合ったのはつい先程だ。言われてみれば道理がおかしく因果が逆だ。そのせいでずいぶんと遠回りをしたような気がする。
「あ~そういうもんなんですか」
「やっぱお前が告白するの駄目だわ。あれは許せん、ピュアつぼくん」
「ァア?!」
声を荒らげたが青井は悪戯っぽく笑っていた。拳を振り上げるよりも早くつぼ浦の両手を掴み、互いの胸の前にうやうやしく掲げる。
「つぼ浦、好きだよ。付き合ってください」
見つめ返すのは、月の光を受けてもなお深い深い青い目。足がつくはずもない深海のようなその迫力につぼ浦は圧倒される。
その言葉の、目の向こうに、途方もない質量がある。そんなものの前ではつぼ浦はちっぽけな小魚だった。
じわじわと足の先から熱が上がってくる。鼓動が速い。
「ぁ、」
喉から声にならない空気が抜ける。どうしてこんなに恥ずかしいんだ。止めようにも誰の前でもしたことがないような顔になっているのがわかる。それがさらに恥ずかしさを増す。
真っ赤になったつぼ浦をニヤニヤ見ながら青井は握っている手にゆっくりと指を絡める。
「え、どうなのちょっと。答えてくれないとまた花出ちゃうかもよ」
「〜〜〜〜ッ」
違う、もう花は出ない。心の内を勝手に表してくれる花は出ないのだ。
だから言わないといけない。この口で。
「お、れも、…………!!!」
「ええ〜〜聞こえないよお?つぼ浦くーん」
「あ〜もう、なんでこんな、……あ〜〜〜っ!!!」
乱暴に手を振り払うと、つぼ浦は夜の波打ち際に走っていく。
青井は笑いながらゆっくりとその後を追った。
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感染源の花束って結局なんだったの→歪 み で す(万能)
1話の同僚たちと会話しているところが楽しすぎて筆が乗った結果、予定より長くなってしまいました。
しかももっと軽く終わるはずだったのに、何をどうやってもこの二人がくっつかなくて、早くくっつけ!!!と思いながら書いてました。二次創作書くの初めてなので、一次創作だと作者の気まぐれで何でもできるんですが二次だと人物がこれは違うと言ったら本当に動かないし動かせない。
激重愛情彼氏と鈍感ピュアボーイの恋愛はいいものだ。
私が書くと受けが強くなりがちなのでつぼ浦がフィジカルメンタルクソ強いし、らだおがいつもメンタルしおしおなので申し訳ない気持ち。
ちゃんとした(?)🟦🏺期待してきた人スミマセン…
コメント
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ほんとに好きですありがとうございます…;;
だいすきです!
こんなにも可愛くて切なくて幸せな花吐き病🟦🏺のお話に出会えてほんとに嬉しいです;;;次作もお待ちしております!だいすきです