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「すまない、遅くなってしまった。早速、撮影を再開しようと思うが、その前に――今日は新キャストを紹介したいと思う。入ってくれ」
凛の言葉に、その場の空気が一気に張り詰める。
メンバーたちは顔を見合わせ、自然と背筋を正した。
「やっぱり新キャスト待ちだったんだ」
「……やば……。なんか、緊張してきた……」
「いよいよお披露目ってことか」
誰もが固唾を呑み、扉の方へ視線を集中させる。
控室の扉が静かに開き、凛の背後から姿を現したのは――スラリとした長身の男だった。
「――え……っ」
驚きに声を漏らす者がいる。
「えっ、ちょっと待って。新キャストって……やっぱり銀次さんだったの!?」
「みなさん。どうもお久しぶりです」
少し照れくさそうに頭を掻き、にかっと笑ったのは――以前、遠征ロケでコラボしたことのある銀次だった。
「改めまして。黒川大吾役を務めさせていただきます、銀次です。どうぞよろしくお願いします」
そう言って背筋を伸ばし、綺麗に一礼する。その姿は、かつてはゲストの立ち位置だった男とは思えないほど堂々としていて、控室の空気が一気に沸き立つ。
「“改めまして”って……つまり、銀次さん、正式にブラック役やるってことよね!?」
美月が思わず確認するように声を上げる。
「えぇ、まぁ……そういうことになりますね。正直、不安しかないんですが……」
銀次は少し照れくさそうに首を掻きながら答えた。
その言葉を補うように、凛が一歩前へ出る。
「公式サイトに“銀次君は今後出演しないのか? “ぜひ再登場してほしい”という声が多く寄せられていてな。銀次君と話し合った結果、正式に獅子レンジャーに参加してもらうことで合意した」
「はは……凛さんの熱烈なアタックを断れるクールガイなんていませんよ。それに、皆さんとのコラボは本当に楽しかったですし」
銀次は肩を竦めつつも、真っ直ぐな眼差しで一同を見渡す。
「だから、こうしてまた一緒に戦えるのは光栄です。やるって決まったからには、精一杯務めさせていただきます!」
その真摯な言葉に、控室の空気がふっと明るくなった。
「そっか。これからますます楽しくなりそうじゃん?」
東海が真っ先に声を張り上げると、弓弦や雪之丞も頷きながら嬉しそうに拍手を送った。
「よかったですね、棗さん。裏方作業もこれでまた楽になるのでは?」
弓弦が優しい笑みを浮かべて雪之丞に声を掛ける。
「そ、それは……。銀次君が迷惑じゃなければ……。無理強いはしたくないし」
雪之丞は少し尻込みしながら答えたが――
「え? グラフィックの話っすか? もちろん! 協力させていただきますって!」
銀次がすかさず親指を立てて笑ってみせた。
「……よかった。これでまた、全員で力を合わせられる」
蓮は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「あ、でも……銀次さんがブラックって事は、アクターはどうするのかな? まさか、まだ決まって無いとか? 結構背が高いから、限られてきそうな気もするけど……」
「俺がやる」
「えっ!?」
雪之丞の言葉に、響いた声。まさかの返事に雪之丞だけでなく、この場に居た全員が声の主を見て驚いた。
「うっそ!? マジで! 凛さんの演技がまた見れるんっすか!?」
東海が目を輝かせ興奮気味に言うと、凛は静かにコク、と頷く。
これには蓮も驚きを隠せなかった。 だってそんな話、聞いてない。自分がアクターを目指すきっかけを作ってくれた兄の演技がまた間近でみれる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
だが、実質監督業もアクターの演技指導も全てを担っている兄が復帰するとなると、監督は誰が変わりにやるのだろうか。
そんな蓮の素朴な疑問を察したのか、凛は小さく息を吐くと静かに口を開いた。
「……実は、長い事作品から離れてたアイツが、ようやく戻ってくることになったんだ」
「アイツ? 誰の事?」
「監督よ。猿渡監督。女遊びが激しすぎてお嫁さんに逃げられて、アタシ達がこんなに苦労する原因を作った超本人。最近やっと、その辺のごたごたが落ち着いたんだって。この間、アタシのマネージャーがそう言ってた」
「あぁ。そういや、いたなぁそんな奴」
美月の呆れたような物言いに、思い出したように東海がポンと手を叩く。
演者に忘れ去られる監督ってどうなんだとツッコミを心の中で入れつつ蓮はチラリと兄を見た。
やはり兄は此方を見ようともしない。自分と向き合う事を避けているような気がして、ズキリと心が痛んだ。
「でもまぁ、これでようやくスタートラインに戻れるんだね。銀次君が入ってくれるなら話題性にも事欠かないし、一安心だ」
そんな蓮の変化に気付く者はそう多くない。
心なしか嬉しそうな雪之丞の声でハッと我に返り、蓮は今の雰囲気を壊してはいけないと思い直し、作り笑いを浮かべてその場を誤魔化した。
「銀次君が正式参入してくれて本当に良かった。……お兄さんもそう思うよね?」
隣に座るナギが、覗き込むように問いかける。
「うん。……そうだね」
蓮は短く答えただけだったが、その声音にはどこか力がなかった。
「……なんか、元気ないね。凛さんとのこと?」
ナギの瞳が真っ直ぐに射抜くように見つめてくる。心配と戸惑いが入り混じった眼差しに、胸の奥がざわつく。
「ううん。大丈夫。大したことじゃないから」
笑みを作り、言葉を押し出す。けれど、自分でも空々しいと分かるほどの声だった。
「でも――」
ナギはまだ食い下がろうと口を開いた。蓮の手を掴みかけて、何か言いかけたその瞬間――
「って、もうこんな時間じゃん!」
東海の声が飛び込み、全員が待ってましたとばかりに立ち上がる。慌ただしい空気が一気に広がり、ナギの言葉は途中で掻き消された。
「凛さん、撮影! 早く続きをやりましょう!」
「そうだな。じゃあ十分後にシーン6から始める。銀次君は、台本の読み込みと、今日は現場の雰囲気を実際に見て学んでくれ」
「はい! 勉強させていただきます!」
凛の言葉に、銀次もやる気に満ちた表情をして頷いた。やはり兄が隣に居ると、周囲の空気が一気に引き締まる。
ただ、相変わらず自分に視線を合わせてくれない事だけが残念でならないが、兄もアクターとして参戦することが決まった以上、全く話さないと言うわけにはいかないだろう。今はじっとチャンスが来るのを待つしかない。そう自分に言い聞かせ、蓮は静かに棚に並べてあるマスクに手を伸ばした。
あれから一か月。銀次の正式参入回がオンエアされると、SNSは瞬く間にその話題で持ちきりになった。
撮影は順調だった。銀次の演技は完ぺきとは言えない。だが、程よい素人臭さがありつつも一生懸命で、それが逆に可愛いと一部熱狂的なお姉さんファンの間で話題になっていると、弓弦がこっそり教えてくれた。
流石は人気配信者というべきか。彼が加入したことでSNS界隈の話題も沸騰し、公式動画のフォロワー数も一気に増えているらしい。
兄である凛は銀次のぎこちない動きに合わせるのに苦労しているようだったが、それでも違和感なくこなしてしまうところが凄いと、皆、心底驚いていた。
「やっぱ凛さんってすっげぇ。あの人、どんな役者にでも合わせられるって聞いてたけど……本当だったんだな」
モニターを食い入るように見つめながら、東海が感心したように呟く。
「ホント凄いっスね。あの人、あんま喋んないから怖い人かと思ってたんっスけど……」
銀次がぽつりと本音を漏らす。
「銀次君甘いわよ! 御堂さんの演技指導は鬼よ。鬼! マジで厳しいんだからっ」
すかさず美月が突っ込み、隣のナギもウンウンと大げさに頷いた。