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「あぁ……緊張した」
大の字でベッドの上に寝転がる。模様の無い真っ白な天井を見つめながら。
「……あ」
リラックスしていると大きなミスが発覚。雰囲気に流されて名前を教えるタイミングを逃してしまっていた。
「うわぁ…」
初日に済ませておかなくてはいけない作業を怠るなんて。あまりにも間抜けすぎる。
「本当に間が悪いヤツだなぁ…」
そして何より一番の失態は夕方の無礼についての謝罪。セクハラ行為を一言も詫びていなかった。
「ん?」
「ねぇねぇ、ちょっと良い?」
「ダメって言ったらどうする?」
「この部屋にあるマンガ全て処分する」
「罰が重すぎるよ…」
反省を繰り返していると妹がドアを開けて中を覗き込んでくる。返事をする前に進入しながら。
「さっきの人どう思う?」
「タンスを足に落として痛そうだったよね」
「お父さんじゃなくて華恋さんの事だよ」
続けて学習机の椅子に着席。来客の話を振ってきた。
「どうって何が?」
「印象と言うか、イメージと言うか」
「んん?」
「綺麗じゃなかった?」
「え? う~ん……まぁ、そうだねぇ」
照れ隠しで答えてはいたが本心は違う。学校でも街中でもあそこまで顔立ちが整っている女の子は見た事がない。大抵の男子なら一目惚れ出来そうなレベルだった。
「だよねぇ、はぁ…」
「なに上司に叱られたサラリーマンみたいな溜め息ついてるのさ」
「だってさぁ…」
「もしかして便秘気味?」
「よし。ちょっと漫画燃やす為のライターとガソリンとダイナマイト持ってくる」
「自爆テロでも起こすの?」
くだらないジョークで盛り上がる。食事中の時とは違い緊張感はかけらも存在していないので。
「でも変じゃない?」
「変?」
「普通ならこういう場合、真っ先に親戚の家とかに行くものじゃないの?」
「あぁ……だよね」
確かに彼女の言う通り、いくら知り合いの娘さんとはいえ他人を住まわせるなんて有り得ない。年頃の女の子となれば余計だった。
「まさかお父さんの隠し子…」
「僕も同じ事を考えてた」
「だとしたら驚きだよ! まーくん以外に子供を作っていたなんて」
「あの親父め。許せないな」
「でもそうだとしたら今頃お母さんブチギレてるよね」
「だよね。血祭りにあげて離婚届を突きつけてるハズだよ」
「じゃあ私もまーくんを血祭りにあげないと」
「何のとばっちり?」
恐らく無実であろう父親を罪人に仕立て上げていく。春休み中に見ていた昼ドラのせいか妄想力が爆発していた。
「それにあの人どこかで会った事ある気がするんだけど…」
「どこで?」
「分かんない。変な錯覚っていうか」
「デジャヴ?」
「かな? よく知らないけど」
質問を飛ばしながらも彼女の意見に同意。あの顔にどこか見覚えがあった。それはついさっき味わった物でなく電車の中で華恋さんと会った時に感じたもの。
しかしテレビで活躍してるタレントがうちに来るハズはないし、そもそもあんな子をメディアで見た事がない。もちろん学校でも。
ひょっとしたら昔どこかで会った事がある子の可能性もある。ただ自分と香織は3年前までは他人だった間柄。その2人が共通して見覚えあると認識したならば幼なじみの可能性は皆無だった。
「ん~、そろそろ部屋に戻ろっかな」
「おやすみマン」
「くれぐれも華恋さんに変な事しに行ったらダメだからね?」
「そんな男だと思われてるなんて心外だな…」
まさか既に実行済みだなんて。口が避けても言えやしない。
「はぁ…」
1人になると再びベッドに寝転がる。不安を表した溜め息と共に。
様子を見に行ってみようかと思ったが夜這いと勘違いされては困るので断念。謝罪と正式な自己紹介は明日以降にしようと固く決めた。
「……寝るか」
布団を捲ると中に潜り込む。寝坊しないように目覚ましをセットしながら。
「おやすみ…」
興奮と混乱が止まらない。遠足や運動会の前日のように。
少しだけ違うのはそれがあまり良い情報ではないという点。情けない事に意識は現実逃避する方向へと動いていた。