テラーノベル
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朝の校舎は、やけに静かだった。幡山狂介は呼び出された職員室前の椅子に座り、床の一点を見つめていた。
ノックの音。
「入りなさい」
扉を開けると、そこには三人がいた。
サッカー部監督の黒須。
校長の三島。
そして副校長。
空気が、重い。
「座れ」
黒須の低い声に従い、狂介は椅子に腰を下ろす。
誰もすぐには口を開かなかった。
最初に話し出したのは校長だった。
「幡山君。先日の県大会準決勝での行為について、話は聞いているね」
「……はい」
「審判への暴言、異議、そしてレッドカードによる退場。
それだけではない。以前から、チーム内での協調性の欠如も多数報告されている」
狂介は黙ったままだった。
黒須が続ける。
「お前の才能は本物だ。誰も否定しない。俺も認めているぞ。
だがな……黒鷹川は“個”の集まりじゃない。“チーム”だ」
「……点は取りました」
「だから何だ」
即答だった。
「勝てなければ意味がない。
お前は“勝つためのサッカー”をしていない」
拳が、膝の上で強く握られる。
「俺のサッカーは――」
「聞く必要はない」
校長が静かに言った。
「協議の結果、幡山君をサッカー部から除名とする」
その言葉は、思ったよりもあっさり耳に入った。
「……除名?」
「事実上の追放だ」
副校長が目を伏せる。
「学校に残ること自体は可能だが、サッカー部への復帰は二度とない」
狂介は笑った。
乾いた、力のない笑いだった。
「……結局、そうですか」
黒須は視線を逸らさない。
「お前は間違ってないと思っているだろう」
「……」
「だが、ここではそれを証明できない」
面談はそれで終わった。
⸻
夜。
自室の天井を見つめながら、狂介は眠れずにいた。
――俺は、何がしたい?
頭に浮かぶのは、ゴールネットが揺れる瞬間。
歓声。
ボールを叩き込んだ感触。
「それだけでいいのか?」
その声は、突然だった。
気がつくと、狂介は夢の中に立っていた。
薄暗いスタジアム。
ピッチ中央に、一人の男が立っている。
金髪、鋭い眼差し。
世界最高峰のFW。
「……アレックス・シュナイダー」
憧れ続けた存在。
「聞いたぞ。ずいぶん派手にやったらしいな」
「……俺は、間違ってますか」
シュナイダーは肩をすくめた。
「間違いかどうかはどうでもいい」
「え?」
「大事なのは、“お前が何をしたいか”だ」
狂介は言葉に詰まる。
「ゴールを決めたい。
誰にも止められない選手になりたい」
「それだけか?」
胸が、痛んだ。
「……勝ちたい」
「一人でか?」
「……はい」
「“一人で勝つ“と“自分勝手“は違うぞ」
シュナイダーは狂介の目を真っ直ぐ見た。
「俺も昔は似たようなサッカーをしていた」
「……」
「だがな、気づいたんだ。
ゴールは“一人で奪うもの”じゃない。“託されるもの”だと」
狂介の喉が鳴る。
「お前は、自分のスタイルを持っている。
それ自体は誇れ。だが――」
シュナイダーは一歩近づいた。
「そのスタイルを“誰のために”使う?」
視界が白くなる。
⸻
目を覚ましたとき、朝日がカーテン越しに差し込んでいた。
心臓が早鐘のように打っている。
「……俺は」
携帯を手に取り、転校先の一覧を眺める。
強豪校ではない。
注目もされない。
――神奈川県立長澤高校。
小さな、普通の県立校。
「ここなら……」
誰も俺を“天才”として見ない場所。
誰も俺に期待しない場所。
「……最初から、やり直せる」
狂介は深く息を吸った。
自分は何をしたいのか。
どういうプレーをしたいのか。
答えは、まだはっきりしない。
だが――探しに行く覚悟は、できていた。
「待ってろよ……サッカー」
こうして、
幡山狂介は“すべてを失った天才”から、
“何者でもない得点王”として、
新たな高校へ向かうことを決意する。
その場所が、
運命を変えるピッチになるとも知らずに。
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