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未来の葬儀が終わり、あいつが空に向かっていく頃。雪はようやく降り止み、雲の隙間より日が差していた。 まるで穢れのない魂が、天に昇っていくかのように。
「藤城くん」
火葬場の煙突を眺めて呆けていた俺に、菩薩のような温かな声が落ちてくる。
未来の母親だ。
「今まで、本当にありがとう」
膝に両手を揃えて、深々と頭を下げてきた。
「いえ、俺が勝手に押しかけていただけだったので……」
詰まってしまった言葉の代わりに手を横に振るが、どんどんと力が抜けていく。
母親の小さな背中は、桜の花びらが舞い散る中で執筆のやり方を教えて欲しいと頼んできた、あいつと瓜二つだった。
目を逸らして押し黙ってしまい、そしてただ空を見上げた。そうしねぇと、あいつの面影を探してしまいそうで、ただ怖くて。
「……未来のことは、どうか忘れてください」
「えっ?」
視線を戻すと俺を見上げる真っ直ぐな瞳が、そこにはあった。
「藤城くんにはこれからの人生があって、色々な出会いがあるから。生きれなかったあの子の分も、幸せになってほしいの。……だからね、その為に未来のことは忘れてください」
ずっと気丈に振る舞っていたあいつの母親は、肩を震わせ嗚咽を漏らす。
子を亡くした母の涙ほど辛いものはなくて、俺の心臓は痛いぐらいに鼓動が速くなっていく。
手を伸ばしてその小さな肩を支えるとしばらく俺に体を預けてきたが、「ありがとう」とだけ言い残しその場を去っていく。
空を見上げれば、薄雲がただ風に乗って流れていた。
時間は、ごく当たり前のように流れていく。
未来が居なくなっても、太陽は沈んで、月が光って、また太陽が昇る。まるで何ごともなかったかのように。
あれから抜け殻となった俺は、朝も、昼も、夜も、ただベッドで寝そべって、生きた屍のような生活を送っていた。
『ちゃんと、学校に行かないとダメだよ』
『今日は何があったの?』
『みんな、変わらないねー』
ふふっと笑って、俺が話すオチもないくだらねぇ話を、「うんうん」と目を輝かせて聞く奴はもう居ない。
学校に行く活力も、放課後が待ち遠しいことも、生きる理由すらもねぇ。
……一番の読者が、もう居ないんだ。何の為に、書けってんだよ!
『生きてね』
目を閉じれば、あの時の声と表情が、今でも鮮明に映し出される。
『わたしの、ぶんまで』
それを告げたあいつの表情はどこまでも清々しく、まるで俺に全てを託したようだった。
……そうだな。約束したもんな。
重い体を起こした俺は、閉ざしたままのカーテンを開ける。空は淡い青空で、どこまでも広がっていた。
通学路の途中。二月中旬の空気は冷たく、風が吹く度に棘が刺さるような痛みが襲ってきやがる。
しかしそれ以上に痛ぇのは、ギャアギャアと話して笑う、女子共の声だった。
靴箱の場所が違うことから別学年だと分かるし、未来の葬式から一週間は過ぎてる。
ずっと俯いて過ごせなんて言う気はねぇし、故人と会ったこともねー奴らに、あいつの死を嘆けよと文句言う気も当然ない。
……だが、なんか虚しくて仕方がねぇな。
一人の死が、こんな簡単に通り過ぎていくことなんてな。
ガラララ。
どれだけ音を立てないように気を張っても、摩擦というものはどうしようもない。暖房効果を維持する為に閉ざされていた教室のドアを開けると、音が響いちまう。
それによりこっちに目を向けてくる奴らの視線も、どうしようもないっていうのか?
未来の葬儀が執り行われた時、関わりがなかったはずの俺があいつの棺に本を添えた。
まあ、異様な光景だったよな。どんな関係だったのか……とか。
別に執筆を教えていたとか、過去に小説書いてたとか。そんなこと、どーでもいいし。
もう、勝手に笑いやがれよ……。
「藤城くん」
枯れた声に、机に突っ伏していた顔を上げると、そこにいたのは内藤。
目が充血し、鼻まで赤いその姿から、未来の葬儀時に声を上げて泣いていたことを思い出した。
「大丈夫? ムリしてない?」
いやいや、大丈夫じゃねーのはお前もだろう?
そう返そうと口を開くが、視界に入ってきたのはセーラー服姿の女子だった。
伸びた髪は背中までのストレートで、俺は立ち上がってその女子の肩を掴んでいた。
「っ!」
振り返った女子は明らかに表情を引き攣らせ、体を硬直させていた。
「あっ……」
想定していた顔とは違い、反応まで異なる。
どうしていいのか分からなくなった俺は、手を退けることも、「悪い」と口にすることもなく、ただ呆然としちまった。
「ごめん、ごめん! 何でもないから!」
俺の手を引き、席に戻してくれたこいつは、俯き黙り込む俺の側にただ立ち尽くしていた。
「……気付いていたと思うけどさ、俺も吉永さんのこと、……好きで。だから今でも、辛くて……」
俺の耳元でボソッと呟く声は震えていて、小さく鼻を啜る音が聞こえた。
こいつの想いは本物で、まだ立ち直れていなくて、でも俺のことを本気で気に掛けていて。
だからこそ、俺は教室より飛び出していた。
#学園
有栖川 郁太郎
106
#猫塚ルイ文庫