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その後、三人はしばらく療養に努めた。傷そのものはアリシアの聖魔法で治すことができたが、激闘の疲れはどうにもならず、休息が必要だった。

クリスや意識を取り戻したエリスの勧めもあり、引き続き与えられた部屋に引きこもっている状態である。

これは領主たちにも好都合であった。彼らにもお互いの想いを話し合う時間が必要だったためである。

だが、それも三日目までであった。

まだアリシアとビットがぐったりとしている一方、フリッツはすっかりと平常運転に戻ったからである。

遠慮のかけらもなく、中庭を借りて型の稽古を黙々と続ける彼に、クリスが呆れた声をかける。


「あんたって、腕っぷしだけじゃなくて体力も化け物級なのね」

「お姉さま、化け物というのはどうかと思います」


丸テーブルをはさんで反対側から同じ方向を見つめていたエリスが、本人にかわって抗議する。なお、当然のようにテーブルにはティーセットが置かれている。

二人がそっくりな仕草でティーカップを口に運ぶのをちらりと見て、フリッツは特に返事もせずに稽古を続ける。

あの戦いを見た者からは信じられないような、ゆったりとした動きが、ぴたり、と止まる。

棍を腰だめに構えたフリッツの額から汗が珠となって頬を伝う。

それが、顎を伝って地面に落ちようとした瞬間――


「ふっ!」


息吹とともにフリッツの身体がブレた。

超近距離を想定した、上半身だけを動かした一撃。

一歩も動いていないのに残像が残り、靴が地面に大きな跡をつけた。


「うわあ……」

「すごーい!」


その異様さを理解できるクリスがドン引きした声を上げると同時、何もわかっていないエリスは無邪気な歓声を上げた。

エリスは無邪気さそのままに、立ち上がって拍手を送る。

その動きで稽古を終え、フリッツは二人の方へ歩きながら賛辞を素直に受け取った。


「ありがとう」

「すごいのは認めるけど、庭を足跡だらけにしないでよね」


クリスも辛辣なことを口にするものの、笑みを浮かべてタオルを渡した。

フリッツが受け取って、汗を拭う。


「わー! なんかお姉さまとフリッツさん、恋人同士みたい!」


二人の様子を嬉しそうにエリスがはやし立てる。

それは、平和な光景だった。


「ななななな、何言ってるの!」


どもりまくる姉と、照れて視線を逸らすフリッツ。

それがおかしいのか、嬉しいのか、エリスは満面の笑顔になる。


「ねえねえ! もうずっとうちにいてよ! フリッツさんの腕なら、お父様も許してくれるわ!」


無邪気を全面に押し出したエリスの勧誘に、照れとは違う理由でフリッツは目を逸らした。

その様子を、クリスは微笑んだまま見ていたが――

その笑顔には先ほどまでと違い寂しさが多分に含まれていた。




それからさらに二日後、アリシアとビットが復活した。アリシアはさっさと報酬を受け取り、ついでに自らが運んでいた商品のいくばくかを売りさばき、してやったり、とばかりに息をついた。


「思っていた以上に苦戦したけれど、結果は上々ね」


上機嫌な主人の部屋に集められたフリッツとビットは特に口を開くことなく、アリシアが話すに任せる。


「後はお姫様の目覚めを祝う晩餐会ね。わたし達が動けるようになるのを待ってくれていたんだし、義理ぐらいは果たしたいところね」

「それなんですが……」


伝えるべきことを伝えようと、フリッツは口をはさむ。

正直にエリスの勧誘を報告すると、アリシアは上機嫌な様子のまま、逆にフリッツに問いかける。


「なるほどね。まあ、あの暴れっぷりを見たら貴族としては手元に置いておきたいでしょうし、お嬢様としては惚れちゃっても無理はないわね」

「いやいや、それは短絡的な気が」

「恋なんて短絡的くらいでちょうどいいのよ」


フリッツが否定しても、アリシアはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、追及を続ける。


「フリッツだって、憎からず、といったところでしょう?」

「まあ、それは……否定しません」

「でしょう? だから、旅の戦士はお姫様と結ばれて、幸せに過ごしました。めでたしめでたし」


アリシアは我が意と得たりとばかりに頷いて、正面からフリッツと視線を合わせた。


「その選択だって、いい選択よ? あなたにはその力があるし、実際に眠り姫を救ったのはあなた。命の危険がつきまとう旅に、付き合う必要もない」

「そうですね」


全くの正論に、フリッツも頷く。


「でもそれ、会長なら頷きますか?」

「まさか」


フリッツの質問に、アリシアは即座に首を振った。


「でもフリッツはわたしじゃないしね」


その言葉に、フリッツは苦笑を返した。

確かに、自分は目の前の女傑とは違う。しかし――


「俺だって、決めていることくらいありますよ」


アリシアは満足そうに笑みを深くした。

ビットは一言も喋らなかったが、イエスマンらしく、主人と似たような笑みを浮かべた。




晩餐会は親族と主だった部下を集めた小規模なものだったが、内容は豪華なものだった。

決して豊かな量ではないシェルフェリア領だが、領主テオドアの父としての側面がそうさせているのだろう、とフリッツですら感じることができる。


「では、わが娘エリスの目覚めを祝して、乾杯!」


杯を掲げるテオドアの表情が、それを裏付けていた。

参加している面々も、晴れやかな表情をしている。この表情を取り戻すことができたことを思うと、フリッツも誇らしい気分になった。

いい気分で発泡ワインを口にすると、アリシアも同じ気分なのか、珍しくすでに杯を空にしていた。


「今回はご苦労だったな。改めて礼を言う」

「いえ、依頼を果たしたまでです。報酬もいただきましたし、どうぞこれ以上のお礼は無用に願います」


声をかけてきたテオドアに、アリシアは如才なく返す。彼女の外面が酒の一杯ではがれるはずもなかった。


「アリシアさんらしいですね。でもわたし達からもお礼を言わせてください」

「ありがとうございました!」


揃いの空色のドレスを身にまとったクリスとエリスが声をかける。


「ビットさんと、フリッツも。改めてありがとう」


クリスはビットにも微笑みかけ、そしてフリッツに向き直った。


「光栄です」

「こちらも改めて、後遺症もなさそうで何より」


一礼で応じるビットに比べ、フリッツの態度は気安いものだった。先日も鍛錬後のお茶を共にしたこともあり、心理的な距離はビットよりもかなり近い。


「はい! おかげさまでどこも問題ありません」


改めて周囲に聞こえるように復調をアピールするエリスを嬉しそうに見つめるクリスに、フリッツはなんだかエリスが後継者になったほうが頼もしい気がした。

しかし、その不器用なところもクリスのいいところなのだろう。すべてが解決した今ならそう思える。

しばらくお互いの視線が絡み合う。テオドアの眉がぴくり、と動いたが誰も何も言わない。

不意に訪れた沈黙を破ったのは、クリスの方だった。


「ねえ……、ちょっと風に当たらない?」


アルコール以外でわずかに頬を上気させながらの言葉に、フリッツは頷いた。




「お父様があれほど嬉しそうにしているのは、久しぶりだわ」

「まあ、ずっと眠っていた娘が目覚めたんだもんね」

「わたしが戻ってきたこともあるとは思うけど、やっぱりエリスよね」


クリスはちらりと室内に顔を向けるが、すぐにフリッツに視線を戻す。


「全部あなたのおかげよ」

「エリスが目覚めたのはクリスの声が届いたからだよ。正直やばかった」


フリッツが素直に認めると、クリスも思い出したのか、眉を寄せた。


「真魔ね。とんでもなかったわね」

「ああ。初めて戦ったけど。あんなのが複数いたらどうにもならない」

「なんで複数相手する前提なのよ」

「俺の役目は、荒事担当だからね」


呆れるクリスに、フリッツは至極真面目に返す。

真剣なその表情に、クリスは自分の胸が跳ねるのを感じた。


(そうよね……。フリッツは荒事担当なんだから、一番危険が多い)


彼の実力は嫌というほど見せつけられたが、それでも無敵ではない。彼も、傷つく。

それは死ぬことだってあるということだ。


「……」


旨の前で手を握り、クリスは最後まで言おうか迷っていたことを、言葉にする。


「ねえ、この間エリスが言っていたことだけど……やっぱりここに残らない?」


それは、彼の身を案じて口にした言葉。様々な想いがクリスの中を巡ったが、できれば安全にいてほしいという、かつて彼女が目指した戦士からは程遠い言葉。

それを口にさせた感情は、きっと――

それをエリスではなく、クリスが言う意味を正しく理解してくれたのだろう。フリッツは驚きを表情に表して、そして困った顔をした。


「なんていうか、ありがとう。でも、俺は会長と行くよ」


それは、アリシアに彼が恋心を抱いているということでは決してない。彼らの間にあるのは主従を超えた信頼関係だが、男女の感情ではないことは、クリスも確信している。

つまり、自分のこの感情は、それではない何かに届かなったのだ。


「今はさ、俺もっと世界を見て回りたいから」


きっと、フリッツの中で一番大切な目的に、届かなかったのだ。


「……そう」


クリスにもわかっていた。届く可能性がほとんどないことは。

それでも、言わずにいられなかったという気持ちの強さに誇らしさも覚える。

だが、やはり哀しい。哀しいが、微笑む。


「気を付けて。死ぬんじゃないわよ」


男装令嬢が初めて自覚した一人を想う気持ちは、人が訳知り顔で言う通りの結末を迎える。

――初恋は、かなわない。

すべてが完璧なハッピーエンドにはならない。

それでも、気持ちを涙にしないことが、クリスの矜持だった。

それを一層好ましく思い、そしてフリッツも微笑んだ。


「元気で」


短い別れの言葉に、クリスは無言で頷いた。





暖かな春の日差しが降り注ぎ、街道沿いには色とりどりの花が咲き乱れていた。旅をするには絶好の季節ともいえ、冬には道行く人もまばらだった街道には乗り合い馬車が適度に距離をあけ、南北それぞれへと歩みを進めていく。

一台の馬車が、国境を背に南へと向かっていく。

ごとごとと、穏やかに、しかし軽やかに、車輪が音を立てる。

御者台には、二人の男が乗っている。どちらも移り行く景色を楽しむ余裕がないのか、あるいはケガでもしているのか、ごとごとと馬車が揺れるに合わせて顔をしかめていた。

二人はいつものことでもあるが、会話は長く続かず、結果として黙って手綱を握り、周囲を警戒している。

しばらく無言で進んでいると。


「あー、身体中が痛いわ。全部治したはずなのに」


馬車の中から女性のそんな声が聞こえてきた。


「というか、こんな朝早くから出なくても」


御者台にいる二人のうち、長身の方が呆れたように声をかけた。

女性の機嫌を損ねるかもしれない、と思いつつも言わずにはいられないところが、天然モノであった。


「いいのよ。義理は果たしたし、塔は半壊させちゃったしね。もともと長居は無用なのよ」


女性は悪びれずに言う。その言葉には、打算、というものが溢れていた。

男が溜息をつきながらそれでも反論する。


「こんな状態で襲われたらどうするんですか」

「それは、簡単よ」


もっともな意見に、しかし女性はあっさりと答える。


「頼むわよ、荒事担当」

「やっぱり……」


理不尽な無茶ぶりに、諦めの声をあげ、振り返る。

馬車の中をよりも先に、それが視界に入った。

次第に風景の一部となって、小さくなっていくそれは、半壊した城だった。

簡素だがしっかりとした造りで、威風堂々としていた面影はすっかり消えてしまっている。

しかし、それは悲壮感を漂わせてはいない。むしろ近づきがたかった雰囲気が消え、どこか柔らかな印象すら与える。


「クリス達なら、心配ないわ」


気持ちを察してか、馬車の中から軽い言葉がかかる。


「そうですね」


男も軽やかに頷いた。


「彼女達は、取り戻したわ。小さいけれど、幸せな世界を」


しかし続く女性の――男の主人の――言葉には重みがあった。


「それもまた、真実よ。あなたはもちろん、それを望んで得ることもできた。でも、あなたはここにいることを選んだ」


男は、その言葉にしっかりと頷く。


「大切なものだと思います。けれど俺が欲しいものは、そうじゃないんです」


小さな世界ではなく、この広い世界を渡り歩きたい。

たとえそれが、辛く、苦しい道のりであっても。

世界を見たい。知りたい。

そのために、彼はここにいる。

女性の声が、弾む。


「じゃあ、行くわよ。フリッツ、ビット」


視線を城から、前へと戻したフリッツが頷き、手綱を握るビットは一度も振り返らずに頷き、自らの主人に問いかける。


「アリシアさん、目的地は?」

「このまま南へ! 王都を目指すわよ!」


答えた声は、怪我の影響を微塵も感じさせなかった。

その声に応えるように、馬車は速度を上げて、進んでいく。

陽の光を背中に浴びて、前へ、前へと。




崩れかけの塔は、次第に小さくなり、やがて世界へと溶けるように、見えなくなっていった。

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