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『──へぇ、それで爆発した後はどうしたの? スケベで卑しいムラサキの事だし、壁に飛び散ったスイカのカスも残さずキレイに美味しく頂いちゃったのかい?』
住宅街の中に隠れるように作られた公園のベンチで、隣に陣取るニヤけ顔の水色に対し、僕はため息を吐いた。
お互いの家の近くの公園は、夕方のチャイムが鳴り終わっているという事もあり、何処か閑散としていて、周辺に人の姿は見当たらなかった。
もう少し早い時間帯であれば、ペットを連れた人や、ベビーカーを押している主婦とその子供達で賑わっているのだが、去年この公園の前で女子高生が通り魔に殺されて以来、夕方になると極端に人通りが少なくなっていた。
僕は、まるでスポットライトの様に照らしてくる西日に顔を顰めながら口を開いた。『馬鹿なの? 爆発物を食べるなんて危険な事、普通に考えたら有り得ないだろ? それと、スケベで卑しいとか無理やり変なキャラ付けをしようとするのもやめてよ』
ケラケラと笑う水色は、そんな事はどうでもいいよという顔で話を続けてくる。
『でもさぁ、びっくりだよねぇ。私たち小学生の頃からずっと一緒だったのにさぁ! 意外と知らない事もあるんだねぇ』
『水色が転校してくるよりも前の話だからね。それまでは毎年必ず夏にスイカを食べるくらいには好きだったんだけどさ、爆発を体験して以来、何かトラウマになっちゃって食べられなくなったんだ』
『ふぅん。あ! トラウマと言えばさぁ』立ち上がりくるくるとバレエダンサーのように回転した後、こちらに向き直る。
夕日の透ける髪の毛や白い肌に、その容姿が美人な事も相まって目を奪われた。 もし彼女の背に翼が生えていたのなら、皮肉抜きでもその姿は天使に見えるだろう。
『この公園で起きた事件の犯人ってどうなったか知ってる? ほら、通り魔殺人の』
『逮捕されたよ、もちろん。事件の時に近くにいた男の人が取り押さえてて、駆けつけた警察の人達が連れていった』
『ふぅん。まあ、そうだよね……それでね、私が言いたかったのは実は犯人の事じゃなくて取り押さえた人の方なんだけど、ムラサキはそれが誰だか知ってる?』
『いや……知らないけど』そう、僕は知らなかった。
女子高生が殺されそうになっているまさにその時、僕はあろう事か近くの自動販売機で暢気にジュースを選んでいた。
普段から不運なハズの僕はその時、人生初の当たりを引き当ててしまい、間抜けにも、二本目はどれにしようかなぁ♪なんて考えていた。
ホクホク顔でジュース両手に公園に行き……通報したのは、僕。 救急車を呼んだのも僕。 犯人を取り押さえたのは……誰だ?
被害者の方ばっかりに目が奪われて、禄に見ていなかった。
『取り押さえたのはね……なんと、あのマロンなんだよ!』『マロン……?』……えっと……くり?
『え! 知らないの? この街に住んでてマロンの事知らないなんて! さてはムラサキ……もぐりだな?』
『いや、もぐりって……で、そのマロンて何なの? 何者?』
『本当に知らないんだぁ。マロンはね、この街の平和を守ってくれてるヒーローのおじさんだよ! よくゴミ拾いしたり、パトロールとかいって見回りとかしてる太ったおじさん。私、小さい頃ショッピングモールで迷子になった時に一緒にお母さんを探してもらったんだぁ』昔を思い出しながら話す水色は、その太ったヒーローにとても感謝しているのだと言っていた。
『で、そのヒーローのおじさんがどうしたの?』
『特にどうしたって訳じゃあ無いんだけどさ。ムラサキは何か話したのかなって思って。ほら、事件の時ムラサキも現場にいたじゃん』
『確かにいたし、犯人が取り押さえられている所も見てたけど、色々必死でそのマロンって人がどんな人かも覚えて無いよ』
『え! そうなのぉ? 一回でも見たら忘れられない外見してるんだけどなぁ。じゃあ、検索してみなよ! 近くの。ヒーロー。おじさん。亀甲縛り。ムチ叩きで、早く早く!』
『何で検索ワードに亀甲縛りとかムチ叩きも入れるんだよ! 嫌だよ!』
『安心しなよ、ムラサキは縛る側でも叩く側でもないからさぁ! される側だよ?』
『する側かどうかで嫌がった訳じゃないよ!』
なんて不毛なやり取りを交わしつつも、一応検索しようとしてみた。もちろん亀甲縛りでもムチ叩きでも無い。ヒーローをだ。しかし、検索をしようとした、まさにその時。
『あ! ほら! あのおじさんだよ!』水色が指さす先、公園の前を駆け抜けて行くおじさんの姿が目に入る。
だらしない体に揺れる脂肪。 飛び散る汗に荒い息。
確かに、一度見れば忘れる事は無さそうだ。
立ち止まり、汗を拭く。
辺りを見回し、また走り出した。
僕はヒーローのおじさんを見送ると口を開いた。
『確かに、一度見たら忘れられないね。てゆうか、僕もあのおじさん見た事あった気がする。そっか、ヒーローなんだあのおじさん』
言われてみれば、よく街中を走り回っている姿を見掛ける事はあった。
ただ、単にダイエットに励む太ったおじさんだと思っていた。
『これでムラサキも一つお利口さんになったね!私に感謝するように』
『そうだね、ありがとうございます。神様仏様水色さま様』何故だかとても偉そうに胸を張る水色の言葉を軽く受け流す。
『ふふん! まぁ、大した事じゃあないよぉ』……本当に大したことじゃない。そもそもどうしてこの話になったのだろうか……そうだ、水色が『私の知らないムラサキのエピソードを教えてよぉ!』って急に言い出したからスイカの話をしたんだ。
爆発の日も、今日と同じような暑い日で……。とても蒸し暑い日で……。汗も止まらないような記録的な猛暑日で……。
『ねぇ、暑くない? この公園日かげも無いしさ、場所移そうよ』夕方とはいえ、夏真っ盛り。息を吸えば噎せ返してしまうような湿度を含んだ熱気は体に纏わりつき、背中とシャツをぺったりとくっ付けている。
容赦なく上がる気温はまるで、太陽と地面が結託し、イタズラに地球温暖化を促しているような気さえする。
『そうだねぇ、確かに東京の蒸し暑さは異常だもんねぇ。これならそのままサウナとして営業しても何とかなっちゃいそう。ちょっとした海老シュウマイくらいなら、その辺に置いておけば多分勝手に蒸しあがるんじゃないかなぁ』
『流石に無理があるでしょ。海老シュウマイなんか置いてたら蒸しあがる前にカラスに食べられるか、それこそヒーローのおじさんに掃除されちゃうよ』
『もう! 現実的だなぁ。ムラサキはもう少し会話を楽しんだ方が良いよ! もっとこう、なんて言うか、ユーモアを持ってさぁ! 会話だけじゃなくて色んな事にもっと興味を持って、若者らしくドキドキわくわくムクムクしなよ!』
『何そのドキドキわくわくムクムクって……水色はもう少し自分の言動に慎みを持った方が良いよ。女の子なんだから』
『なになに〜? 私の事女の子として意識してくれちゃってるのぉ? キャー恥ずかしい! ムラサキも男の子なんだねぇ』
先程から終始ニヤけ顔で軽口を叩く水色の小憎たらしい事……。 小学生の時からの仲だし、これまでも憎たらしい事は多々あったが、今が一番憎たらしい……。 まさに、憎たらしさの旬……。
──で、僕たちは公園を出て移動をしていた。場所移そうとは言ったものの、何となくで歩き出した為、特に何処に向かうでも無く進んでいた。
赤信号で止まり、青に変わって渡り、踏み切りで止まり、開けばまた渡り、日かげを見つければそこを通る。
そうこうしていると大きな病院が見えてきた、中学生の時何度も通った病院だ。
別に僕の体の調子が悪くて通院していた訳では無いし、家族の誰かが入院していた訳でも無い。
入院していたのは、水色だ。
『あ、ねえねえ! あの病院覚えてる? 私少し入院してたよねぇ! 懐かしいなぁ』
『中学の時だから五年前くらいかな。水色が倒れた時は本当に驚いたよ』
『そういえば救急車呼んでくれたのムラサキだったね! いやぁ助かったよぉ! もう少し遅れていたら結構ヤバかったらしいし、君は私の命の恩人だね! 感謝感謝』
『そんな感謝されるような事はしてないよ。救急車が来るまでの時間も、病院に向かってる車内も、オロオロするばっかりで禄に君を励ます事も出来なかったじゃないか』
『あれ? そうだっけ? それでも私はムラサキが居てくれて安心したけどなぁ……あ、覚えてる? 一緒に近くの神社にも行ったよねぇ、久々だし行ってみようよ』
『え、神社? そろそろ暗くなってくるけど大丈夫かな……怒られたりしないよね?』
『だぁいじょうぶだってぇ! 怒られたら一緒に謝ってあげるからさぁ! ほら、早く早くぅ!』
『あ、ちょっと待ってよ!』
走り出す水色の背中に声を掛ける。どうしてこんなに元気なのかと甚だ疑問に思いながらも、その後ろ姿を見失わないように必死に追い掛けた。
走って数分、神社に到着した僕は息を切らし、両膝に両手をついて肩で息をしていた。先に到着した水色はといえば……。
『まったく! ムラサキは体力が無さ過ぎ! ニートでいつも引きこもってるからこんな少し走っただけで息を切らしちゃうんだよ! たまには外に出て運動しないと!』息切れなど一切せず、痛い所まで突いてきた。
『はぁ、はぁ。でもさ、やっぱりちょっと懐かしいね、神社。お参りのやり方とか訊いてやったもんね』
『そうだねぇ、せっかくだしお参りしようよ! それとおみくじ!』
『せっかくだしって……別に良いけどさ』
『あれぇ、あんまり乗り気じゃないねぇ。ムラサキは叶えたいお願い事とかそんなの無いのぉ?』
『……特に、無いかな』
叶えたい願い事……そんなの……。 そんなもの……ある! あるに決まってる!
でも、僕の願い事はもう叶わない。
不運な僕には、もう、お願いして何とかなるような願い事なんてものはこれっぽっちも存在しない……。
『まあ、前も神主さんが言ってたじゃん! お参りは願い事するって事じゃなくて、自分がこれから頑張る事を表明する事がなんちゃらかんちゃらって! ほら、お参りしておみくじ引こうよ!』
そう言って進んでいく水色に付いて行き、僕たちはお参りをした。昔、神主さんに教えてもらった通り、正しいやり方で。 その後でおみくじを引くことにした。水色は僕が何を引いたのか凄く気になるみたいで、こちらの様子を窺っては『何が出たの? ねえ、早く早く早くー!』などと言ってくる。小憎たらしい、さすが旬だ。
そして僕が引いたのは。
『え? 何これ』
……秀吉……。
『あはははははは! なにそれぇ! 豊臣の? ねぇ! 豊臣なのぉ? 本当ムラサキは想像を超えてくれるから嬉しいよぉ! どうなってんのそれぇ』
『いや! なんなの、まじで。秀吉以外には何も書いてないし、読み方も分からない。やっぱりヒデヨシなのかな、でも大吉とか中吉と読み方同じならヒデキチ……いや、シュウキチか?』
『もう読み方なんてどうでもいいじゃん! ムラサキは本当引きが強いなぁ。何か良い事あるかもしれないよ! 前もさ、この神社でおみくじ引いた時変なの引いたよねぇ。私、すっごく羨ましかったなぁ。覚えてる? あの時の事』
『覚えてるよ、流石に』
そう、覚えている。その日は他にも色々な出来事があった。むしろその日だけではなく、その前。つまり水色が入院する事になった日からしばらくの事を覚えている。 中学生の時、僕の家に遊びに来ていた水色が『どうしても紅茶が飲みたい!』と騒ぎ出したので、二人で紅茶の準備をしていた時の事だった……。