テラーノベル
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扉を押しあけると、薄い光が俺の顔に降りかかった。
廊下よりは明るいけど、不自然に静かだった。
まるで、ここだけ時間が止まっているみたいだ。
職員室の匂いは、昔と同じ……なはずなのに、どこか違う。
紙とインクの匂いに、鉄みたいな生ぬるい匂いが混ざっている。
俺はそっと中へ踏み込んだ。
机やキャビネットは、ほとんど元の形を保っていた。
他の場所と違って崩れていない。
そのこと自体が逆に不気味だった。
「ここ、だけ……無事って、どういうことだよ。」
声にしてみると、心臓の鼓動が少し落ち着いた気がした。
部屋の奥にある、校長先生の机に目がいった。
引き出しのひとつだけが、ほんの少し開いている。
……いや、待て。
そんなホラー映画みたいな展開、ほんとにある?
けど、見なきゃ進めない気がした。
ここの“何か”が俺をここに導いた理由があるなら、それを知らない限り出口なんて見つからない。
俺はゆっくりとその机に近づいた。
足音がやけに響く。
まるで部屋全体が、俺の動きを見張ってるみたいだ。
震える手で、開きかけの引き出しをそっと引いた。
——その瞬間。
中から、音もなく紙が一枚ふわりと落ちた。
「……なに、これ。」
拾い上げると、そこには見覚えのある文字が並んでいた。
『ゆあんへ』
その四文字を見ただけで、胸の奥がズキッとした。
思い出したくない何かが、ゆっくり浮かびあがってくるような痛み。
紙には続きがあった。
『約束は、覚えているかい。
また来ると言った君を、私はずっと待っていた。
だから——戻ってきてくれて、ありがとう。』
……また来る?
俺がそんなこと言った?
確かに、卒業式の日——。
校長先生と廊下で別れたとき、
「また遊びに来ますね」
みたいなことを軽く言った気はする。
でも、そんな“社交辞令みたいな一言”を、ずっと……?
「……そんなの、ただの挨拶だろ。」
手が少し震えていた。
これは、校長先生が書いたのか?
でもこの字……どこか不自然なんだよな。
丁寧だけど、歪んでる。
チョークで黒板に書かれた『戻ってこい』と同じ、あの不安になる感じ。
そのとき。
*——ゆあん。*
声が、真後ろから聞こえた。
「っ……!」
一気に血の気が引いて、俺は振り向いた。
そこには——誰もいない。
職員室の入り口も、机の列も、影ひとつ動いていない。
でも確かに、耳で聞いたというより、背中に息を吹きかけられたみたいに“感じた”。
*——また来てくれたんだね。
ずっと、ずっと……ここにいてくれるだろう?*
優しい声なのに、足首に鎖を巻かれてるみたいな重さがあった。
「やだよ……。俺は帰る。みんなのいる家に帰るんだ。」
思わず声を荒げた。
すると、部屋の空気がギシ、っと軋むように揺れた。
紙が一枚、風もないのにふわっと舞いあがる。
カレンダーがガサリと揺れ、蛍光灯が一度だけ点滅した。
*——帰さないよ。*
その声は、ほんの少しだけ怒っていた。
子どもが大事なものを奪われたみたいな、そんな怒り。
次の瞬間。
職員室の入口が、ぐにゃっと曲がり、
黒い影の塊みたいなもの がうごめきながら塞ぎはじめた。
「ちょ、待て——!」
出口が、飲みこまれていく。
*——だって、君は約束を守りに来たんだろう?
なら……ずっとここにいなきゃ、だめだ。*
その声は、優しい笑みを浮かべているように聞こえた。
でも俺にははっきりわかる。
これは“生きている誰か”じゃない。
校長先生の……歪んだ記憶と怨念が混ざった、別の何かだ。
「……俺は、帰る。」
声が震えたけど、言い切った。
途端に、影がザワッと揺れ、部屋全体から怒りの気配が噴き出す。
机が震え、棚のファイルが落ち、紙が舞い上がった。
*——どうして。
どうして……離れていくんだ。
ゆあん。戻ってきてよ……戻れよ……戻れ。戻れ。戻れ!*
もはやそれは“言葉”じゃなく、叫びだった。
俺は、息を吸いこんで——
一番近い窓へ走り出した。
出口はもう塞がれた。
なら、飛び出すしかない。
背後から、黒い影がうねりながら迫ってくる音がして——。
コメント
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今回も楽しいお話ありがとうございました!!これで先生役がじゃぱぱさん達の可能性はほぼゼロですね笑!先生ゆあんくんに依存してたのかな…?続き楽しみにしてます!