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十数人の少年たちは、色とりどりの料理が並ぶ食卓を囲った。オレンジ色の電球が、窓の外をよりいっそう暗く見せて、肉料理の脂にキラキラと光る。彼らは警軍志望とは思えない、それはもう浮かれた顔で、並べられた料理を見つめる。
「そんじゃ、新入生の入学を祝って、乾杯。」
徇がそうグラスを上げると、みんなは一斉に「かんぱ〜い!」と、各々のグラスを前に差し出した。チリンチリンとぶつかる音に、「そこ。行儀が悪い、ぶつけるな!」と怒号が飛ぶ。
わちゃわちゃごちゃごちゃした食卓。恐縮する1年生に向かって、グラスをぶつけた張本人である灯向は微笑んだ。
「おれは鈴村 灯向。はじめまして1年生、今日会えるのを楽しみにしていたんだ。今怒鳴ってるのがジュン、あそこのヤリチンみたいな顔してるのがトト、車の修理してそうな長髪がユウ。4人で、今年の4年生だ。」
「あ…ぞ、存じ上げております。光栄です!」
「そう固くならずに。ほら、ジュンが君たちのために腕をふるった料理たちが冷めちゃうよ。」
灯向は遠くの皿を、1年生たちのもとへ運んでくれたようで、適切な量をそれぞれの皿にとりわける。すると灯向の横から、長身の男がひょこっと顔を出した。
「小さな小さなヒナタくん、誰がヤリチンだって?あとトトじゃない、レントだから。」
「これはこれは、身長しか取り柄のないトトくんじゃありませんか。小さいのは君の脳みそだけだよ。」
「死ね」
そう言うと、蓮人は桜人の皿からおかずをつまみ、自分の席に戻って行く。
「あー!ハスちゃんがサクラの食べ物奪った〜!4年生が1年生いじめてる、こわ〜!」
陸が蓮人を指さした。先程からやけにテンションが高い徇にギロリと睨まれ、蓮人は「誤解誤解!」とヘラヘラする。
「いや、誤解ではないけどさ、別にいーだろうが、兄弟なんだから。」
「……え?」
その場の全員の視線が一気に桜人に向いた。桜人は少し恥ずかしそうにしながら、「兄さん…!」と微笑む。
「1年、俺は小城 蓮人、このポンコツの兄ちゃん。お前ら、こいつはサクラト、俺の弟。よろしく」
よく見てみれば、顔立ちが似ている。黒く艶やかな髪に高い鼻、つり目に少し気味の悪い瞳、下がり眉。どうして今まで何とも思わなかったのか、それはきっと、桜人には蓮人にはない「いい人オーラ」が漂っているからなのだろう。
「おい……特待生にアニキがいるなら、先に言っておけよ。」
光が小声で耳打ちすると、桜人は「ごめんごめん」と顔を赤くして笑った。
「はーい!ちゅうもーく!!んぐ…」
食事も盛り上がってきた頃。リクが片手にチキンを掴みながら立ち上がる。
「特待生のみんなにお知らせでーす!2週間後、学年最初の抜き打ちテストがあります!文学、数学、地理学、歴史学、物理学、化学、生物学の8教科!20位までは廊下に順位が張り出されるので、特待生はいい順位とるように!」
普通に返事をする者もいれば、不満を漏らす者もいた。そうだ、食事会が楽しくて忘れていたが、この先には過酷な学校生活が待ち受けているんだった。
「おい、リク。言っちゃったら、抜き打ちじゃないんじゃね?」
「いい質問だねトアくん。特待生は警軍の手伝いをする関係で色んな国から任務を受ける。つまり学校の評判にも直結する、だから俺たちには、抜き打ちでもなんでも事前に備えられるように連絡がくるんだ。」
「は、はぁ…」トアは納得した様子で頷く。
縷籟は法典の国なのに、そこらへんはルーズなのか…そう思うとなんだかおかしくて、光はクスッと笑った。
食事会が終わり、4年生以外の学年の生徒は、各々の寮の方向に散らばった。空にはすっかり月が昇っていて、虫やカエルの鳴き声が、短い春の夜に大きく響き渡る。
みずなは空を見上げた。あいにく少し曇っていて、星は見えない。灰色の雲に霞む淡く黄色い月を見ていると、なんだか憂鬱になってくる。それでもみずなは上を向いたままだった。
「君の顔に劣らない綺麗な月だね、みずなくん。」
同じ寮にいる3年の先輩に話しかけられた。みずなはそちらを振り向きもせず、淡々と言う。
「僕には霞んで見えますよ。」
「冗談だよ。霞んでいる月なんて見てどうするのか、って揶揄ったんだ。」
そこまで聞いて、みずなはやっと、その3年生を振り向いた。そこにいるのは、いかにも優しそうな顔をした少年だった。
「こんばんは、僕は特待3年生の佐貫 海斗。ルームメイトだ、よろしくね。あっちは同級生の……」
「興味が無い。僕は話すことが好きじゃないから、あっちに行ってくれない?」
みずなの塩対応にも、その3年生…海斗はニッコリ笑った。なんで笑ってるんだ、気味が悪い…みずなは足を速める。
いくら先輩だからといって、敬うつもりはない。これから同じ屋根の下で暮らすからといって、つるむつもりもまったくない。義理や礼儀に縛られた人間関係ほど面倒くさいものはない、それが偽りであればなお。
そもそもなんだよ、「君の顔に劣らない綺麗な月」って。口説きたいのかな。
(…胃が気持ち悪い。食後はいつもこうだ)
海斗のせいで、変なことを思い出した。もう思い出す必要も無いのに…みずなはやっと、「逃げれた」のだから。
揶揄うのに飽きたのか、幸い、海斗はどこかへ行った。家に帰るまで吐き気に耐えられるか…微妙だ。みずなはさらに足を速めた。
「…大丈夫?」
突如、隣から聞こえた声にみずなはビクッと驚く。左を向くと、他の3年生がいた。高い背に優しそうな顔、この人は確か…
「コン先輩。僕に何か用でも?」
「しんどそうに見えた。顔が赤い。熱もあるんじゃない?」
土風 紺…淡い月明かりを受けて、胸元に光るのは首席合格の勲章。この年の3年生、211期生のトップだ。食事会ではまったく喋らず料理を平らげていた、恐らく食いしん坊なのだろう。みずなは料理を美味しそうに食う奴が嫌いだ。
「…ご心配ありがとうございます。平気です。」
「平気そうに見えないから声をかけた。期待の新入生、自分の体調管理もできずどうするの?」
今のみずなにとって、人との会話が一番のストレスであるであることなんて、紺には知ったこっちゃない。紺はみずなを背負おうと、その場にしゃがんだ。
「ほら、乗って。」
「あ、いや、僕は……」
「…やめてあげなよ、ツチカゼくん。」
…また声が聞こえた。振り返ると、髪が長い少年がこちらを見ている。綺麗な翡翠色の瞳だ…縷籟人ではないのか。
「…ササメくんが言うなら。ごめん、ミズナくん。」
紺はその少年の顔を見るやいなや、腰を上げた。こんなにあっさり…みずなには、紺が、どこか怯えているように見えた。状況から見るにその対象は明らかに、ササメと呼ばれた少年であろうが、みずなの目に映るササメは大人しそうなただの少年だ。
紺はみずなに何かを耳打ちすると、そそくさとその場を去った。
「…自分は柊 ささめっていう。よろしくお願いします、ナナセさん。」
ささめも去っていく。それをじっと見つめてから、みずなは自分の体調が悪いことを思い出して、急いで家に向かった。
(どうにかなった…。)
力尽きて、ベッドにダイブする。
白い天井を見上げて、みずなは考えた…先程、紺が去り際にみずなに耳打ちした言葉。
(「ササメには逆らっちゃいけない」。コン先輩は、確かにそう言った。)
どういう意味だ。そういえば朝、陸が言っていた。「3年生は今でもこんな感じだよ。ううん、正しくは、2人組ができちゃって、余った1人が4年生にくっついてる感じだけど」。
今日の食事会を見るに、恐らくだが、「4年生にくっついてる1人」は紺だ。みずなは人間観察が得意である、紺がやけに灯向にくっついていたこと、そして海斗とささめが仲良さそうに話してる様子はちゃんと見ていた。そして紺は、ささめに怯えている…。
(いじめとか、そういうのじゃなさそうだけど…随分、面倒臭そうな学年。)
3人しかいないのに、よくここまでピリつく。まぁ、自分には関係がないけれど。
みずなは重い目を瞑った……次に目を開けると、太陽が昇って、朝になっていた。
「こんにちは。リクはいますか?」
2年生の教室に入る時、光は怯えなかった。周囲から向けられる羨望や物珍しいものを見るような目には、今日の午前までの授業でかなり慣れてしまった。光は自分の性格が良くないことを自覚している、自分の中に少なからずある優越感に嘘をつくつもりはない。
「あ…あっ、………み、ミツルくん。リクくんは今、えっと………先生に呼ばれていないんだ。な、何かあった……?」
「あ、ソラでもいい。質問があって…」
テストのことは一般生徒に聞かれてはならない。光は誰もいないところまで空を連れ出し、気になっていたことを色々と質問した。
空はたじたじとしながらも、適切な言葉を選んで、分かりやすく回答してくれた。こちらも陸同様、さすが特待生といったところだろうか。その弱々しさのせいで忘れてしまいがちだが、この人も一応、あの殺戮マシーンとの地獄の追っかけっこを突破している。舐めてはいけない相手であることは誰もが理解しているのか教室で囲まれてる様子もなく、それを踏まえた上でもあるが、光には、なぜこの人がこんなにもたどたどしく会話するのか理解できなかった。陸のようになれとは言わないが、今の空は、あまりにも…言葉を選ばずに言うと「コミュ障陰キャ」すぎる。
でも聞くのも失礼だしな…などという躊躇は、光の中には存在しなかった。一通りの質問が終わったところで、光は空に訊く。
「空はどうしてそんなに弱々しく喋るんだ?よく陸と仲良くなれたね。」
「えっ!?きゅ、急だね………は、恥ずかしいことに……この喋り方は、えっと…生まれつきなんだ。」
空ははにかむと、少し長くなるけど、と前置きをして話し出した。
10歳、春だった。縷籟帝国では、11歳から13歳まで3年間の義務教育期間がある。
僕、星川空は晴れて近くの学校に入学し、見事にぼっちの生活を送っていた。話すのがあまり得意ではないから、自分には友達なんてできやしない、そう思ってた。
僕が勇気を振り絞って、運動部の部活体験をさせてもらった日のこと。僕はそこまで運動が得意ではないけど、根暗な性格をなおしたくて、あわよくば、友達ができたら、なんて……この時の僕には感謝しなくちゃいけない。
その日、僕は、1人の先輩に惚れた。もちろん恋愛とか、そういうのじゃないし、男の先輩だし。その先輩は月山 陸さんっていった。僕にはとても眩しいくらいに明るくて、元気いっぱいで、(少しだけギャルっぽくて怖いけど、)僕の視線はその日から、リク先輩に釘付けになった。
そんなある日、僕がジロジロ見てるのが、リク先輩にバレた。「ねえ君、ソラくん、だっけ。仮入部の日から、やけに俺のこと見てるよね?どうかした?」って。今思えば、リク先輩はかなり優しく話しかけてくれてたのに、僕、テンパっちゃって。嘘をついたら殺されると思った。
「えっと…………先輩が、すごく、か、かっこよかった、から……ご、ごごごめんなさい、迷惑でしたよね、や、やめますっ。」
なんて、バカ正直に気持ちを伝えちゃった。嫌だ、引かれたくない……けれどそんな僕を見て、リク先輩は何か感動したように目を見開いて、クスッと笑ってから、「よし、ソラくん。今日から俺の友達ね。」なんて言うんだから、びっくりしたよね。
いきなり僕の憧れの人との距離が縮まったってことに心が追いついてなくて、しかも僕は人間関係に慣れてなかったから消極的だったけど、リク先輩はずっとそんな僕に付きまとって、時には仲間のギャル数人で僕を囲って、髪の毛いじられたり。そんな先輩たちを見て、もしかして人間関係って、そこまで難しく考えなくてもいいのかな…とか思ったり。
そのまま月日が経って、僕、リク先輩に言ったんだ。
「り、リク先輩っ!」
「先輩〜なんていいって、リクって呼んで。なんだい?」
「えっと……僕、喋るのとか、得意じゃないし……えっと、あっ、り、リクくんにっ、あんまり釣り合わないっていうか………」
それでも、仲良くしてね。……その言葉を遮って、リクくんは、
「ソラちゃんはめっちゃ優しいし、いい子だし、むしろ俺が君と仲良くしてていいのか疑問に思っちゃうくらいには素敵な人だよ。大丈夫、俺、ソラちゃんが思ってるいじょーにソラちゃんのこと大好きだから!」
正直、こんなかっこいい人と自分が仲良くしてていいのか、あまり自信がなかった。確証がほしくて、仲良くしてねなんて、指切りしようとしちゃった。多分リクくんは、僕が、「仲良くしててもいいのかな?」って、質問すると思ったのだろう。やっぱりかっこいいや、この人。僕はリクくんの言葉に、とても、とっても、救われたような気持ちになった。
「あの日から……僕、ずっと、リクくんの背中だけを追いかけて、突っ走ってきた。憧れなんだ、ぼ、僕もいつか、リクくんみたいな……周囲を明るく照らして、言葉で人を救えるような、素敵な人間になりたい。」
「うんうん。ソラちゃんが俺をそんな尊敬してくれてたなんて、感動で泣きそうだよ…。」
「えっ………?」
先程まで陸との思い出話を嬉しそうに話してた空の顔が、真っ赤になった。空の後ろには、ニコニコしながら涙を流してる陸がいる。
「リクくんっ…!?い、いつから………。」
「ソラがリクに惚れたってところくらいからいたよ。」
「その表現にはさすがの俺も思わずドキッとしたよね〜。ソラちゃんとの友情はもう終わり、今日からはトモダチ以上♡になっちゃうのかと……。」
「あ……ぁ………。」
空は目に涙を浮かべて、光を睨んだ。どうして教えてくれなかったのか……そんな訴えがひしひしと伝わって、光は「だってリクが、しーって言うから。」と苦笑する。
「ソラちゃん、背後の気配に気が付かないなんて警軍失格だよ!そんなに熱中するほど俺のことを想ってくれてたのは嬉しいけど。」
「う、うぅ……。ふ、2人とも、ひどいよ……!」
「え、おれも?」
「なんならミツルくんが一番ひどいまであるよね〜、ソラちゃん。」
「そんなことないだろ。」
しばらく談笑していると、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「わ〜っ、ずっとソラちゃんの話聞いてたからお昼ご飯食べれなかった!授業中コッソリ食べるしかないな…。」
「うわ、おれもだ。改めてありがとう、ソラ。質問に答えてくれて。」
「あ、う、ううん。ミツルくんの、役に立てたなら、それでじゅうぶんだよ。」
光は足速にその場を去った。
「さて、ソラちゃん、いこっか。……ってあれ、ソラちゃん?」
自分をガン無視してそそくさと教室に帰っていく空に、陸は笑う。
「まだ拗ねてるの?ごめんじゃん、許してよ〜!」
反省もせずヘラヘラ笑って……いや、そういうところが好きなんだけど。空はいっそうムキになった。
「…ふん!り、リクくんなんてしらないから……!」
続く
カイト、ササメ、コン
キャラ提供ありがとうございました🌸
4年生が4人、3年生が3人、2年生が2人、1年生が5人。全員揃いました、これからもよろしくお願いします。