夢香と鷲本憲和弁護士の不貞の証拠写真はすでに五日分もたまっている。交流面会日直前、僕はそれを持って僕の代理人である杉原弁護士のもとを訪れた。
「証拠は完璧ですね。慰謝料で三千万払えって吹っかけてみましょうか? 払えば奥さんには黙っててやるって言えば払うかもしれませんよ」
「それは恐喝では?」
「そんなのは伝え方次第。僕だって弁護士ですからね、恐喝にならないようにうまく伝えますよ」
本音で語ってくれるこういう人は信頼できる。でも僕はお金がほしいんじゃない。鷲本弁護士夫妻を破滅させたいんだ!
憲和弁護士が夢香以外の顧客の女性とも不倫している証拠写真をテーブルの上に並べてみせた。写真の中の女性はほかに二人。一人は自殺した只野佐礼央の妻の詩多子、もう一人はやはり離婚問題で憲和弁護士に相談中だったという望月茉利子という二十代の女性。
「うほっ。これはすごい! 彼は子どもの頃から秀才で出木杉君と呼ばれていたらしいが、本当は矢理杉君だったんですね」
誰がうまいことを言えと……。杉原弁護士のジョークを無視して、僕はお金より制裁を優先したいと力説した。
「鷲本弁護士の事務所に行ったとき、只野佐礼央さんという男性と知り合いました。彼は奥さんに不倫されて、一人息子を奥さんに誘拐されて、不倫の制裁をしたら息子に会わせないと脅されて制裁も断念したのに、やっぱり息子さんに会わせてもらえなかった。その後面会交流調停を申し立てて、裁判官の審判により月に一度の面会を認められても、それも守られなかった。それでも息子さんに会える日を信じて、彼は不倫相手と同棲中の奥さんに毎月婚費を払い続けていた」
「彼はどうなりました?」
「三月に首を吊って自殺しました。奥さんの同棲相手の男に息子さんを殺されたと知ったその日のうちに。その日の夜、鷲本夫妻が彼の家に現れました。この家も奥さんのものになるからまた儲かるなって笑ってましたよ。きっと彼が生命保険に入ってればそれも全部奥さんのものになって、鷲本弁護士はそこからも報酬をピンハネしたに違いない。僕は只野さんの仇を取りたい。たとえ不倫された慰謝料として三千万払わせたって、離婚ビジネスでビルを建てられるほど荒稼ぎしている彼らを破滅させることなんてできないじゃないですか。悪徳弁護士たちはうまくいってない夫婦を食い物にして、相談に来た奥さんにうまい話を吹き込んで荒稼ぎしてきました。きっとマニュアル化されてるんでしょうね」
「離婚ビジネスのマニュアル?」
「つまり、相手に黙って子どもを連れ出せとか、その際持っていけるだけのお金を持ち逃げしろとか、夫が連れ戻しに来たら警察に逮捕させろとか、別居したら夫の支払い能力なんか無視して法外な金額の婚費を請求しろとか、わざと相手を怒らせてDVをでっち上げて夫有責で離婚しろとか、離婚しても子どもを会わせず養育費だけ払わせろとか。それをやられて、どれだけ多くの夫婦が憎み合った末に破局に追い込まれたことか。子どもを連れ去られた旦那さんが何人も自殺してるのに、鷲本弁護士はそれさえもビジネスチャンス到来とほくそ笑むだけ。鷲本弁護士だけじゃない。彼らのような人の皮をかぶった悪魔のような弁護士は全国にそこらじゅうにいる。夢香や松永がいくら悪人だとしても、彼らの被害者は僕や松永の元奥さんなど数人にすぎない。でも鷲本夫妻の被害者は直接的な被害者だけでも数十人、子の連れ去りにより孫に会えなくなったおじいちゃんやおばあちゃんなども含めればきっと数百人規模になるはず。しかも離婚ビジネスを手がける弁護士は鷲本弁護士以外に全国に何百人といる。彼らの被害者の人数を全部数えたらすごいことになるでしょうね。僕は彼らに一矢を報いたい。特に、鷲本憲和は依頼者夫婦のお金だけでなく、依頼者の奥さんの体まで食い物にする鬼畜。彼を破滅させるいい方法は何かありませんか?」
杉原弁護士は彼なりに真剣に考えてくれたと思う。その彼の答えは、「ありません」だった。
「鳥居さんが許せない気持ちはよく分かります。でも鳥居さん自身が一番よく分かっておられるはずです。単独親権制度の下では、連れ去り勝ちの現実は変えられません。彼らのしていることに賛同はできませんが、彼らは現状システムをよく分析し、あくまで合法的に商売しているのです。憲和弁護士の場合は複数の依頼者の女性と不倫関係にあるという攻撃材料がありますが、たとえばそれを週刊誌に売り込んだところで、誌面で取り上げてくれるかどうか。取り上げてくれたところで、彼を破滅させてやりたいという鳥居さんのご期待に添える結果になるかというと微妙でしょうね。破滅した彼を肴においしいお酒を飲みたいという強い気持ちなら、僕も人一倍持ってるつもりですけどね」
佐礼央さん、すまない。あなたの仇を取ることは想像以上に難しそうです。
心の中でそう詫びながら、重い足取りで杉原弁護士の法律事務所をあとにした。
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