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私達は永遠だった。

孤独の中で出会った私達は、お互いがお互いだけの特別で、それは永久に続くんだって。

それが、当たり前だと思ってた。




両親が死んだのは7歳の夏だった。

梅雨時期で雨が絶えない中、1日だけ晴れた立夏。折角なので遠くまで遊びに行こうと計画していた私達家族は利用者数の多い電車に乗り、遊園地の行きの電車に乗っていた。

その時だった。突然降った大雨によって電車が脱線し、後に悲劇と呼ばれるほどの大事故が起こった。車掌を含み970名ほど乗っていた電車は、横転を含んだ強い衝撃によって全員が死亡となってしまった。

たった一人、幼い私を除いて。


両親の葬式では、私は数人から酷く罵られた。「あんなに酷い事故で、一人だけ生き残るなんてありえない。」「あの子達はアンタを庇ったせいで死んだ。」「お前は死神だ。」

今でも耳に染み付いている。悲願が入ったような、苦しいような、切ないような。大切な人を失った大人達にとって、私は都合のいい捌け口になったのだ。

何人かの親戚が私を引き取ろうと言い出したが、それを認めない人間は多かった。そのため、無慈悲にも私は他県にあるこじんまりとした孤児院へと収容されることになった。

自分は死神なんだ。自分がいたら、他の人が不幸になってしまうんだ。幼い私にはその感覚が染み付いていた。話しかけてくれる孤児院の先生にも、同年代の子供にも、私は不相応な態度を取った。もう、誰も辛い思いをしてほしくない。そんな単純な思いだった。

そうしてどんどんと周りとの距離が開いていき、本当の孤独になっていった8歳頃。孤児院に一人の白い髪の女の子が入ってきた。


第一印象は「小さい」。まだ平均身長も低く、身体も痩せている子供が多い私達の年代でも際立ち、彼女は背も身体も小さかった。

白色で日本では見ないほど綺麗な睫毛、大きく開かれた白色の瞳、サラサラで、ショートカットに切られた白い髪。ボロボロの白い洋服。全身を白色で包んだ可愛らしい彼女はまるで、昔母が読み聞かせてくれた絵本に出てくる妖精のようだった。

そんな妖精と、仲良くなるまでに時間は掛からなかった。


『ねぇ、あなた名前は?』

本を読んでいる私の顔を覗き込み、彼女は丸い瞳で私に尋ねる。

『……なに?』

『あなたがね、他の子と違って、ずっと一人でいるから。気になったんだ。』

彼女は無邪気に笑った。幼い子供特有の穢れないそれは、同い年でありながら穢れを知っている私には深く突き刺さった。

『なにそれ……私は、アゲハだよ。』

『アゲハ?あのチョウチョのアゲハ?かわいい名前だね。』

『そういうの良いよ……あんま、名前好きじゃない。虫、苦手だし。』

私が彼女から目を逸らすと、彼女は不思議そうに私を眺める。

『そうかなぁ?それに、チョウチョならわたしも同じだよ。』

『どういうこと?』

『わたし、シヨリって言うんだ。白色の白に、チョウチョの蝶でシヨリ。可愛い名前でしょ?』

彼女は笑う。それが彼女との初めての会話だった。独特な雰囲気で、明るいのにふんわりとしている彼女に、孤児院の部屋が同室になったことも重なって、私は不思議と心を許していくようになった。


シヨリはいつだって明るかった。

悲しいことがあっても屈さず、悲しんでいる周りを慰めて元気づけるような性格。でも何処か掴めず、穏やかで、明るい中に暗いところを持っている。彼女の雰囲気は、見た目だけではなく、性格も含めて「ふわふわしている」と言えた。


シヨリは小さな身体と反比例して、よく食べる子だった。

給食の時間も、パンやデザートを残す子の分は貰って食べていたし、少食な私の分も彼女に与えていた。どんなものでも「おいしいね」と言いながら食べる彼女の笑顔は、普段の彼女の唯一見える心の底からの笑顔だった。それがどうしても嬉しくて、少食なことから嫌いだった食事も好きになった。

いつしか私は、「死神だ」と卑下されていたトラウマも忘れて、彼女と過ごすためだけに生きるようになっていた。孤児院の先生からも、「アゲハちゃんは明るくなったね。」とよく褒められるようになり、全てが順風満帆だった。


シヨリが11歳になった春。シヨリの様子がおかしくなった。

よく咳をして座り込んだり、先生と何か深刻そうな顔で話して何処かに出掛けたり。今まで健康で、その上先生と仲良く話すタイプでもない彼女のその光景は、明らかに異様と言えた。

私は何度かシヨリにそのことを訪ねたが、「なんでもないよ。」とはぐらかされるだけで、何も伝えられなかった。違和感を覚えつつも、私に言わないということは然程大したことではないのだろう。そう思っていた。


ある涼しい夏頃。

シヨリは突如倒れた。

急いで病院に運ばれた。倒れたときに一緒にいた私と孤児院の先生が同伴し、救急車は国立病院へと向かった。

時刻は夜中を回り、一人自販機が光る暗い待合室で待っていると、孤児院の先生とシヨリは診察室から出てくる。シヨリは色白の肌を更に白くさせ、右手で左腕を抑えている。私は急いで「シヨリ!大丈夫なの?」と聞くが、彼女は「ただの熱中症だよ。」と笑う。

流石にありえないと思った私は、唇を震わせながら「ほんとに?」と聞くと、シヨリは少し俯いて「ほんとに。」と答えた。


その日の夜。二人同室の部屋に帰って着替えをする。大きな窓から差し込む夜空には眩いほどの満月が浮かんでいた。

私が寝ようと寝具に腰掛けていると、彼女は口を開く。

「ここ、抜け出さない?」

なんで?と聞いた。普段ならあまりそういうことを言わない彼女の珍しい言葉だった。彼女は少し切なそうに微笑んで、「庭の木のブランコから空を見よう。」と言った。困惑しつつも私は、彼女の表情を見ると着いていくしかなかった。


建物から3分ほど歩いた所にある、敷地の端っこにある大きな木。そこに下げられた大きなブランコが一つ。私と彼女はよくここで話をしていた。

本来なら敷地内でも深夜の外出は禁じられていて、長年ここに住んでいる私にとってもとても新鮮な空気。ブランコに腰掛けて空を眺める。綺麗な星空は様々な星座を描いて、どれも自分を主張するかのように、強い明かりを放っていた。

私が夜空に見惚れていると、彼女は口を開く。ポツリ、ポツリと一つずつ零していくように呟いた。

「わたし、病気なんだ。」

耳を疑う言葉だった。先程までの経過を見てなんとなく察せられることではあったが、彼女にとってそんなことは無いだろうと心のどこかで決めつけていた。

「それでね、あと少ししか生きられないの。だから、明日の夜から入院することになったんだ。」

彼女の表情が見られなかった。見たら、絶対に泣いてしまうと思ったからだ。当事者である彼女を差し置いて、私が泣き喚くのは違うと思ったから、どうしても我慢したかった。

「……ほんとは、もっと早くから知ってたんだ。アゲハには伝えなきゃなって思ってたんだけど、話すのが怖くて、言えなかったんだ。」

彼女は酷く震えた声で話す。今にも泣いてしまいそうだ。そんな彼女に、私は声を絞り出す。

「……ほんと?」

「うん。これは、ほんと。」

私は我慢できなくなって、彼女の顔を見てわんわん泣いた。バレないように声を抑えつつ、彼女に抱きついて泣き喚いた。

多分、彼女も泣いていた。「ごめんね、ごめんね。」と言いながら、彼女は私を抱きしめ返していた。

そのままどれほど泣き続けていたかは覚えていない。何を言ったかも覚えていない。だが、果てしなく広い空の下で私達は、永遠を願っていたことだけは覚えている。


少し経ち、部屋へ戻る。幸いにも監視の目は無く、私達は足音を忍ばせて部屋の扉を開いた。

「今日は一緒に寝よう」と言い、寝具から私達は布団を引きずり降ろした。二人分の広さを保った空間は広々としていて、二人でそこに座って色々な話をした。

初めて会ったときはあんな感じだったね。アゲハ、ほんと明るくなったよね。あのときの給食、すごく美味しかったね。あのブランコ、ついこの前できたらしいよ。先生、前と比べて穏やかになったよね。あの本のシリーズ、完結したらしいよ。

果てしないほどの思い出話をポツポツと話す。思い出は掘り出せば掘り出すほど増えていって、気付けば月は西に傾き始めていた。

思い出話も一段落した頃、彼女は1枚の薄い布団を捲って私の頭にかけた。

「な、なに?」

「えへへ、結婚式。昔ね、お父さんとお母さんの結婚式の写真見せてもらったの。その時、お母さんがこういうのつけてて、憧れてたの。」

彼女は無邪気に笑った。

「ウエディングベールね。でも、あれは白の服だから、シヨリが被ったほうがいいんじゃないの?」

「ううん、アゲハもすっごく似合ってる」

私の言葉に彼女は少し目を笑顔に細めてそう言う。そんな彼女に私は笑って、近くにあった本を開く。そのページにあるセリフを彼女に見せて、これを読み上げようと提案する。彼女はそれを見て「わかった。」と言い、私が読み上げる。

「新郎シヨリさん。病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も、アゲハを妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

彼女は笑って「誓います!」と言う。

「じゃあ、次はわたしの番ね」と言い、彼女は本を手に取る。

「新婦アゲハさん。病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も」

そこまで言うと、彼女は表情を歪める。

「わたしのこと、忘れないって誓いますか?」

今にも泣き出しそうな彼女は無理矢理笑顔を繕い、私に言う。私はその言葉に何かが溢れ出しそうになりつつ、彼女と同じ表情をして言う。

「誓います!」

私達はそのまま抱きしめ合い、涙を流す。ただ先ほどとは違い、お互いがお互いに気付かれないよう、声を押し殺して泣いた。


次の日の昼、彼女は孤児院の先生の車に乗り、孤児院を後にした。孤児院では朝に「シヨリちゃん送別会」をし、その後、皆でシヨリを見送った。

最後、シヨリは私に「手紙送るから、絶対返事の手紙送ってね。」言った。私は「もちろん。」と笑い、彼女が去る姿に最後まで手を振った。

数日後、早速彼女から私宛に「アゲハへ。」と綴られた手紙が送られた。すぐに私は先生から便箋を貰い、その手紙への返事を書き始めた。

何を書こう。最近の孤児院の変化?でもシヨリはあんまり他の子に興味はないから……なら、この前あの本のシリーズの新作が出たって話とか?先生に言ったら本も渡してもらえるかな?

ゴチャゴチャと考え、結局全部書こうと筆を進めた頃。

先生から「一緒に病院に来てくれ」と言われた。


なんだか慌てている様子の先生。シートベルトをつけて 窓の外の景色を見る。ああ、この景色をシヨリも見たのかな。

数十分ほど経つと、車は国立病院へと到着した。早歩きの先生の手を取って歩く。病院の中に入り、給食の先生が着ているようなエプロンを渡されてなんだか物々しい部屋へと連れて行かれる。到着したその場所を見ると、ピッ、ピッ、となる心電図の横にシヨリが寝ていた。

「シヨリ……?」

ただでさえ細い彼女は随分と痩せこけ、顔も骨張っている。唇も薄く、人工呼吸器をつけられている。

そんなシヨリを観察していると、一人の男性がカーテンを開けて覗き込む。孤児院の先生は「あっ!」と声を上げ、心配そうにその人と二言三言交わしている。

「率直に伝えますが……。」

「シヨリさんは、あと数時間の命です。」

心臓を潰すような感覚がした。泣き崩れる孤児院の先生の隣で、涙も出ない私はただボーッと、シヨリを眺めるだけだった。

「……最期の数時間です。まだ幼いのに入院で寂しい思いをしたと思うので、シヨリさんの一番の友人と聞くアゲハさんに来てもらったのです。」

「アゲハさん、私達は席を外します。シヨリさんももうじき目を覚ますでしょう。」

「最期に話したいことを、二人で話してください。」

男性は少し切なそうに話す。男性は立ち上がり、カーテンを開いて外へ出ていく。孤児院の先生は「辛いと思うけど、お願いね。」とだけ呟き、外へと出ていった。


少しすると、シヨリはゆっくりと目を覚ます。

「シヨリ……。」

「アゲハ……?」

シヨリはゆっくりと私の方を見る。身体は思うように動かせないようで、少しビクビクと身体を震わせながら呟いた。

「シヨリ、最近あんま食べてないの?シヨリらしくないじゃん。」

「えへへ、あんまお腹空かなくて……。アゲハはちゃんと食べれてる?わたしがいなくなって、渡す人いなくなったんじゃないの?」

シヨリは笑う。その声は力なく、微かな音量だ。ゆっくりと腕を動かし、私に向ける。その細い腕は、少し力をかけたら折れてしまいそうだ。

「シヨリ……。」

「なんで、シヨリがこんな目に合わないといけないの……?」

シヨリの手を取り、私はいう。シヨリは「あはは、なんでかなぁ」と言う。

「……私が」

「私が、シヨリの友達だから……?」

「あんな大きな事故で一人だけ生き残って、他の人を不幸にした私が……私が死神だから、シヨリが死んじゃうの……?」

私の言葉にシヨリは少し目を丸くする。そして、いつもの笑顔に戻り、私の手を握る力を強くする。

「そんなことないよ。わたしね、言ってなかったけど、昔から身体が弱いから。お母さんもこの病気で死んじゃったから、遺伝なんだと思う。」

「でも……。」

「アゲハ。」

シヨリは私の言葉を遮る。私が喋るのを途切れさせると、彼女は笑って綴る。

「……わたし、アゲハと友達になってよかったと思う。」

「わたし、生まれてすぐにお父さんが亡くなって、お母さんが一人で育ててくれてたんだけど、お母さんもわたしと同じ病気で亡くなっちゃって。」

「お母さんが大好きだったから……どうやって生きていこう、お母さんともう話せないって思ってたらもうどうしようもなくなって。」

「……だから、アゲハは救いだったんだよ?……アゲハと仲良くなって、本とかの話して。……きっと、アゲハがいなかったらわたしはもっと早くに死んでた。」

「……シヨリ。」

シヨリは微笑む。

「この先、アゲハは辛いだろうけどね。……それでも、わたしはアゲハが生きてくれてたら十分だから。」

「アゲハ、誓ったよね。」

「病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も……。」

シヨリは少し辛そうに、声を震わせ、途切れ途切れで呟く。

「わたしは、守ったよ。だから……。」

「アゲハも、守ってくれる?」

シヨリは涙を流す。気付けば私も泣いていた。小指を立てる彼女に私も小指を交わし、「もちろん。」と笑う。

私の言葉を聞き終わると、彼女は目を閉じる。同じ拍でなり続けていた心電図はピーッと音を立てる。

その後、男性と先生が駆け付け、何かをしている。先生は涙を流しながら私の背中を擦る。

何を言ったのかは覚えていない。ただ、シヨリと離れるその時まで彼女の名前を叫んでいたと思う。






「せんせー!サッカーボールがね、あっち行っちゃって。取れなくなっちゃったから取って!」

「またー?もー、〇〇くんはすぐするんだから。他の先生は許してくれないからね?」

「とかいいながら、せんせーは取ってくれるじゃん!」

「あー、じゃあもうやめよっかなぁ」

「あー!だめ!取って!」

「はいはい。」

笑みを溢しながらその子へサッカーボールを渡す。あの時から11年。22歳になった私は、あの時と同じ場所で、あの時見上げていたポロシャツを着ている。

ふと顔を上げると、そこにはあの大きな木が立っていた。吊るされたブランコは撤去され、新しい遊具が置かれている。


仕事を終え、近くに建てられている職員専用の寮へ歩く。すっかり日も落ち、街灯は暗い足元を照らしている。

鍵を開けて部屋に入る。片付けと着替えを済ませ、買ってきたビール缶を2つ机に置く。ふと窓の外を見る。そこにはあの時とよく似た、大きく眩い満月が輝いていた。

(懐かしいなぁ……。)

買ってきたビール缶を開ける。片方は近くの低い棚に置き、そこに軽く身体を向けて夜空を眺める。

「大人になっちゃったよねー。」

「知ってる?もう11年経つんだって。やばいよね。あの時から2倍だよ2倍。」

そう呟き、棚の上を眺める。

「……シヨリ。」

「私、まだ約束守ってるよ。」

「……アンタは、天国にいるんだろうけど。もう私のこと忘れてたりしないわよね?」

「してたら許さないから。」

棚の上に飾られた写真立ての彼女が、少し微笑んだ気がした。

この作品はいかがでしたか?

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