テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
115
みぃ⌒🍣
13
今日のシャアハウスには、「寒気」という目に見えない重さが加わっていた。
リビングの隅のソファ。
悠佑はまた、何度も自分の脇に体温計を挟み熱を測り直している。
「…38度…さっきより上がってる…」
強迫性症による「汚染への恐怖」が、熱っぽさと混ざり合って一気に牙を剥く。
ダイニングテーブルのそばに座っていた初兎が昨日までのだるさを引きずったまま、悠佑を見つめていた。
「ゆうくんもしかしてインフルじゃない?」
初兎の声に、ダイニングテーブルでスマホを猛烈なスピードでフリックしていたほとけが、ピタリと手を止めた。
「えっ、 やば、これ絶対インフルエンザの顔じゃん! やばいって、学級閉鎖とかになるやつ! あ、もう大人だから学級閉鎖関係ないか、でもやばいじやん!」
躁状態の勢いも加わって、ほとけはガタッと椅子を勢いよく引いた。
その急な動きに、頭の中に響く幻聴と戦っていたいふが、こめかみを押さえて顔をしかめる。
「…うるさい、ほとけ。頭に響く…ただでさえ、熱で世界が揺れてるのに…」
いふの言葉に、ほとけは「あ、ごめん……」とバツが悪そうにシュンと小さくなった。
ほとけもまた、昨日から微熱があり、躁のテンションの裏で体力が限界に近づいていたのだ。
その時、初兎の向かいに座っていたないこが立ち上がった。
「買い出し…行った方がいいかな…」
発熱の苦しさで、ないこの足元が大きく揺らいだ。
「ないくん、無理しないで!」
ノイズキャンセリングヘッドホンを首に掛けたりうらがないこを支える。
いつもなら他人の体調不良の気配やピリついた空気だけでパニックになりかけるが、今日の彼はなぜか妙に落ち着いていた。
「…熱、測った? りうら、予備の体温計持ってきてるよ。あと、冷えピタもあるよ」
りうらが自分のこだわりからストックしていた医療品を持ってきてくれたことで、リビングの張り詰めた糸がふっと緩んだ。
「りうら、ありがとう…助かる」
ないこが座りながら体温計を受け取り、脇に挟む。
数分後、ピピッと鳴った画面には『38.5度』の数字が光っていた。
「…うわ、絶対インフルやん…」
いふがソファに深く沈み込みながら呟く。
実はいふも、先ほど熱を測ったら38度を超えていた。
次々と発熱者が続出する異常事態に、リビングは静かな絶望感に包まれかける。
「…どうしよう、ご飯も作れないし、誰も買い出しに行けない…」
初兎が自分のふらつく足元を見つめてうなだれた。
重度のうつ状態を抜けてきたとはいえ、高熱の前には気力も押し流されてしまう。
その時、いつもは一番不安が強く、人と目を合わせるのもやっとのはずのないこが、小さく息を吸い込んだ。
「…買い出しは、ネット…で買えばいい。俺、スマホでやるよ。玄関先まで置いてもらえば、人と顔合わせなくてもいけるから」
ないこのその言葉に、ほとけがパッと顔を上げた。
「マジ? それ神じゃん!! じゃあ僕、届いた荷物をリビングまで運ぶのやるよ!まだ動けるうちに動いとく!」
「…ご飯は、りうらがうどん作る。柔らかく煮たら、みんな食べられるでしょ」
りうらがヘッドホンを首にしっかり掛け直し、エプロンを手に取った。
「俺、包丁で切るよ」
いふがフラフラと立ち上がり、りうらの隣にそっと寄り添う。
ソファの上で、悠佑はまた「鍵は閉めたか」と不安になりかけていたが、初兎が作り置きをしていたスープを自分の分まで温めてくれていた。
「ゆうくん、これ飲んで体温めよ。みんなで乗り切ろな」
看病なんて誰一人としてできない。
高熱で頭がぼんやりとする中、6人は同じリビングの床に布団を並べた。
外はすっかり暗くなり、冷たい冬の風が窓を叩いている。
けれど、インフルエンザの熱とは違う、静かな温もりがじんわりと広がっていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!