テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
黄金色に染まった一面のひまわり畑だった。
「……ふしぎだな、なんでだろう。ひまわりって、見てるとさ、胸の奥があったかくなるんね」
イタリアはゆっくりと歩きながら、花の合間をすり抜けるように進んでいた。その背中を、ドイツは無言で追いかける。
夏の光は柔らかくて、風が吹くたび、ひまわりが揺れる。まるで波のようだった。
「小さい頃、ここでね、遊んだことがあるんだよ。ほんのちょっとだけ、夏の終わりに」
イタリアが足を止めて、振り返った。
「そのとき、一緒に遊んでくれた子がいたの。おっきくて、真面目で、ぜんぜん笑わないのに――でも、すっごく優しかった」
ドイツの心が、ぴくりと動く。
「……黄色い、スカーフをつけてた?」
「えっ」
イタリアの目がまんまるに見開かれる。
ドイツは、自分でも驚くほど自然に言葉を続けていた。
「俺も……覚えてる。あの夏、兄さんに連れられてきて、道に迷って……ひとりで泣いてたら、誰かが見つけてくれて、一緒にひまわりの迷路をくぐって――」
「それ、ぼくだよ。絶対、ぼくなんね……!」
イタリアは笑った。すこし泣きそうな顔で、でも嬉しくてたまらないように。
「ずっと信じてたの。あの子と、また会えるって。ちゃんと“好き”になって、もう一回この場所に来れたらって――」
ドイツはその場に立ち尽くしていた。過去と現在が、ひとつに重なっていくようだった。
「約束、してたんだ。来年も、会おうって」
イタリアがそっと言う。
「でも、どこの誰かも知らなくて、それっきりになっちゃって……」
「……それを、ずっと?」
「うん。信じてたんだよ。ドイツに出会って、あ、この人だって思ってからは……ぜんぶ、つながった気がしたの」
風がひとひら吹き抜けて、ひまわりがゆれる。
ドイツは、イタリアの手を取った。
「……思い出せて、よかった」
イタリアは小さく頷くと、うれしそうにふにゃっと笑った。
「もう迷子じゃないよ。今はちゃんと、隣にいるから」
ドイツも、ようやく小さく笑った。
「……今度は、俺の番だな」
「え?」
「“来年も、また来よう”。今度は、俺からの約束だ」
「……!」
イタリアはドイツの手をぎゅっと握りしめた。
ひまわりの咲く小道を歩いていたときだった。
「うわっ、足滑らせちゃったんね〜!」
「イタリアッ!」
イタリアがよろけて転びかけた瞬間、ドイツがとっさに手を伸ばした。
が、タイミングが悪く、イタリアの体を受け止めた勢いで、ふたりはそのまま地面に倒れ込む。
「……ん、あれ? ドイツ?」
イタリアが目を開けたとき、そこには自分を見下ろすようにして覗き込むドイツの顔。
至近距離。ほんの数センチ、息がかかる距離。
「……けがはないか?」
「あ、う、うん……だいじょぶ。ドイツが、守ってくれた……」
イタリアのほっぺがじわりと赤くなっていく。
そして気づいてしまった。自分の両腕が、ドイツの首に自然とかかっていることに。
お姫様抱っこの、途中みたいな、変な格好。
「え、えっと、えへへ……なんだか……近いね?」
ドイツもまた、自分の両手がイタリアの腰を支えていることに気づき、耳まで真っ赤になった。
「……す、すまない……っ!」
慌てて体を離そうとするが、足元のぬかるみにズルリと滑り、再び体が重なる。
「わ、わぁ! ドイツ、だいじょぶ!?」
「お、おお、すまない……!いま、すぐに――」
そう言って見上げたイタリアの顔が、まぶしくて、言葉が止まった。
ひまわりの花に囲まれて、太陽の光を背に浴びたイタリアが、まるで本当に「太陽」そのもののように見えたのだ。
「……ドイツ、どうしたの? ボク、なんか変な顔してる……?」
「い、いや……」
こんなにも近くで見たことがあっただろうか。
長いまつ毛、明るい髪、笑うとくしゃっとなる頬――どれもずっと知っているはずなのに、今はまるで知らないみたいに、胸が高鳴った。
「おい、イタリア。そろそろ……離れたほうが、いいかもしれない」
「……え〜? もうちょっとだけ……だめ?」
「……だめじゃない、けど……」
ほんの一瞬。触れるか触れないかの距離で、ふたりの額がかすかに重なった――そのとき。
「――おーい! おふたりさん、そろそろ帰る時間ですよ〜!」
イギリスの声が、遠くから聞こえた。
「……っ!!」
ふたりは飛び上がるようにして距離を取った。
「わ、わっ、なんでもないからね!イギリス、なんにも見てないよね!?」
「…………」
イギリスは目を細めたまま、ふたりを見下ろしたあと、何も言わずに微笑んだ。
「……お幸せに」
コメント
1件