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 標準時の重厚な時計の針が動くように十字架を見上げる。両膝をついて独り言のように祈りの言葉を唱える。朝からひどく頭痛がした。気だるげな頭を背負ってこの教会に来た。新たな処方箋を貰ったかのように祈祷を模倣する。この行動にどのような意味があるのか、なんて問いはこと宗教においてナンセンスだ。コップを手から滑り落とすように思考を止めた。

 一連の流れを終えて仁王立ちで十字架を見上げる。意味がないと勘繰っていたいつしかの自分が盲従するように意識が変わっていく。気持ちが悪い、だが気が張り詰めるナニかが身体を軽くする。自分は失って初めて気づくことが多い。良いことではないがダメージがある分、骨身に染みて忘れることは少ない。代償としては苦い記憶を反芻するくらいで思い出したとしてもいつの間にか忘れてる。

 モンクスベンチに座り読書をする。アーチ窓から流れる日の光が紙面を照らす。目を細めるほどの強い日が文を明瞭にさせる。著者の高尚さを表すのか或いは本の偉大さを示すのか、定かではないが荘厳な趣を感じる。

 心は?

 自分はどうだろう。

 ため息をつく。まただ。暇になった。なぜ比較する?争ってもいない対象と競おうとする。止めてほしい、なんのための祈りなんだ。知識以上のなにかを得るためにやってるんじゃないのか?は?知識以上?目的を間違ってる。そんな動機はなかったはずだ。はき違えるな。じゃあなんでいる?

 ああ、うるさい。

 なに言ってる?そんな躍起になるな、冷静になれ

 分かってる、そんなこと百も承知だ。

 じゃあなんで思考をかき消そうとする?己と向き合え、内面と対話しろ。

 そんなのしても無駄だろ。今に集中しろ。

 分かってる、うるさい。

 そんな卑下するな。惑わされるな。

「うるさい…」

 逃げるのか?また同じ日を繰り返すのか?

 どうせ同じだろ。俺は変われない。

 そう自信をなくすな。お前はここまできた。まだまだ終わりじゃない。

 力んでるだけだ。なにもできなくても良い。

 そんなことじゃ得られるものがないだろ。

 いらない思想を参考にするな。そこに至るまでにはその人だけの経験がある、だから言えるだけだ、当てにするな。

「うるさい…うるさい…!」

 頭を抱え込み下を向く。都市の騒音のように音が止まない。目を瞑って深く息を吸ってもノイズをかき消せない。今日はヘッドホンを持ってきてない。紛らわすものがない。薬が切れた気分だ。声が止まらない。

 ふと紙面が暗いことに気づく。今日は晴天のはずだ。影ができることはない。

「…おい」

 ベースのような重低音が骨に響く。一瞬にして思考が真っ白になった。恐怖も安堵もない。真っ白。

 見上げるとグレーのウシャンカを被った2メートルはゆうに越えている巨体がこちらを見下ろしている。仏頂面、威嚇が基になっているような鋭い眼光でこちらを伺う。 だが恐怖は感じなかった。思考を手放せた嬉しさが勝ってそれどころではなかった。それでも声が出ない。身体は正直だ。数分たってようやく自分の鼓動がせわしなく動いていることに気づいた。

「…お前がSarvが言ってた入会者か?」

 なんとか返事をするとわずかではあるが眼  

 光が緩んだ。Sarvさんの友達か或いは婚約者かもしれない。

「…体調悪いのか?」

「え…?」

「顔色が悪い、風邪か?」

「いえ…ちょっと考え事をしてました」

「…そうか 」

 気配が消えていった。恐らくどこかへ向かったのだろう。モンクスベンチに深く座り安堵する。たばこを吸って気持ちが落ち着くように心が軽くなった。たばこを吸うことは悪いとは思わない。アーティストでさえも吸っている人はいる。忘れられない悲しみがあるから、その感傷を紛らわすために煙で心を満たす。そうせざるを得ない。そう思う。かといって自分は吸おうとは思わない。まだあの匂いが心地よいとは思えないからだ。ガソリンの臭いを吸っただけでも吐き気がしたことがある。吸えるわけがない。手汗がブックカバーを濡らしていた。猫の毛のようにボサボサに紙の繊維が飛び出ていた。大して読み終わってもいない本なのに、えらく年季が入っているように見える。社会もこんなものだろう。性格という名の服を着ているだけ、中身はどうってことないさ。

 ふと横を見るとさっきの長身の男が隣に座っていた。駅で知り合いを見つけたような錯覚に落ちた。なにか喋ることはせず、ただ隣に座っている。気まずい。

「…悩み事か?」

 言葉が喉まで出かかっていた矢先に尋ねられた。相変わらずこの人の声は身体をわずかながら揺らす。言え、吐き出せと言わんばかりに心に響く。だが言いたくなかった。こんな悩みを聞いてどうなる?わざわざ言うべきことなのか?

 自分は答えなかった。こんなことで煩わすべきではない。自分で解決しなければならない。引き金は自分で引いた。その弾丸は受け止めなければならない。背中がズキズキと痛む。大勢の目が自分を凝視しているようにチクチクと矢が刺さる。冷や汗のような感覚が混じって暑さと寒さが代わる代わるに身体を覆う。こんな醜態がこの人の目には一体どんな風に見えているのだろう。どうか忌避しないでほしいと願った。幸いなにも言うことはなくモンクスベンチから立ち上がる。去り際に名前を聞いた。Ruvと言うらしい。

 風貌から見ても失礼ではあるが誰かを助けるようには見えない。そんな人が自分に時間を割いてくれた。だが差しのべられた手を自分は取らなかった。自ら手綱を切ったのだ。プライドか恥ずかしさかはよく分からない。また深い谷に落ちそうになったが拳を握って堪えた。

 初めてタバコをくわえた。苦さが肺をつんざく。バルコニーで煙を吹かす。あの人たちに無駄な心配をかけるわけにはいかない、そんな期待もされていない考えを抱きながら火をつけた。一体なにを期待しているのだろう。手の平にみみず腫れがあった。爪が食い込みすぎたのだろう。煙の苦さに思考が消された。いつになく目が冴えた。身体も軽い。夜空を見ていると本のある一節を思い出す。

 ”美は抑圧から生まれる”



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