放課後の空は、ほんのりオレンジが混じっていた。 校門を出ると、里奈と美咲、それに穂乃香が手を振っていた。
「光希ちゃん! こっちこっち!」
小さく手を振り返しながら、光希は小走りで駆け寄る。
今日は“女子会”の日――。
心のどこかで、少しだけ緊張していた。
男子として過ごしていた頃には、絶対に縁のなかった世界。
カフェでスイーツを囲み、恋やファッションの話で盛り上がる――
そんな空気の中に、自分がいるなんて。
カフェに入ると、甘い匂いと静かな音楽が迎えてくれた。
木目調のテーブルに四人が腰を下ろす。
「私、苺のタルト!」
「じゃあ私はモンブラン〜!」
「光希ちゃんは?」
「えっと……じゃあ、チーズケーキで」
運ばれてきたケーキは、ふわりと香る優しい甘さ。
フォークを入れると、しっとりとした感触が指先に伝わる。
口に入れると、ほどけるように溶けた。
(あ……美味しい)
その瞬間だけ、少しだけ“女の子の時間”に浸れた気がした。
「そういえばさ、白川くんってさ〜、かっこいいよね!」
里奈の一言に、光希のフォークが止まる。
「えっ……」
「光希ちゃん、近いんでしょ? いとこなんでしょ?」
「う、うん……」
「どんな人なの?」
「優しい、けど……ちょっと不器用」
「うわ〜! そういうタイプいいよね〜!」
美咲が手を合わせて笑う。
みんなが莉月の話で盛り上がる中、光希は小さく笑いながら、
胸の奥が少しだけざらついた。
彼を“異性”として話題にされると、不思議な気持ちになる。
嫌じゃない――でも、何かが落ち着かない。
帰り道、夕焼けが街をオレンジに染めていた。
笑い声の余韻が耳の奥で響く。
心地よいはずなのに、どこか置き去りにされた気分だった。
(女の子として笑ってた。
それが自然になってた。
……でも、それで本当にいいのかな)
ふと、スマホにメッセージが届く。
――《家の前にいる。迎えに行く》
莉月からだった。
家の前に着くと、街灯の下に莉月が立っていた。
「女子会、どうだった?」
「楽しかった……と思う」
「思う?」
「うん。楽しいんだけど、なんか変で」
光希はゆっくり顔を上げる。
夕焼けの残光が彼女の頬を照らす。
「“光希”としての自分が、本物みたいに馴染んでくのが、怖い」
「……怖くても、今のお前が笑ってんなら、それでいい」
「そう言うけど……」
「俺、今のお前好きだぞ」
一瞬、時間が止まったようだった。
光希は目を瞬かせ、少しだけ息をのむ。
「……それ、どういう意味で?」
「どうって……そのまんま」
「ばか……」
光希の頬がほんのり赤く染まった。
それを見た莉月は、照れ隠しのように視線を逸らした。
夜、部屋の明かりを落としたあと。
光希は布団の中で目を開けていた。
頭の中で、莉月の言葉が何度も反芻される。
(“好きだぞ”って……。
あれ、どういう“好き”なんだろう)
胸の奥が、静かにざわめいていた。
初めての女子会で、
初めて感じた“女子としての戸惑い”と、
“誰かに向けられた気持ち”の温度。
その両方が、光希の中で少しずつ混ざり始めていた。
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