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惑星テラ・ノヴァ。
前線基地(FOB)の拡張工事は、日夜を問わず続けられていた。
鉄道網の整備、レアメタル鉱山での採掘、そして複雑化する生産ラインの構築。
工藤創一の指揮の下、工場は生き物のように成長し、その触手を荒野へと伸ばし続けている。
だが、その急激な成長は、ある深刻な副作用をもたらしていた。
司令室にあるメインモニターの前で、創一は腕組みをして、赤く点滅するグラフを睨みつけていた。
「……またか。電圧が安定しない」
グラフが示しているのは、基地全体の電力消費量と供給量のバランスだ。
消費を示す赤いラインが、供給を示す青いライン——発電限界ギリギリのところで張り付いている。
時折、大型の組立機や化学プラントが一斉に稼働すると、消費が供給を上回り、グラフが赤く染まる。
そのたびに基地内の照明がフッと暗くなり、インサータの動きが鈍くなる。
「蒸気機関(Steam Engine)を増設しても、追いつかないですね。
石炭の消費量も馬鹿にならないし、何より……空気が悪い」
創一は窓の外を見た。
湖畔にずらりと並んだボイラー群から、黒煙がもくもくと立ち上っている。
その煙は基地全体を薄暗く覆い、環境汚染(Pollution)の数値を悪化させていた。
汚染が広がれば広がるほど、遠くのバイターたちが刺激され、襲撃頻度が上がる。
悪循環だ。
「そろそろ、次世代のエネルギーが必要だ」
創一は決断し、緊急ミーティングを招集した。
集まったのは日下部駐在員、防衛隊の権田隊長、そして特別強化要員の鬼塚ゲンだ。
「……というわけで、電力事情が逼迫しています。
このまま工場を拡張し続ければ、いずれ大規模なブラックアウト(全停電)が起きます。
そうなれば、防衛システムであるガンタレットへの弾薬供給も止まり、最悪の場合、基地がバイターに蹂躙されます」
創一の説明に、権田が厳しい顔で頷く。
「それは困る。
電動ドリルを導入してから燃料補給の手間は減ったが、電気が止まれば採掘も止まる。
ライフラインの寸断は死活問題だ」
「そこで新しい発電方式を検討したいんですが……。
イヴ、周辺の資源探査状況はどうなってる?
特に『ウラン(Uranium)』だ」
創一が問うと、イヴの声がスピーカーから流れた。
『報告します。
広域スキャンの結果、現時点において基地の有効範囲内、および鉄道網の延伸可能なエリア内に、商業採掘可能な規模のウラン鉱脈は確認されていません』
「……うーん、ないか。残念」
創一はガックリと肩を落とした。
原子力発電(Nuclear Power)。
それが実現すれば、今の電力不足など一発で解消できる。
少量のウラン燃料棒で、蒸気機関とは桁違いのメガワット数を叩き出せる、夢のエネルギーだ。
だが、その単語が出た瞬間、日下部が過敏に反応した。
「ちょ、ちょっと待ってください、工藤さん。
ウラン……とおっしゃいましたか?」
「ええ。原子力発電の燃料ですからね」
「本気で……『核』に手を出すつもりですか?」
日下部の顔色がサッと青ざめる。
無理もない。彼は日本政府の人間だ。
「核」という言葉が持つ政治的な重み、アレルギー反応、そして国際社会(特にアメリカ)からの風当たりを、誰よりも理解している。
「いや、核兵器を作るわけじゃないですよ?
あくまで発電用です。
蒸気機関じゃ、もう限界なんですよ。
石炭を燃やし続けるのも環境に悪いし」
「ですが、ウラン濃縮を行うということは、技術的には核兵器製造への転用が可能ということです!
もしアメリカに『日本が異星でウラン濃縮を始めた』なんて知られたら……。
木材や銅の比ではない騒ぎになりますよ!
『疑惑』だけで国が一つ潰れかねない!」
日下部は必死だ。
資源開発は誤魔化せても、核開発疑惑は誤魔化しがきかない。
IAEA(国際原子力機関)の査察が入れば、テラ・ノヴァの秘密など守りきれるはずがない。
「それに、ウラン鉱石の採掘や精錬には、硫酸(Sulfuric Acid)を使う危険な工程が必要だと聞いています。
放射能漏れのリスクもありますし、廃棄物の処理はどうするんですか?
この閉鎖環境で放射能汚染が起きたら、逃げ場がありませんよ」
正論だ。
現実的なツッコミに、創一も言葉に詰まる。
「まあ……そう言われると痛いですね。
確かに、ウランの取り扱いは面倒です。
遠心分離機(Centrifuge)を何台も並べて、濃縮ウラン(U-235)を取り出す確率も低いですし」
現実のプラント建設と運用コストを考えると、今の基地規模では荷が重いかもしれない。
『マスター。日下部様の懸念は合理的です』
イヴが助け舟——いや、冷静な分析を投下した。
『現在の技術レベルと資源状況において、原子力発電への移行は「時期尚早」と判断されます。
ウラン鉱脈の不在、濃縮プロセスの複雑さ、そして政治的リスク。
これらを考慮すると、別の手段を講じるべきです』
「やっぱり? ウランは、まだ早いか……。
じゃあ、どうする?
このまま蒸気機関を増やし続けるか?
それとも石炭を固形燃料(Solid Fuel)に加工して、燃焼効率を上げるか?」
創一が未練がましく言うと、イヴが補足情報を提示した。
『マスター。
もしウラン鉱石の確保にこだわるのであれば、一つだけ手段があります』
「え? あるの?
さっき『鉱脈はない』って言ったじゃないか」
『地表にはありません。
ですが、星の深部——マントルに近い領域には重金属が沈殿しています。
それを直接掘り出す技術が存在します。
——『コアマイニングドリル(Core Mining Drill)』です』
モニターに、見たこともない巨大な掘削機械の設計図が表示された。
高さ数十メートル。
まるで要塞のような威容を誇るそのドリルは、地面に巨大な穴を穿ち、星の核(コア)から直接資源を吸い上げるという。
『このドリルは地殻を貫通し、マントル層から「コアフラグメント(Core Fragment)」と呼ばれる未分化の資源塊を採掘します。
採掘速度は1秒間に約15フラグメント。
埋蔵量は無関係。星そのものが寿命を迎えるまで、実質的に「無限」に資源を供給し続けます』
「無限……!?」
権田が息を呑む。
資源枯渇の概念がない採掘機。
夢のような話だ。
『採掘されたコアフラグメントは、専用の「粉砕機(Pulveriser)」で特殊処理を行うことで、様々な資源に分離されます。
標準的なデータによれば、20個のコアフラグメントを処理することで、以下の資源が得られます』
イヴがリストを表示する。
・鉄鉱石:8個
・銅鉱石:8個
・石炭:4個
・石:8個
・レアメタル鉱石:4個
・原油:32単位
・水/鉱水:各16単位
・パイロフラックス(Pyroflux):4単位
『そして約32%の確率で……ウラン鉱石が1個生成されます』
「へー! なるほど!
福袋みたいだな。掘れば掘るほど、全部の資源が勝手に出てくるわけか」
創一は目を輝かせた。
鉄も、銅も、原油も、そしてウランまで。
これ一台あれば、資源不足の悩みから解放されるかもしれない。
「いいじゃないか、イヴ!
それを作ろうよ!
ウラン鉱脈を探し回るより、ここで座って掘ってる方が楽だ!」
『……お待ちください。
この技術には、極めて高い運用コストと未知のリスクが伴います』
イヴが冷水を浴びせるように、スペック表の隅にある数値を拡大した。
【消費電力:25MW(メガワット)】
「……ん?」
創一の目が点になった。
「25メガ……?」
『はい。25MWです。
これはドリル本体のみの消費電力であり、付随する粉砕機や選別ラインの電力は含まれていません』
「……えっと、今のうちの工場の総発電量って、いくらだっけ?」
『蒸気機関をフル稼働させて約12MWです。
常用負荷は8MW前後で推移しています』
「…………」
沈黙。
全員が顔を見合わせた。
「ぜ、全然足りないじゃん!!」
創一が叫んだ。
今の工場全体を動かしている電力の、倍以上の電気が、たった一台のドリルを動かすために必要なのだ。
まさに桁違い。
エネルギーの化け物だ。
「馬鹿高いな!
25メガって、蒸気機関30台分以上だぞ!?
そんなの動かしたら、一瞬でブレーカーが落ちて全停電だ!」
『左様です。
コアマイニングは電力インフラが十分に整った後の「エンドコンテンツ」に近い技術です。
現在の貧弱な電力網で導入すれば、破滅を招きます』
さらにイヴは、警告ウィンドウを追加した。
『加えて、地殻深部への干渉は、惑星固有のバイブレーション(地殻振動)を誘発する恐れがあります。
シミュレーションでは、コア深部より未知の低周波反応を検知。
……これが何を意味するのか、現時点ではデータ不足です』
「未知の反応……」
創一の背筋に、冷たいものが走った。
この星には、まだ自分たちの知らない「何か」が眠っているのかもしれない。
星の心臓を突っつくというのは、そういうことだ。
「……くそっ。
世の中、上手くいかないもんだな」
創一は溜め息をついた。
ウランを手に入れるためにコアマイニングをしたいが、コアマイニングを動かすための電力(ウラン)がない。
完全に「鶏と卵」の状態だ。
「そうですね。
ウラン鉱石は、利用するには濃縮プロセスも含めて大量に必要ですし……。
今はまだ高嶺の花ということでしょう」
日下部が、どこかホッとした様子でまとめた。
彼にとっては、核開発のリスクが遠のいたことが何よりの朗報だ。
「となると、やはりクリーンなエネルギーに戻るべきかと。
太陽光発電(Solar Power)です」
イヴが代替案を再提示する。
『太陽光パネルと、蓄電池(Accumulator)の組み合わせによる電力供給システムの構築です』
「ソーラーか……」
創一は腕を組んだ。
太陽光発電。
燃料不要。メンテナンスフリー。排気ガスなし。騒音なし。
まさに理想的なクリーンエネルギーだ。
だが決定的な弱点がある。
「場所を取るんだよなぁ……。
それに、夜は発電できない」
『はい。
太陽光パネル1枚あたりの出力は、ピーク時で約60kW(キロワット)。
大規模な発電所を作るには、広大な土地をパネルで埋め尽くす必要があります』
「なるほど。土地はある。太陽もタダだ。
一番現実的だな」
日下部が頷き、計算機を弾き始めた。
「ええと、1枚60kWとして……1000枚並べれば一気に60MWの大電力になりますね!
これならコアマイニングも動かせるのでは?」
『訂正します』
イヴが即座にツッコミを入れた。
『日下部様、その計算は「常に昼間である」という前提です。
夜間は発電量がゼロになります。
蓄電池への充電分を考慮した「実効平均出力」は、1枚あたり約42kWとなります。
したがって1000枚設置しても、常時供給できる電力は42MW程度です。
さらに工場のベース電力を差し引けば、コアマイニングを動かす余裕はギリギリです』
「あ、あれ……?
意外とシビアですね……」
日下部が苦笑いする。
ソーラーは場所を取る割に、エネルギー密度が低いのだ。
「まあ、それでも蒸気機関よりはマシだ。
地道に行こう」
創一は頭を掻いた。
派手な巨大ドリルへの憧れを捨てきれないが、現実はシビアだ。
「じゃあ方針転換だ。
『ソーラーパネル大量設置計画』を発動する!
イヴ、パネルと蓄電池の量産ラインを組んでくれ。
銅板と鋼鉄、それに電子基板をフル投入だ!」
『了解しました、マスター。
建設予定地として、基地の南側に広がる平原を指定します。
ロボットステーション(Roboport)による自動建設網の展開を推奨』
「ああ、そうだな。
いちいち俺が手で並べてたら、日が暮れる。
建設ロボットにやらせよう」
創一は気持ちを切り替えた。
地味だが確実な道。
太陽の恵みをエネルギーに変え、工場の血管に流し込む。
それが今のテラ・ノヴァに必要な「正解」なのだ。
◇
翌日から、基地の南側エリアで大規模な工事が始まった。
だが、そこで働く作業員の姿はない。
代わりに空を舞っているのは、無数の小型ドローン——『建設ロボット(Construction Robot)』たちだ。
ブーン、ブーン……。
蜂の群れのような羽音を立てて、ロボットたちが資材倉庫と建設予定地を往復する。
彼らが抱えているのは、畳一畳分ほどの大きさがある青いソーラーパネルだ。
創一がタブレット上で描いた青写真(ブループリント)に従い、ロボットたちは正確無比な動きでパネルを地面に設置していく。
カシャン、カシャン、カシャン。
整然と並べられていくパネル。
1枚、10枚、100枚……。
あっという間に赤茶色だった大地が、人工的な青色に染め変えられていく。
その光景は、さながら「青い海」が出現したかのようだ。
「……壮観ですね」
視察に訪れた日下部が、感嘆の声を漏らした。
「人間がやるより遥かに早くて正確だ。
これがロボット工学の力ですか」
「ええ。
彼らは文句も言わず、バッテリーが切れるまで働き続けますからね。
俺はただ、指図をするだけです」
創一は満足げに眺めていた。
この「放置していても勝手に出来上がっていく」感覚こそが、工場長の至福だ。
パネルの列の間には、巨大な『蓄電池(Accumulator)』が規則正しく配置されている。
日中に発電された余剰電力はここに蓄えられ、夜間の電力を賄う。
イヴの計算によれば、パネルと蓄電池の黄金比率は「25:21」。
このバランスを守ることで、24時間安定した電力供給が可能になる。
「これで昼間の蒸気機関は停止できます。
石炭の消費を抑え、汚染も減らせる。
一石二鳥ですね」
「まさにエコだ。
アメリカの環境保護団体に見せてやりたいくらいですよ。
『日本は異星でメガソーラーを成功させた』ってね」
日下部が冗談めかして言った。
だが、その横で権田隊長は険しい顔で、広がり続ける「青い海」を見つめていた。
「……しかし、工藤さん。
これだけ敷地が広がると、防衛が大変ですよ」
「え?」
「見てください。
ソーラーパネルを守るために、壁を数キロメートル単位で延長しなければならなかった。
巡回ルートが長くなりすぎて、隊員の負担が増しています。
それに……この青いパネル、空から見たら目立ちすぎませんか?」
権田が空を指差す。
確かに赤茶色の荒野に広がる巨大な青い方形は、上空から見れば絶好の的だ。
もし敵対的な航空戦力がいれば、格好の爆撃目標になるだろう。
それにパネルの隙間に入り込んだ小型のバイターが、ケーブルを齧る被害も出始めている。
「うーん……。
まあ空からの敵は、今のところいないし、バイター対策はタレットを増やすしかないですね。
痛し痒しか」
創一は苦笑した。
何かを得れば新たなリスクが生まれる。
工場の宿命だ。
数日後。
数千枚のパネルが敷き詰められ、発電所が稼働を開始した。
司令室の電力グラフが安定した緑色を示す。
供給能力には十分な余裕ができた。
「よし! 電力問題解決!」
創一は伸びをした。
これで工場の稼働率を100%に戻せる。
いや、それ以上だ。
「電力が余ってるなら、もっと機械を増やせるな。
電気炉を増設して、精錬スピードを上げよう。
それと……あの計画も進められる」
「あの計画?」
権田が尋ねる。
「『レーザータレット(Laser Turret)』ですよ」
創一はニヤリとした。
「弾薬を使わず、電力だけでビームを撃つ防衛兵器。
これがあれば弾切れの心配もなくなるし、射程も威力もガンタレットより上だ。
消費電力が高いのがネックだったけど、今の発電量なら配備できる」
「ビーム兵器……!
SF映画の世界だな」
「ええ。
バイターどもに文明の光(レーザー)を浴びせてやりましょう」
電力という血液を得て、工場はさらに強大化していく。
太陽の恵みを吸い上げ、それを破壊の光に変える。
創一の野望はとどまるところを知らなかった。
だが、イヴのログには不穏な一行が刻まれていた。
『地殻深部より、微細な低周波振動を継続検知。
パターン解析不能。
……まるで何かが呼吸をしているようなリズム』
星の深淵で眠るものが、地上の騒がしさに目を覚まそうとしているのか。
今はまだ青いパネルの海が、静かに空を映し出しているだけだった。
嵐の前の、穏やかな光景として。