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ある日の放課後。千歌は久しぶりに1人の校舎裏で歌を口ずさんでいた。
しかし凪が少し離れた場所で、それを静かに聴いていたようで、
「先輩、やっぱりすごいです……!」
思わず声を漏らした凪に、千歌は諦めたように小さく笑った。
そのとき、背後から足音が近づいてきた。
振り返ると、父が立っていた。
この前の帰宅が遅かったことをまだ完全には納得していなかったのか学校に探しに来ていたようで、不機嫌そうな顔をしている。
「千歌……こんなところで何をしている」
冷たい声に、千歌の胸がぎゅっと締めつけられる。
「……あ、あの、その……」
口ごもる千歌に凪は焦った表情で一歩前に足を出し
「先輩、ごめんなさい……」
父の視線は鋭く、凪に向けられた。
「……お前は誰だ?」
凪の顔が一瞬強張る。
千歌は手を握りしめ、息を整えようとした。
「……ただの友達です」
千歌の小さな声が、ぎこちなく響いた。
父は一瞬黙って二人を見つめる。
その沈黙だけで、心臓が飛び出そうなほど緊張した。
——このままでは、凪との時間がなくなってしまう。
——でも、反論する勇気はない。
千歌も凪も、しばらく動けずに立ち尽くす。
その間に、夕日が二人の影を長く伸ばしていった。
父親の視線が鋭く胸を刺す。
「……今日はもう帰るぞ」
千歌は小さくうなずき、凪に目で合図を送る。
「……じゃあ、また明日」
凪は少し寂しそうに手を振り、校舎裏を後にした。
千歌は父に促されて、静かに車へ乗り込む。
運転席に座る父の表情は険しく、車内は静まり返る。
千歌は窓の外を見つめ、凪の笑顔を思い浮かべる。
——近づきたいのに、父がいるだけで心の自由が奪われる。