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月曜日の夕方──。
授業が終わったとはいえ、校舎はざわめきや明るい笑い声に満ちている。
大方の者は部活動に励んでいるし、補習や委員会などもあって学校内はどこも多くの生徒でいっぱいだ。
だから今や部外者である星歌としては、校舎内に入り込むだけで肝が冷えるものなのだ。
元職員なので人の少ない通路は知っているといっても、下校時刻のどさくさにまぎれて入り込めたのは運が良かったと言えよう。
高校生らが通りすがる中、なまじビクビクすると怪しまれるからと関係者のような素振りで渡り廊下を横切る。
逆にそうすると、数日前に辞めた職員ということで──しかも理由が理由なので──顔を覚えられてやしないかと不安になり、人とすれ違うたびに地面に平行になるくらいの角度で俯く始末。
つまり、高校の校庭や校舎をうろつく挙動不審な人物、それが今の星歌であった。
「もう、何なの。あの天然は!」
スマートフォン片手に、さすがに苛立った様子。
もはやケイの呼び名は「天然」になっていた。
さっきから行人の番号に何度も電話をかけているのだが本人はおろか、ケイが出る気配もない。
行人がどうやら危機に瀕しているらしいということだが、広い校内のどこにいるのか皆目見当もつかないではないか。
まさか教室をひとつひとつ開けて回るわけにもいかないし、人目だって気になる。
次第に星歌は人の気配の少ない特別教室の集まる一画に来ていた。
書道教室や音楽室、視聴覚室などが並ぶ場所で、今日は部活で使う生徒もいないらしく閑散としている。
ツンと鼻孔を刺す独特な絵の具の匂いが強まる中。
ふと聞き覚えのある声が耳をくすぐった気がして、星歌は足を速めた。
声の出処がすぐ分かったのは、廊下を曲がったところに立つ不審げな女子高生の姿を見つけたからだ。
「てんね……ケイ、ちゃん?」
「はっ!」
驚いたようにその場でピョンと跳ねるその姿。
大きな声をあげないように、両手で口を押えている。
背の高い身体を小さく丸めて気配を消すようにして、ひとつの教室を覗いていたようだ。
今更遅いのであろうが、唇の前に人差し指をたてて「静かにしろ」というジェスチャーを送ってくる。
【つづきは明日更新します】