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那由多が消えたのを確認した歌蝶は、もう一度学校を見上げ、口元を緩めた。
神々の調律者。神々の制定者。神々の裁定者。呼び名は色々あるが、那由多にとって言えることはただ一つ。彼は、神を殺せる唯一無二の存在だと言うことだ。同時に、彼を殺せる神々は存在しない。彼は古今東西、全ての神、悪魔の主神クラスが自らの力を分け与えた存在だ。ただの気まぐれ、奇跡で生まれた存在ではない。彼は神々が自らを律するためにもうけた存在。圧倒的な力を持つ神々の、か弱い人間に対するせめてもの善意。それが那由多なのだ。
彼がやる気なった以上、不可能は存在しない。神々の作った理(ことわり)さえも、彼の前では無意味なのだ。
「もしもし?」
歌蝶は宇迦に電話を掛けた。宇迦はすぐに電話に出た。
「ええ、大丈夫。デヴァナガライがきてくれたわ。万事、嫁入りは順調よ」
歌蝶は嬉しそうに宇迦に報告する。
「ええ、分かったわ。じゃあ、また今度ね」
短い電話を終えた宇迦は、邪悪な気配が渦巻く学校を振り返る事なく、家路についた。
激しい衝撃波が教室を走る度、机や椅子が吹き飛び、典晶達は尻餅をつく。
「イナリちゃん、どうしちゃったんだよ!」
典晶にしがみつきながら、文也が叫ぶ。
「分からない! あいつは、美穂子や理亜を殺すつもりだ!」
「なんだって!」
典晶は動物の様に暴れ回るイナリを見つめた。
「ガアッ!」
鋭い犬歯と爪を出したイナリは、右手を広げて美穂子に振り下ろす。美穂子は頭上で腕を交差させ、イナリの攻撃を受け止めた。瞬間、激しい衝撃波が、再び教室に広がる。
人を遙かに凌駕する、本気のイナリの攻撃。それを、凶霊に操られているとは言え、美穂子は人の身でありながら、易々と受け止めた。そのまま、イナリの右手を掴むと、鋭い蹴りを腹部に見舞った。イナリは吹き飛び、壁に背中を押しつけた。
「遠慮はしないんだから!」
隙を突き、ハロが剣を振り上げた。鋭い一撃は、美穂子の白いワンピースの裾を切り払い、前髪を数本切り落とした。
「天使だろうが妖怪だろうが! みんな喰らってやる!」
吐瀉物をまき散らしながら美穂子は叫ぶと、ハロの細い首に手を掛けた。
「グッ!」
ハロは苦しそうな声を上げると、足をばたつかせた。
「美穂子!」
イナリが壁を蹴り美穂子に飛びかかる。弾丸の様な勢いで、イナリは美穂子に体当たりを喰らわせた。横っ面に一発を受けた美穂子だったが、なんと、美穂子は倒れるどころかバランスさえ崩さなかった。
「お前も、喰らう!」
左手でイナリの首を掴んだ美穂子は、イナリとハロを両手に掴んだまま天高く吊り上げた。
「ヤバイ!」
典晶の肩を持つ文也の手に力が込められる。
「イナリ……」
典晶もスマホを握りしめた。
凶霊の力はこうして居る間にもどんどん強まり、それに比例して、イナリ達の力は弱まっていく。イナリの見立ては誤っていた。すでに、イナリの力では凶霊に憑かれた理亜を殺すどころか、操り人形である美穂子さえ倒せなかった。
「どうすればいい?」
文也に尋ねるが、文也が答えられるはずもない。典晶は何度も何度も、自分に問いかけた。神通力の一つでも使えたら、そう考えたが、今更それを言っても始まらない。この場所にある物を使って、何とかならないだろうか。
机、椅子、他にある物は……。
典晶は教室を見渡すが、何も見えない。すでに、見える範囲での幽霊も、美穂子の伸ばした黒い触手に絡め取られ、吸収されてしまっていた。
何もない。机や椅子を持って殴ったとしても、美穂子をどうにかできるとは思えなかった。
その時、典晶の手にしたスマホが熱くなった。ポケコンとソウルビジョンを立ち上げているせいで、熱を持ったのだ。
「……これか?」
八意は言っていた。これがあれば、時間稼ぎができると。典晶は、もう一度ポケコンを美穂子に向けた。美穂子を正面に捉えると、画面の右下に虫取り網のアイコンが現れた。典晶はそのアイコンを押すと、黒いオーラを纏った美穂子が赤く縁取られた。画面に指のマークが出現し、『TOUCH』と青い文字が点滅する。
典晶は迷うことなく美穂子をタッチするすると、美穂子の纏っていた黒いオーラが消滅し、美穂子の動きが制限された。イナリとハロはその隙を突き、美穂子を蹴り飛ばして彼女の手から脱出した。その時、蹴られた衝撃で美穂子の体が動いた。美穂子を押さえていた指も、彼女の動きに合わせて動き、美穂子が画面から出るのと一緒に指が画面から飛び出してしまった。
「何をした!」
画面から外れた瞬間、美穂子の体から再び圧倒的な負のオーラが立ち上る。典晶は、慌てて、美穂子を画面中央に戻し、ロックした。再び、美穂子の力と動きが制限される。