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転校から1ヶ月。
いろはの生活は、少しずつ“日常を取り戻 していた。
新しい制服に袖を通しても、もう手は震え なかった。
朝起きて、ご飯を食べて、「いってきま す」と笑える日もあった。
最初は、クラスの子たちも優しかった。
「いろはちゃんって、お兄さんたち有名人 なんでしょ?」
「でも、あんまりそういうの隠してる感じ もなくて、いい意味で普通っていうか!」
最初は、そんな言葉も嬉しかった。
ーー最初は。
でも、日が経つにつれて、空気が変わっていった。
いろはが誰かと仲良くなるたびに、誰かの 視線が冷たくなった。
「いいよね、有名人の妹ってだけで人気者 になれて」
「メイクしてないのに『かわいい』って言 われるとか、得してるよね」
気づかないふりをしていた。
でも、靴箱に紙くずが増え、机の中にゴミ が入れられ、
誰かのインスタに“明らかに自分のことを 書かれたときーー確信した。
まただ。
また、自分は“目をつけられた”。
ある日。
教室に入った瞬間、クスクスと笑い声が響 いた。
机の上には、ぐちゃぐちゃにされたプリン ト。
椅子には、ピンクのインクでこう書かれて いた。
「ぶりっこ」 「裏で泣いてそう」 「かまち よ」
頭が真っ白になった。 足が動かない。息ができない。
周囲は見て見ぬふりをしていた。 誰も、声をかけてこなかった。
いろはは、ゆっくり椅子を戻し、 そのまま、音を立てないように教室を出た。
保健室のベッドで、膝を抱えて、いろはは 呟いた。
「…… 私、また…….いけなかったのかな……」
なにもしてないのに。 笑っただけなのに。 ありがとうって言っただけなのに。
なぜ。
なぜ、またこうなるの?
夜。 家に帰っても、何も言えなかった。
元貴が差し出してきたお味噌汁も、手が震 えて持てなかった。
「…… ごめんね」 思わずこぼした言葉に、元貴は眉をひそめ
た。
「なにが“ごめんなの?」
いろはは、震える声で答えた。
「….. 私、また、うまくやれなかった…… 普 通に、できなかった……」
その言葉に、元貴は黙って、彼女をそっと 抱きしめた。
「それ、全部違うよ」
「いろはは、何も悪くない。傷つけたのは “いろはじゃない誰か”だ」
「だから、謝らなくていい。謝らなきゃい けないのは、向こうなんだよ」
混斗が言った。
「どれだけ環境変えても、人の悪意ってど こにでもある」
「でも、それに負けてほしくない。いろは は…… ぜんぶ受け止めようとしすぎる」
涼架が優しく肩を抱いて、言った。
「だから僕らがいるんだよ。“ちゃんと味 方”がここにいるって、信じて」
いろはは、目を閉じた。 また始まってしまったかもしれない現実に、心が震えていた。
でもーー兄たちの声が、確かに背中に届いて いた。
「…… 私、逃げてもいいの?」 「でも….. 逃げてばっかりで、いいのかな……?」
そう呟いたいろはに、元貴は力強く答え た。
「逃げるんじゃなくて、“守る”んだよ。自分を」