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孤独

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孤独

20 - 第20話

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2025年07月01日

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ベンチに座ったまま、スンホは空を見上げていた。星は見えなかった。曇った夜空に、街の明かりがぼんやりと滲んでいるだけ。


体の芯が冷えていた。

感情も、血も、全部どこかへ流れ出たみたいだった。


ふと、思い出す。


あの頃――

韓国にいた、まだ学生だった頃。


騙す側にいたこと。

本当は怖かったのに、

誰にも言えずに笑っていた、あの時。


「お前は、まだ若いからチャンスがある」


あの刑事の言葉。

まるで誰かのセリフみたいで、心には残らなかった。


それから、時間が経った。

日本に来て、やり直そうと思った。


でも。

やり直すには、俺には何もなさすぎた。


頭も良くない。

コミュニケーションも苦手。

家族にも、友達にも言えない借金があって。


(何で、俺はこんなところにいるんだろう)


自分の手を見た。


汚れていた。

泥と汗と、もう何がついているのか分からない汚れが、爪の隙間に溜まっていた。


(消えてしまいたい)


誰にも迷惑をかけずに、静かに。

ふと、そんな言葉が心に浮かんだ。


スンホは、立ち上がった。


フラつく足で、公園の外へ歩き出す。


どこか、高い場所。

人のいない場所。


そんな場所を探している自分に、気づいていた。


でも、止まらなかった。


心は泣き疲れて、もう何も感じなかった。


だけど――


背後で、小さな足音がした。


「……おーい」


振り返るべきか、無視すべきか。


その一瞬が、何かを変えるのかもしれない。


呼ぶ声がしたのに、スンホは立ち止まらなかった。

振り返れば誰かが自分を引き留めるのかもしれないと分かっていた。


でも、その声を無視した。


足を速める。

呼吸が苦しい。

頭の奥で、誰かが必死に「まだ生きろ」と言っている気がした。

けれど、その声はもう遠い。


コンビニの明かりを横目に通り過ぎる。

眠れない若者たちが笑っている。

誰もスンホのことなど見ていない。


踏切の音が遠くで聞こえる。

駅のホームが浮かぶ。


(楽になれるなら、それでもいいかもしれない)


いつからこんなことを考えるようになったのか分からない。


借金を返せば変わると信じていたのに。

誰かを信じれば助かると思っていたのに。


「あ……」


涙がまた、こぼれ落ちる。

誰も気づかない。

誰もいない。


街灯の下を抜けて、暗い階段を上る。


見下ろせば、遠くの街が小さな光の粒に変わる。


手すりに手をかける。

風が冷たい。


(これで終わるなら、楽になれる)


そんな言葉だけが、もう何度も頭の中をぐるぐる回っていた。


足がわずかに震える。


過去の声が聞こえる。


「お前にはまだチャンスがある」

「やり直せる」

「お前はバカじゃない」


全部、遠い遠い、幻だ。


スンホは小さく笑った。


涙が頬を伝う感覚だけが、生きている証だった。


(もういいや……)


ゆっくりと、手すりに足をかけた。


その瞬間、遠くの空に朝の気配が滲み始めていた。


スンホの頭の中にはもう、光も影もなかった。

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