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環奈を好きだと気付いてからというもの、どうしたものか、俺はどうにも仕事での調子が出なかった。
「ねぇ芹、聞いてるの?」
「ん? あ、ああ、聞いてる……」
「嘘! このところの芹、何だか雑じゃない? 私、悲しい……」
「……悪い」
仕事に私情を持ち込むのはNGだし、客にそんな事を言わせるのはプロとして失格だ。
「真美、悪かったよ。今日は、俺からアフター誘ってもいいか?」
すっかり機嫌を損ねた真美に謝り、普段は自分から誘う事のないアフターの話を出してみる。
「…………本当に、悪かったって思ってる?」
「ああ」
「今日、いっぱい愛してくれる?」
「ああ」
「……それなら、許す」
「ありがとうな、真美」
何とか真美の機嫌が直った事にホッと胸を撫で下ろした俺はいつも通り接客を終え、約束通り真美と行きつけの店で食事をして、そのままいつものホテルへと足を運ぶ。
ここまではいつも通りで、今までならば仕事だと割り切れていた。
だけど、ここ最近はどこか割り切れない自分がいた。
機嫌をとる為だったとはいえ、アフターに誘った事を早くも後悔し始めた俺は、真美がシャワーを浴びる中、どうにか割り切ろうと騒がしい心を落ち着かせていた。
今の時間はアフターなので、諸々の料金は全て真美持ちだし、こうしてホテルに来る時はチップとしていくらか金を貰う。
ここで彼女の機嫌を損ねようものなら、今度こそ怒って暫く店にも来なくなるだろう。
シャワーを終えた真美は早速俺の元へ近付いてくると「……芹……キス、して?」とキスを強請ってくる。
今までなら、こんなの当たり前の行為だった。
寧ろ言われる前に俺の方からキスしてムードを作り、さっさと終わらせる為に、一方的に抱いていた。
それなのに、今はキス一つするにもどこか躊躇いが生まれていた。
(これは仕事で、金の為……。全て、演技だと思えばいい)
好きな奴が出来た、ただそれだけなのに、好きな奴以外に触れる事すら躊躇うなんて、思いもしなかった。
「……芹……、もっと……」
「――いいから、もう黙れよ」
「んんっ」
一瞬、環奈の事が頭に浮かんだけれど、他の女を抱きながら環奈を想う事もしたく無かった俺はその存在を打ち消し、ただ無心で真美を満足させていった。
深夜、真美と別れた俺は一人繁華街から遠ざかっていく。
俺は女とホテルには行くが、決して泊まる事はしない。一緒に過ごすのはあくまでも行為が終わるまでと決めている。
ふと夜空を見上げていると、ポケットに入れていたスマホのバイブが振動している事に気付いた俺は、こんな時間に一体誰が掛けてきたのかと確認する。
表示されているのは見知らぬ番号。
普通なら、知らない番号なんてスルーする。ましてやこんな夜中なら尚更。
けど、今は一つだけ心当たりがあった。
それは、環奈からかもしれないという事。
この前、俺は自分の番号を教えたけれど、環奈の番号は敢えて聞かなかった。
それは何故か、知ってしまえば、俺の方から掛けてしまいそうだったから。
それに知る時は、俺を頼って掛けてきた時が良いと思っていたから、未だに環奈の番号は知らない。
だから、この番号が環奈のものかもしれないと思った俺はすかさず電話に出た。
「――もしもし?」
「…………っ、万里、さん……」
「環奈? どうした?」
「…………っ」
すると電話の主はやはり環奈だったのだが、何やらただ事ではない雰囲気で、彼女は泣いているのか言葉を詰まらせる。
「どうした? 何があったんだ?」
「……お、お客様に、アフターに誘われて……食事をしたまでは良かったんですけど……途中で意識が無くなって……気付いたら、ベッドの上で……っ私……どうしたらいいか……」
「どこのホテルか分かるか? 名前、どっかに書いてあるだろ?」
「…………えっと、……【La・Pause】……って、書いてあります……」
「La・Pauseだな……分かった。お前、今一人なのか? 相手の男は?」
「居ません……」
「とりあえずすぐに向かうから待ってろ」
正直、この内容の電話は予想外だった。
頼られる時は、彼氏絡みでだけだと思ってたから。
しかし、今はとにかく環奈の元へ急ごうと、俺は来た道を引き返して行く。