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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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結局部屋に戻った後もすぐには眠れなかった。


自分が死んだときのことをどうしても思い出せない。


記憶はぼやけて想いはループを繰り返す。

やがてたどり着いた一つの結論。


「浩一さえ生きていれば、それでいい」


自分以上に大事な人がいる事実に、美穂は納得し満足して目を閉じた。




――うめき声が聞こえてくる。


『うう……うううう……ううう……』


男の声。


浩一?


違う。


『助……けて………』


もっと低い。


誰―――?



『開けないで……お母さん………』




トントン。


ノックの音に目を開いた。


――はずだった。


「おはようございます」


しかし目の前にはアリスが覗き込んでいた。


「ヒッ!」


思わず悲鳴を上げて、毛布を手繰り寄せる。


「みなさん、もうお揃いですよ」


アリスは姿勢を直すと、さっさとドアから出て行ってしまった。


―――あの子、苦手……!


そもそも彼の話が本当ならば、アリスは死神なのだから好感を持てるはずもないのだが、それを差し引いても彼のことが苦手だった。


淡々とした話し方。

見た目や声とはそぐわない大人びた言葉の選び方。

そして―――。

大きい眼が、変に透き通っていて、何もかも見透かされているような……。


美穂は起き上がろうと毛布をはがした。


「―――きゃあああ!!」


――その手が、真っ赤な血で染まっていた。


アリスが振り返る。

「筒井さん?どうしましたか?」


「血が……!!」

美穂は言いながらもう一度自分を見下ろした。


「――――あれ?」


べっとりと血がついていたはずの手は、元の華奢な手に戻っていた。



自分の手を裏返して確認する美穂をアリスはクスリと笑った。


◆◆◆◆◆


ダイニングテーブルを囲んだ椅子の前に立った。


昨日は長方形だったテーブルは、いつの間にか丸いものに変えられていた。


右隣に花崎が座っている

美穂が座ると、「おはよう」と小さな声で言い、微笑んだ。


その奥に昨日花崎とやりあった仙田が面白くなさそうに座り、正面にはアリス。その隣に尾山が座り、美穂の左隣に座る尚子へと続く。



「おはよう。大丈夫?」


美穂はボーっと目を伏せている尚子を覗き込んだ。


「……………」


尚子はゆっくりと振り返りこちらを見つめた。


そして唇を動かした。


「………ら、……しょに……ほしい……ったのに……」


「―――え?」


小さすぎて声が聞こえず、美穂はその唇に耳を寄せた。


「―――だから、一緒にいてほしいって言ったのに!!」


左の鼓膜から右の耳に抜けていくような怒号が響き渡った。


「あんたのせいでしょう!?なに偽善者ぶってんのぉ!?」


眼帯をしていない方の眼を見開きながら、尚子が奥歯をギリギリと噛み鳴らす。


「あんたのせいだ!この性悪女!!!」


「ちょっと、落ち着いて。悪いのは筒井さんじゃなくて、仙田さんでしょう!」


尚も叫びながら、美穂に掴みかからんばかりの勢いの尚子に、花崎が立ち上がる。


「黙れ!!あたしは怖いから一緒にいてほしいってこの女に言ったんだよ!守ってくれなかったのは、この女なんだ!!」


花崎にも牙を剥きながら尚子が叫び続ける。


「……ははは!」

仙田が椅子にふんぞり返りながら笑う。


「そうだそうだ―。悪いのは、そのすかした感じの女だー」


「お前……!」


花崎が仙田を睨み、仙田も応戦するつもりなのか顎を上げる。


「この女が私を――んん……ええ!?何こ……んんんん!!」


美穂は驚いて彼女を見つめた。


真っ赤な糸で、上下の唇が縫い付けられていく。


「………………!!」


尚子はすっかり閉じられてしまった口を覆いながら、先ほどから黙って座っている少年を見下ろした。


「――うるさいって漢字でどう書くかご存知ですか?土井さん」


アリスはダイニングテーブルの上で組んでいた手の人差し指を立て、宙に漢字を書いた。


「五月の蠅、と書くんですよ。気候が温かくなって元気に飛び回る蠅、全くを持って不快ですよね」


その手にはいつのまにか何かが握られている。


「次、五月蝿くしたら、今度は鼻の穴も縫い付けますよ?」


アリスはにこやかに蠅叩きを振って見せた。



◇◇◇◇◇


「それでは静かになったところで」


口を抑えながらどんどん青ざめていく尚子を尻目に、アリスは再びテーブルの上で指を組んだ。


「改めて説明します。皆さんは2021年6月19日、それぞれの場所で、何らかの理由で死んでいます」


アリスは皆を見回した。


美穂を含め全員がそのことはすでに諦めているようで、静かに互いの表情を窺っている。


「なんで死んだのか、聞いてもいいか」


花崎が口を開き、皆がアリスを見つめる。


「うーんと。そこは思い出さない方がいいかと」

アリスは肘をつき、組んだ手を首元まで持っていくとそこに小さな顎を乗せた。


「ある人は事故で。

ある人はナイフで刺されて。

ある人はタイルに頭を叩きつけられて。

ある人は飛び降りて―――です」


―――事故?刺殺?圧殺?自殺?



美穂は目を見開いた。

皆の顔も青くなっていく。


「―――4人じゃないか……」


昨日からほとんど口を開いていない尾山がボソッと言った。


「―――ああ、ホントだぁ。確かに」

仙田がアリスを見下ろす。


「そうですね。死に方は4パターンです。というのも、事故でお亡くなりになった方がお二人いらっしゃるので」


アリスは楽しそうに皆を順番に見回した。


「自分が事故だといいな、って皆さん思いました?そうですよね。バグとは言え、人から殺されるほど恨まれるのは嫌ですよね?」


アリスは立ち上がった。


「ですが、今、自分の死に方を想像するのは無駄な行為です。だってあなたたちの大半が生き返ることができるわけですから」


「――――」

花崎がピクッと反応しアリスを睨む。


「―――大半って何だ……。生き返ることができない人もいるということか?」


アイスはふっと笑った。


「そうです」


「なぜ?俺たちが死んだのは、お前たちのミスだろう。なら何で全員を生き返らせない……!」


花崎の言葉に尾山も頷く。

美穂もつられて頷いた。


「そうしたいのは山々なんですが」

アリスはクククと笑った。


「変だと思いませんでしたか?僕は皆さんの死をバグだと言ったんですよ?」


「―――」

花崎が僅かに頷いた。


「――――自殺者……か?」


アリスは目を瞑って頷いた。


「そう。この中には自殺者が1人紛れ込んでいます。だから、この中の1人は自殺ということで処理させてもらいます」


「―――なんだそれは……」

尾山がアリスを睨む。


「それならその自殺した奴だけ地獄に落として、俺たちは無条件で生き返らせろ!今すぐにだ!」


言うとアリスは大きな目を見開いた。


「……あれ?僕がいつ、“無条件で生き返らせる”なんて言いました?」


「は?」


花崎が眉間に皺を寄せる。


その顔を見つめてアリスは不気味に笑った。


「僕たちはすでに、あなたたちを、6月19日に死んだ人数に入れています。申し訳ありませんが、これは揺るぎません」


「―――揺るぎませんって、なんだよ……」

花崎がアリスを睨む。


「花崎さん」

アリスも大きな瞳で花崎を睨み返す。


「いちいち突っ込まれたんじゃ話が進みません。僕は事実を述べているだけなので、とりあえず聞いてください。じゃないと彼女のように唇を縫い付けますよ?」


アリスは組んでいた手をテーブルにどんと突いた。


「…………」


「どうしてもというならそうして差し上げますが。でも唇を縫い付けられることは、これからは大きなハンデとなりうる。気を付けてください」


いつの間にかアリスの小さな手の下には、ペンと白い紙が転がっていた。


「いいですか。今までのことを整理します。

①皆さんは死んでいる。

②でもそれはバグによる間違いだったので、生き返ることができる。

③死んだ数は変えられない。

これらから導き出せる結論は?」


アリスは顔を上げた。

口を開く者はいない。


「鈍いなー。こうでしょ?」


アリスはペンを持って、白い紙に何やら書き始めた。



「はい。ここに筒井さんがいます」


画像


「筒井さんを生き返らせるためには、数字合わせのために、誰かに死んでいただく必要があります」

画像


「―――な……!」

美穂が目を見開く。



「でも他人のために誰かを殺すのは殺人と同じ。私たち死神に、殺人は行えません。だから、あなたの死を一番悼んでいる人に、こう聞きました」


アリスは美穂を見つめた。



「“あなたが死ねば、筒井美穂さんは生き返りますが、どうしますか?”」


画像


「わかりますか?筒井さん。今、あなたがここにいるのは、あなたのために、誰かが死んだからなんです」


目の前が真っ暗になった。

その暗闇に、あの笑顔が浮かぶ。


「そうなれば、その人が死んだのはバグではなく自殺。そうですよね、自ら命を差し出したんですから」


画像


「これでバグの調整完了。自殺者が増えるだけです」


「―――この、人でなし……!」


花崎がアリスを睨む。


「確かに、人ではないですね」


クククとアリスが笑うと、


画像


そのメモには血が滴ったような跡がついた。



「つまり。今からあなたたちの中から4人、誰かの命を犠牲にして生き返ってもらいます。そして残る一人には、自殺者として単独で死んでいただきます」


「自殺者と俺たちのくくりをなぜ一緒にする。自殺者はもう自殺で完結しているはずだろ……」


尾山が言う。


「そうですね。確かに。でももしかしたらこの中には―――」


アリスがこちらを見た。


「”誰かが自分のために死ぬくらいなら、自分が死んだ方がマシだ”と名乗り出る人間もいるかと思いまして……」


美穂が口を結ぶ。


「へへへ」

尻を前に滑らせ、ずり落ちそうになりながら座っていた仙田が座り直しながら笑う。


「俺のために犠牲になったなんて―――どの女かな?心当たりがありすぎてわかんねえや」



「ーーー誰が自分のために犠牲になったかは教えてもらえないのか?」


花崎の言葉に美穂はアリスを見つめた。


「それは教えられません。そうしたら良心の呵責が入るでしょう。僕の役目はあなたたちの中から4人を甦生させることなので。5人が5人とも、自殺志願者になられたら困ります」


アリスは微笑んだ。


「でもここで挙手をしていただいたところで、自分の代わりに誰かが死ぬくらいなら、と考えている人は、今現在複数いる。だから、皆さんには公平公正にゲームをしてもらいます」


「―――ゲーム……?」

花崎が息を吸い込む。


「安心してください。皆さんが知っているような簡単なゲームを選びます。そしてそのゲームで一番初めに負けた人に、生き返っていただきます」


「……んん!!んんん!!!!」


口を縫われている尚子がブンブンと首を横に振って見せる。


「おやおや。そんなに生き返るのが嫌ですか?土井さん」


アリスは呆れてたように目を細めた。



「………自殺したのってお前なんじゃねえの?メンヘラっぽいし」

仙田が笑う。


「そんな綺麗なおっぱいしてるのに。勿体な―――」


花崎が仙田の胸倉を掴む。



「―――んだよ?」

仙田が小鼻を引くつかせながら花崎を睨む。

「―――それともお前か?なんか暗そうだしな」


「ちょっと黙ってろ……!!」


こめかみに血管が浮き出ている。


冷静に見えて花崎も、今アリスが言ったことに動揺しているのだ。



彼は自分のために犠牲になった人間に心当たりがあるのだろうか。



美穂は俯いた。



自分には………そんな人間、1人しかいなかった。




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