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R side
新月の夜、冷たい雨がしとしとと降り続いていた。
静けさに包まれるはずの城内は、侵入者を知らせる鐘が鳴り響き、騒々しかった。
R「…ちっ…」
小さく舌打ちが漏れる。
かのんを数日ぶりに部屋に招いた時だった。
頃合いが悪すぎる…。
K「るい様、行きましょう」
かのんが血相を変えて俺の背中を押した。
刀を一つ取る。
何かあった時の身の隠し場所は決まっている。敷地の奥の蔵へ、かのんと足早に向かった。
月明かりのない深い闇夜、何かが潜んでても気づけないほどの暗さ。冷たい雨に打たれながら、提灯の灯りを頼りに進む。
時々、ぬかるんだ地面に足を取られそうになった。
K「るい様、こちらです…!」
草木が鬱蒼とした中に、その古い蔵はあった。
ギィ…
錆びた戸が重々しく開く。大きな鍵を内側からしっかりと閉めた。
R「う……」
中はかび臭く、ジメジメしていた。
こんな所でしばし過ごすのか…。
足から着物の裾にかけて泥だらけだ。
それが一層、気持ちを鬱屈とさせた。
K「るい様はここから動かないで下さい」
奥の物陰に腰を下ろす。
かのんは腰にある刀の鞘を握ったまま、耳を澄ませ、戸を見つめている。
R「泥棒か、俺の命を狙っている者か、どっちだろうな」
ふっと自嘲気味に笑う。
K「…るい様、口は謹んで下さい」
俺を庇うように、かのんが目の前に立つ。
その頼りない剣で、どうやって俺を守るつもりなのか。
もし、ここに刺客が入ってきたらーー、と頭をよぎる。俺を守るために傷付くのはかのんだ。そして、最悪の場合……。
そこまで考えてしまって、胸の奥がぎゅっとなった。
そんなこと、あってはならない。
R「お前に守られる筋合いはない」
かのんの腕を掴み、前に出ようとする。
K「何、言っているんですか…っ」
掴んだその手を振り払われた。
R「お前のその剣で何ができる」
K「…るい様を、逃がす隙くらい作れます…」
R「無理だ」
K「…とにかく、るい様はここに居て、私は戸の前にいますので」
かのんが少し苛立った声を出す。それ以上は何も言えなかった。
両肩を強く押さえて、座らされる。
何かあれば、すぐに飛び出して行けばいい。
物陰から見える、かのんの後ろ姿。
張り詰めた空気の中に、かのんの小さく震えた息遣いと、外から聞こえる雨音だけが響いている。
怖いのだろう…。当たり前だ。
…守ってやりたい。
何のために剣術を磨いてきたのか…、自分の身を守るためだけではなかったはずだ。
なのに、それが許されない。
もし、かのんが居なくなってしまったら…。
その瞬間に息が詰まった。
もう、元の生活には戻れない。
かのんのいない世界など考えたくもない。
それなら…、俺が死んだ方がマシだ。
そう思ってしまうほど、失うことが怖くなった。
一度考え出すと最悪の想像は膨れ上がっていくばかり。
何事もなく、いつもの生活に戻りたい。
かのんがちゃんと存在している日常に。
この城の中のどこかにかのんがいるーー、そう思えていた、当たり前の日常。
ミシ…
カサ…ッ…
蔵が軋む音、草木の揺れる音が聞こえる度に、身を固くさせる。
たった1秒が、永遠のように感じられた。
K「ぁ…」
かのんが小さく呟く。
遠くから安全を知らせる鐘が鳴っていた。
かのんがこちらに近づいてくる。濡れた髪から覗く瞳には、緊張がまだ残っている。
K「るい様、出ましょう」
そう告げて、かのんが踵を返す。
かのんはここにちゃんといる。もう、安心していい。だが、失うかもしれなかったという現実が、まだ俺の気持ちを落ち着かせてくれない。
かのんの背中に、思わず抱きついてしまう。
K「…っ……、どうかされましたか…?」
何をしているんだ、と一瞬冷静になったが、やっと掴んだ体温を離したくなかった。
R「…お前を失うかと思った…」
情けないくらいの、か細い声が出る。
かのんの汗の滲んだ首元に顔を埋め、存在を確かめるように、さらにキツく抱きしめる。
K「っ……るい様、私はこの城の駒です。私一人が居なくなっても誰かが埋めてくれます」
諭すような声。
そうだ、かのんに出会う前の自分はそう思ってた。
でも、今は違う。
R「代わりなんていない、…かのんが良い…」
こんな…、一人の人間に執着するなんて初めてだ。
かつて、かのんが語った恋の話が脳裏をよぎる。
誰か一人を特別に想い、その人のことで心が乱されること。 会えないだけで苦しくなり、笑ってくれるだけで嬉しくなること。
R「…ふっ……」
乾いた笑いが小さく漏れた。
かのんに会いたくなる理由、かのんの事を知りたくなる理由、目前に居ないのにふと思い出してしまう理由、すべてが繋がっていた。
R「……これがお前の言ってた”恋”か」
失うと感じて、やっと自覚する。
いつからだった?始まりは…。
眠るかのんに触れた時、初めて部屋に呼んだ時、いや…、名を聞いた時から…。
考えてもすべてが曖昧すぎた。
回した腕が、かのんの鼓動が強くなっていくのを感じている。
しばらく黙っていたかのんの口から、震えた息が吐き出された。
K「るい様、それは友に抱く感情と勘違いされています」
そう毅然として伝えて来た。
R「違う」
頭で考えるより先に、声が出た。
友情だったらーー、こんなに胸が苦しくなることはない、喉の奥が熱くなることも。
それから、かのんの体温に触れたくなることも。
K side
R「…これがお前の言っていた”恋”か」
その言葉を聞いた瞬間、自分に向けられた言葉だとすぐに分からなかった。
思い過ごしではないか…。一度ちゃんと疑った。
でも、背中に伝わるるい様の熱と身体を抱き締める強さがその言葉の意味を突き付けてくる。
るい様は今、自分の恋に気付いてしまったのだ。
そして、その相手が俺なのだと。
けど、こんな事、あっていいはずがない。
るい様というお方が、身分の違う男に気持ちを寄せているなんて知られたら…、今のお立場が揺らぐ。
K「るい様、それは友に抱く感情と勘違いされています」
一番納得してくれそうな言葉を選んだ。
けれど、るい様は間髪を入れずに否定する。
どうすればいい…?
とにかく、この場から動く事しか浮かばなかった。
K「るい様、一度、冷静になりましょう」
るい様の両腕を振り払うように解き、蔵の鍵に手をかける。
でも、
R「…無理だ」
K「…っ…」
肩を強く掴まれた。
そして、るい様の方を向いたと思うと、唇が重なった。
噓…。
目を見開いたまま固まってしまう。
ゆっくりと唇が離れ、るい様の潤んだ瞳と目が合う。こちらの反応を伺うようにわずかに揺れている。
顔が近いままだ。
るい様の熱い息がかかる。
R「…友を相手にこんな事…したいと思わないだろ…」
言葉を探すように発した声は、苦しげで掠れていた。
K「…っ…わかりません…」
もうなんと返事をすればいいのか、上手い言葉が見つからなかった。
R「…かのんは、嫌か?」
K「……いや…です…」
今、ちゃんと嫌だと伝えられていた?
自分でもそう思うくらい、弱々しい声だった。
その様子を、るい様が見逃すはずがない。
るい様の大きな手が片頬を包む。
R「嫌なら…逃げたらいい」
熱い視線に捕らえられて、身体が動かない。
るい様の唇が近付き、まぶたをゆっくりと閉じかける。
駄目だ。
ちゃんと、拒まないと。
K「っ…嫌、嫌です…っ」
一生懸命るい様の身体を押し返した。
絞り出した声が蔵に響く。
押されて、数歩後ずさりしたるい様の身体は、硬直した様に動かない。
R「……」
沈黙が怖い。
るい様の顔を恐る恐る見上げると、今にも泣きそうな表情だった。
胸がギュッと痛む。
そんな顔、しないで欲しい…。
K「……行きましょう」
でも、これで良かったんだ。
そう言い聞かせて蔵を出る。
雨はまだ、しとしとと降り続いている。
よかった…、 雨音がなかったら、この静けさに耐えられなかった。
少し歩くと、爺と重臣たちが迎えに来た。
ほっと胸を撫で下ろす。
これ以上、るい様と一緒にいることは無理だった。
コメント
3件
まじいけない関係ほど美味しいものはありません。ありがとうございます
うわあ、第7話、すごく良かったです……。蔵の中の緊迫感と、るい様がかのんに「恋」だと自覚する流れが、物凄く丁寧で。抱きしめて「失うかと思った」って声、情けなくて切実で、胸がぎゅっとなりました。それに対するかのんの「嫌です」も、あの状況で自分を押し♡♡♡うとする健気さが伝わってきて、切ない。雨音が静けさを引き立たせる演出も、めちゃくちゃ好みです。続きが気になりすぎます……!