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「無理です無理です、ムリムリムリムリ!!」
駄々をこねる子供のように地面に背中を付けてバタバタ暴れたフレアは、半べそをかきながら無理と繰り返した。
またそれと同じように落胆し顔を押さえた他の仲間たちは、絶句し項垂れていた。
「ムリムリって、いきなり諦めてるじゃん。手のひら返すの早すぎんだろ」
「でも無理なものは無理なんです! わざわざパナパ公国に関わろうだなんて、バカのすることです。あそこは触らぬ神に祟りなしって全員が避けて通るところなんですよ、関わっちゃダメなんです!」
「お、詳しいねぇ。だったら大丈夫だな」
「大丈夫なものですか! 犬男は、今あの国がどんな状況にあるのかも知らないんですか?!」
「大枠は聞いてる。だがどーでもいいだろ。なにせタダだからな、タダ。こんなウマい話がほかにあってたまるか」
フレアを始めとする全員は、事前にイチルから『手頃なBランクレベルのダンジョンを手に入れるためのマティスとの相談』と聞かされていた。
そのため、パナパ公国が絡んでいることも、ましてや第三国が入り乱れて絡む様々な悪条件のことなどはつゆ知らず、あまりに混沌としたマティスとの交渉の中身に驚愕するしかなかった。
「まさか裏でこんなバカ話を進めていたとはな……。前々から少々イカれているとは思っていたが、まさかここまでとは」
ムザイがため息をつきながら言った。
皆々が換金所で大立ち回りをした手前、「今さら私たちの勘違いでした、マティスさんの言うとおりです」などと詫びるわけにもいかず、事務所内はドヨンと沈んだ空気に包まれていた。
「ガッハッハ、まーたこの詐欺師に騙されたか。此奴の言葉は話半分で聞いておかんと痛い目を見るのは常識だぞ。こりゃあ可笑しい!」
バンバン手を叩いて笑うモルドフに同調しヘラヘラ笑うイチルを睨みつけ「笑うな!」と一喝したフレアは、改めて呼び出したモリシンを同じ目つきで威圧した。しかし他人のふりを決め込んだ当事者は、全員に背を向け口笛を吹いた。
「よくも余計な話を持ちこんでくれたわね。元はと言えば、アナタのせいでこんなことになっているんですからね。わかってるんですか?!」
「依頼を受けるも拒否するも、ダンナ次第と言ったのはお前らだろ。俺のせいにするな」
「ムグググ、ああ言えばこう言う『ズル大人』たちめ。いつか痛い目にあわせてやる!」
「おー怖」と戯けるモリシンを諦め、イチルの手元から依頼書を奪い取ったフレアは、それを改めて読み上げた。
依頼は隣国トゥルシロの領主であるガンジラからとされており、内容はパナパの地下に蔓延るダンジョンの解体討伐となっていた。
「ガンジラは俺の所属するギルドの長であり、トゥルシロ国のトップでもある。金が好きでろくでもない野郎だが、金絡みの話で裏切ることはまずない。報酬に関しては信用してもらっていいと思うぜ」
「トゥルシロって確かパナパの西にある小さな国よね。あそこもパナパの件に一枚噛んでいたのね」
「むしろ今回で言えば、周辺国で関係していないとこはねぇよ。全部が何らかの形でパナパと絡んでる」
ロディアの質問に対し、依頼書とは別の冊子を取り出しテーブルに広げたモリシンは、周辺の地図を全員に記して見せた。円形に近いこじんまりとした国であるパナパ公国は、四方を他国に囲まれた小国で、数十年前に軍事クーデターによって独立した歴史を持つ国だった。
モリシンの所属するギルドのあるトゥルシロは、パナパ西側国土の一部が微かに触れているだけの国で、パナパよりもさらに小さな国だった。
「おいおい随分ちっせぇ国だな。早い話、このちっせぇ国以外、全部が敵になるってことだろ。最悪じゃん!」
いきなり極論を口にしたペトラが項垂れてひっくり返った。
しかしそれは全員が頭に思い浮かべた正論中の正論で、誰一人反論することはできなかった。
「まぁそうバカにしてくれるな。トゥルシロはこれでもそれなりの軍事力を持った国なんだぜ。デカさで国の強さが測れるなら苦労はねぇよ」
そうして地図上の各地点を指で指し示したモリシンは、隣国の簡単な情報を皆に共有した。
「ウチの北側全面、及びパナパの北一帯を覆っているデカい国が『ジャワバ』だ。しかしこの国は、国土は広いものの年間を通して雪や雹が降り続く地域で、人の数も街も少ねぇ。主となる産業も乏しい上、雪で覆われているせいでモンスターやダンジョンの管理も難しいときてる。そこで必要になるのが退魔宝具ってわけだ。この国の目的はただ一つ、……宝具だ。それ以上も以下もねぇ」
「ふむ。しかしこれだけの国土をまかなえるほどの力が、その宝具一つにあるものなのか?」
「そんなこと俺が知るか。詳しいことは聞いてねぇよ」
ムザイの質問をぞんざいにあしらったモリシンは、続いてパナパの南西部に丸をつけた。
少なく見積もってもパナパの50倍はありそうな国土は壮大で、否応なくフレアの額にシワが寄った。
「で、こっちは『ナダン国』だな。ジャワバと違って温暖な気候の国で、主産業は農耕。いわゆるここいら一帯の食料庫を担っている国だ。しかしそれ以外に偏った特徴はなく、ギルドの力も弱い。高ランクなギルドも少ないことから、先々の脅威を見据えた先行投資ってところだろうな。よって、目的は職人と宝具の半々ってとこだろうぜ」
「食料面の自給はナダンが一手に請け負っているということか。しかし逆を言えば、ナダンが傾けば戦況は一気に変わるとも言える。他国もそれなりに注視していることだろう」
ロディアの言葉に頷いたモリシンは、続いてパナパの北東部に小さな丸をつけた。
パナパとジャワバに囲まれた小国は、あまりにも不自然に、その姿を晒していた。