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私の働く会社は、メインに子供用品を扱う中堅商社。子供服やおもちゃにベビー用品と扱う商品は幅広い。
私の所属は国内子供玩具販売部の営業一課で、日々新たな顧客開拓を頑張る営業マンのサポート業務を担当している。
ビルの中層階に止まるエレベータを待っていると、後ろからやって来た沙希に肩を叩かれた。
「花乃おはよ」
沙希は含み笑いを浮かべて言う。
「おはよ……何か有ったの?」
その何か企んだ様な笑顔はどうしたの?
不審に思いながら聞くと、沙希は声を潜める。
「駅で花乃を見かけたんだけど、男と一緒だったでしょ。しかも凄く仲よさそうにして……誰なの?」
「えっ!見てたの?」
驚きの声を上げる私に、沙希はフフっと笑って頷いた。
「もちろん見たよ」
「何で声かけてくれなかったの?」
そうしたら大樹と一緒に通勤などという苦行から解放されたのに。
「邪魔かもしれないって思ったから様子を見てたの」
「邪魔って?」
「昨日、私と美野里でプレッシャーを与えたから早速彼氏でも作ったのかと思って。あの人、二つ隣のビルに入って行ったということは、桜川物産の社員なんでしょ? しかも滅多に見ない凄いイケメン……どうやって知り合ったわけ?」
沙希はちょっと興奮気味だ。
私はげんなりしながら誤解をときにかかる。
「あの人はただの幼馴染で彼氏なんかじゃないから。偶然会ってなんとなく一緒に歩いていただけ」
かなり省略しているけどまあいいや。
肝心なのは大樹との関係を説明する事だ。
「幼馴染? 聞いてないよ。何で黙ってたの?」
「別に意味はないけど、ただ存在を忘れてただけ」
長く待ったエレベーターがやっと下りて来たので乗り込む。
満員になりラッシュの電車程じゃないけど息苦しいエレベータの中で、沙希は朝からテンション高く話を続ける。
「そんな大事なこと忘れないでよ! 私、桜川物産の人と飲んでみたいんだから。花乃にだって言ってあったでしょ?」
「あ、そう言えば」
沙希は前から結婚するなら商社の男がいいって言ってたっけ。
お給料も高くて海外転勤の可能性が高いからとか言っていて、近くの桜川物産の人と知り合いになれないかなとか言ってたな。
でも大樹は今まで大手町の本社じゃなくて、幕張の事業所に勤務だったからピンと来なくて忘れてたんだよね。
「ねえ、花乃の彼氏じゃないなら紹介してよ」
沙希の言葉に私はびっくりして目を見開いた。
「沙希は彼氏いるでしょ?」
私と違って。
「関係ないでしょ? ただ飲みに行くだけなんだから。交友関係を広げておけばいつか役にたつだろうし、いろんな業種の人と知り合いたいの」
「それなら異業種セミナーにでも行けばいいのに」
その方が同性も居て友達を作るにはいいんじゃないかな。
そう思ったけれど、沙希は眉間にシワを寄せながら否定する。
「セミナーと飲み会は別だから。とにかく花乃の幼馴染の同僚とかも誘って飲みに行きたいから頼んでよ。あっ、私の彼氏のは気にしなくて大丈夫だらね」
随分、自由奔放なんですね。
心の中で呟いて私は内心大きな溜息をはいた。
だって、大樹に合コン的飲み会を頼むなんて気が重い。
あいつのことだから軽い飲み仲間は沢山いそうだけど、余計な事を言ったらからかわれてしまいそうで……それに。
「あの人、彼女居ると思うよ。若くて派手な子」
昨日見たばかりの、金髪の子の姿を思い浮かべながら言う。
沙希はがっかりするかと思ったけど、全く気にした気配もなく相槌を打つ。
「あのレベルなら当然居るだろうね。でもその辺は自分で聞くから、とにかくセッティングよろしくね」
上機嫌で言われてしまい、私は今度は本当に大きな溜息を吐いた。
営業部へ入るドアの前で、沙希と別れた。
沙希は商品企画室だから同じ会社でもフロアが大分離れている。
自分の席に着き荷物の整理をしていると、先に来ていた美野里が近付いて来た。ちなみに彼女は同じ部だ。
「花乃、おはよう」
「おはよう美野里。今日も早いね」
私と違って美野里は始業の十五分以上前に席に着き、ゆっくりと朝の準備を済ませるのが日課だ。
「慌しいの嫌いだから」
そう言ってにっこりする美野里はおっとりしていて品が有って、ちょっと憧れてしまう。
私なんて朝はいつもぎりぎりまで寝てしまって、慌しく支度する羽目になる余裕も何もない状況だし。
早く起きて丁寧に朝の支度を……なんて理想はあるんだけど、実際睡魔に勝てた試しがない。
一度言ってみたいな「私、慌しいの嫌いだから」なんて。
そんなふうに美野里とまったりと朝の会話をしていると、思いがけない人が近付いて来るのが視界の端に写り込み私はギョッとして身構えた。